
image credit:Vintage Everyday
人形の歴史は古い。ギリシャ・ローマ時代から始まり、18世紀には、ドイツやフランスでファッションドールの生産が盛んとなった。
ビスク・ドールの製造会社として知られる『ケストナー(Kestner)』は、19世紀初頭から20世紀前半にかけて幅広いビジネス展開を行った。
特に長年の開発を重ねて生み出されたジョイントコンポジションボディを備えたビスク磁器の頭部を持った赤ちゃん人形が、国内のみならず海外でも人気を博したという。
ビスク・ドール作りで知られた人形メーカー「ケストナー社」 1805年、ヨハネス・ダニエル・ケストナー Jr.は、テューリンゲン州ヴァルタースハウゼンで、張り子の頭と留め釘で接合された木製のボディを持つ高品質の人形の製造を開始した。
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1845年になる頃には、人形作りが成功を収めるようになったため、これまでの木と紙の人形に続いて、ビスク磁器と布のボディを持つ人形作りを手掛け始めた。
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1850年代にビスク磁器を頭部に使用した人形制作を開始 ビスクとは、フランス語の「ビスキュイ(biscuit)」が語源で「二度焼き」という意味を持ち、手足や頭部などのパーツを二度焼きした磁器製の人形のことだ。
ケストナー社は、ビスク磁器を頭部に用いた人形作りを1850年に開始した。
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この頃、ドイツの人形製造業は爆発的に発展。国内には、頭部だけを作るメーカーもあれば、体部分のみを製造するメーカー、また部品を組み立てるメーカーなど、あらゆる種類の人形工場が存在していた。
ケストナー社は、かつらやファッションに至るまで、人形の全てのパーツを自社のみで手掛けた数少ないドール会社だった。
ヨハネスが1858年に死去してからは、孫のアドルフが引き継いだ。1860年に人形の頭部を作るためにテューリンゲン州オールドルフの磁器工場を購入し、革や布を詰めたボディと組み合わせた。
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全ての人形メーカー同様、ケストナー社は幼児や赤ちゃんの丸みを帯びたわずかに2重顎を持つ世界的に人気のある「ドリーフェイス」ヘッドバージョンを作成。
これら人形は、女の子または男の子として識別でき、開いた口からは高度な技術を使って小さな歯が見えるようにし、セットアイ(目石膏で固定したもの)やスリープアイ(寝かせると閉じる開閉式の目)を持つことを特徴としていた。
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更に、同社は丸い顔だけでなく長めの顔やぽっちゃり顔、またはキャラクター風の顔など様々な人形の頭部を作成。この頭部は、全国の他の人形メーカーにも販売されたという。ジョイントコンポジションボディを備えた人形が大人気に ケストナー社の革新の1つは、手足が自然に動くことを可能にする釘で留めた関節を備えた高価な革のボディ、いわゆるジョイントコンポジションボディを作成したことだった。
1902年には、その素材で作られたビスク人形「レディ・ベティ・モディッシュ」が大ヒット。人間の金髪で作ったかつらに最高級のサテンのリボンやボールガウンつけた高価な人形は、アメリカなど遠くの海外にも輸出され、人気を博した。
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レディ・ベティ・モディッシュが9年間にわたり製造され続けた間、52枚のトランプの小さなデッキやアイボリーで作られたミニチュアネイルセット、編み物が入ったシルクのダマスク編みバッグ、サテンとウサギの毛皮でトリミングされたベルベットのウィンターコートなど、最も豪華な人形のための想像を絶するアクセサリー類が販売された。
ビスク磁器の頭部を最初に作成したケストナー社は、1897年にその特許を登録。長きにわたり人形作りのトップメーカーとして知られた同社は、アドルフの死から20年後の1938年に閉店となった。
written by Scarlet / edited by parumo
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人形の歴史は古い。ギリシャ・ローマ時代から始まり、18世紀には、ドイツやフランスでファッションドールの生産が盛んとなった。
当初ブルジョア階級で流行したビスク・ドール(二度焼きされた素焼きの磁器製人形)は、次第に一般庶民にも普及した。
ビスク・ドールの製造会社として知られる『ケストナー(Kestner)』は、19世紀初頭から20世紀前半にかけて幅広いビジネス展開を行った。
特に長年の開発を重ねて生み出されたジョイントコンポジションボディを備えたビスク磁器の頭部を持った赤ちゃん人形が、国内のみならず海外でも人気を博したという。
ビスク・ドール作りで知られた人形メーカー「ケストナー社」 1805年、ヨハネス・ダニエル・ケストナー Jr.は、テューリンゲン州ヴァルタースハウゼンで、張り子の頭と留め釘で接合された木製のボディを持つ高品質の人形の製造を開始した。
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1845年になる頃には、人形作りが成功を収めるようになったため、これまでの木と紙の人形に続いて、ビスク磁器と布のボディを持つ人形作りを手掛け始めた。
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1850年代にビスク磁器を頭部に使用した人形制作を開始 ビスクとは、フランス語の「ビスキュイ(biscuit)」が語源で「二度焼き」という意味を持ち、手足や頭部などのパーツを二度焼きした磁器製の人形のことだ。
ケストナー社は、ビスク磁器を頭部に用いた人形作りを1850年に開始した。
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この頃、ドイツの人形製造業は爆発的に発展。国内には、頭部だけを作るメーカーもあれば、体部分のみを製造するメーカー、また部品を組み立てるメーカーなど、あらゆる種類の人形工場が存在していた。
ケストナー社は、かつらやファッションに至るまで、人形の全てのパーツを自社のみで手掛けた数少ないドール会社だった。
ヨハネスが1858年に死去してからは、孫のアドルフが引き継いだ。1860年に人形の頭部を作るためにテューリンゲン州オールドルフの磁器工場を購入し、革や布を詰めたボディと組み合わせた。
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全ての人形メーカー同様、ケストナー社は幼児や赤ちゃんの丸みを帯びたわずかに2重顎を持つ世界的に人気のある「ドリーフェイス」ヘッドバージョンを作成。
これら人形は、女の子または男の子として識別でき、開いた口からは高度な技術を使って小さな歯が見えるようにし、セットアイ(目石膏で固定したもの)やスリープアイ(寝かせると閉じる開閉式の目)を持つことを特徴としていた。
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更に、同社は丸い顔だけでなく長めの顔やぽっちゃり顔、またはキャラクター風の顔など様々な人形の頭部を作成。この頭部は、全国の他の人形メーカーにも販売されたという。ジョイントコンポジションボディを備えた人形が大人気に ケストナー社の革新の1つは、手足が自然に動くことを可能にする釘で留めた関節を備えた高価な革のボディ、いわゆるジョイントコンポジションボディを作成したことだった。
1902年には、その素材で作られたビスク人形「レディ・ベティ・モディッシュ」が大ヒット。人間の金髪で作ったかつらに最高級のサテンのリボンやボールガウンつけた高価な人形は、アメリカなど遠くの海外にも輸出され、人気を博した。
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レディ・ベティ・モディッシュが9年間にわたり製造され続けた間、52枚のトランプの小さなデッキやアイボリーで作られたミニチュアネイルセット、編み物が入ったシルクのダマスク編みバッグ、サテンとウサギの毛皮でトリミングされたベルベットのウィンターコートなど、最も豪華な人形のための想像を絶するアクセサリー類が販売された。
ビスク磁器の頭部を最初に作成したケストナー社は、1897年にその特許を登録。長きにわたり人形作りのトップメーカーとして知られた同社は、アドルフの死から20年後の1938年に閉店となった。
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