笛吹の少女から象部隊を錯乱させるラッパなど、古代から使用されてきた音響兵器の歴史
 戦いの喧騒だけでは不十分だとでも言うかのように、人類は音を戦争に利用してきた。

 大きな爆発音や雄叫びで敵に恐怖を与えたり、笛の音で騎兵を混乱に陥れたりと、音を使った戦術は古代から使用されてきた。


 以下では、人類が戦いで音をどう利用してきたのか見ていこう。最初は心理的な効果を与えるのが狙いだったが、近年では物理的ダメージを与えるほどに、音の利用は進化している。

トラキアの捕虜と笛吹の少女 古代の騎兵隊の馬は、軍隊を戦場へ導く管楽器に驚かないよう訓練されていた。だが戦では、これを逆手に取る方法もあった。

 紀元前7世紀、現在のトルコ北西部にあたるトラキア地方カルディアの町は、巧みな騎馬兵で名を馳せていた。

 彼らはただ戦いに長けていただけでなく、余興として馬にダンスまで仕込んでいた。笛を鳴らせば、馬はメロディに乗って後ろ足で立ち、宙を舞うように踊ったのだ。

 ナリスという、ギリシャ北東部にあるビサルティア出身の男がいた。彼は少年のときに捕虜になって、カルディアの床屋で働いていた。

 そこでこの踊る馬の話を耳にした。古代ギリシャの作家アテナイオスによると、ある日ナリスは逃亡し、無事故郷に帰還したという。そして来るべきカルディアとの戦いに備えた。


 ナリスには秘策があった。彼と同じくカルディアから逃れてきた笛吹きの少女だ。ナリスは彼女に宴会でカルディア兵が歌っていた曲を教えると、合図があったらそれを笛で吹くよう命じた。

 少女が言われた通りにやると、笛の音色を聞いたカルディアの騎馬は後ろ足立ちになって、踊ろうとした。

 背中の兵士はたまらず振り落とされる。こうしてビサルティアはカルディアを破ったと伝えられている。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ作の後ろ足立ちになって兵士を振り落とそうとする馬の像 / image credit:WIKI commons巨大な象の部隊も音には弱い 紀元前326年、インドに遠征していたアレクサンドロス大王は、古代インドの王ポロスから象は視力が弱いが、耳が敏感で、突然鳴る大きな音を嫌うと教わっていた。

 斥候(せっこう:偵察隊)から戦象部隊が接近していると報告を受けたアレクサンドロス大王は、騎兵隊に豚とラッパで迎え撃つよう命じた。

 そして甲高い豚の鳴き声とラッパの響きで、見事戦象部隊を敗走させたのだ。

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豚の鳴き声で戦象を敗走させるアレクサンドロス大王 / 1420, ’Le Livre et le vraye hystoire du bon roy Alixandre,' The British Library, CC BY

 紀元前280年、そんな戦象をギリシャのピュロス王がイタリアに連れてきた。その巨大な動物を初めて目にしたローマ兵は恐怖したことだろう。

 象の背中に乗るギリシャ兵は、太鼓と槍で耳をつんざくような騒音を立て、ローマ兵とその馬をパニックに陥れた。


 ところが、ローマ兵は戦象もまた豚の鳴き声に怯えていることに気がついた。こうしてローマ兵は、アレクサンドロス大王と同じく豚で象を撃退することに成功。

 ピュロス王は手痛い敗北をきすることになる。

 さらに時代が下って紀元前202年のザマの戦いでは、ローマ軍はラッパでカルタゴの戦象部隊を撃退。

 ハンニバル将軍に苦しめられたローマだったが、この戦で第二次ポエニ戦争の大勢が決することになった。

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『ザマの戦い』(Cornelis Cort,1567) / image credit:public domain/wikimedia

 巨大な象に慌てないよう、馬を調教しようとする王もいた。

 紀元前168年、ローマとの戦いを目前にしたマケドニア王ペルセウスは、職人に命じて車輪付きの木製の象を作らせた。その中に人が入って笛で大きな音を鳴らす。こうすることで、象の姿や鳴き声に馬を慣らそうとしたのだ。

 だが、せっかくの準備も無意味だった。ピュドナの戦いの戦場となった山の地形は、ローマの戦象にとっては不利なものだったが、結局はローマ軍の勝利で終わっている。兵士の士気を挫く音響兵器 腹の底に響く鬨(とき)の声は、敵を恐慌に陥れる古今東西の常套手段だ。


 マオリ族の「ハカ」、オスマントルコの「ヴルハー(攻撃)」、アラゴンの傭兵集団アルモガバルスの「デスペルタ・フェーレス(鉄よ、目覚めよ)」などなど、その掛け声は世界各国でバラエティ豊かだ。

 古代ギリシャの兵士たちが剣を盾に打ち付けながら叫ぶ「アララ!」という鬨の声は、フクロウや怪鳥の群れの鳴き声に例えられていたという。

 ローマの歴史家タキトゥスは、毛もよだつゲルマン民族の鬨の声について記している。それはただ叫ぶだけでなく、かなり演出されている。

 ゲルマン民族の戦士は、鬨の声をより効果的にするために、まず低いつぶやきから始める。やがて大きな咆哮になると、さらに盾を口の前に掲げた。盾で音を反響させて、さらに大きく轟かせるためだ。

 声の代わりに楽器が使われることもある。

 ケルト人が使ったカーニクスという管楽器は、口を大きく開いた竜のような形状をしている。その長い青銅製の楽器から響く不気味な音に、ローマ兵士は恐れをなしたという。

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竜の形状をした楽器、カーニクス / image credit:dun_deagh / WIKI commons

 紀元前50年頃、古代ギリシャの歴史家シケリアのディオドロスは、その音色について「戦争の騒乱にふさわしい」と記している。

 これに苦しめられたローマ兵だが、彼ら自身も後にカーニクスを使用するようになった。


 カーニクスの音色

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 楽器のような兵器もある。鏑矢(かぶらや)だ。

 中国の歴史家、司馬遷は紀元前100年頃、矢じりの根元に穴あきの骨や木片が取り付けられた矢について記している。

 これを大量に射ると悲鳴のような音が鳴り響き、敵兵士や馬は恐怖に陥ったという。鏑矢は中央アジアでも発掘されている。

 古代中国の戦争に関する文献には、爆音で敵を混乱させる技術について記されている。これは中国の唐代(618~907年)に発明された火薬を使ったもので、日本の武士も13世紀後半の元寇で目にしている。

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urasimaru / image credit:WIKI commons現代の音響兵器 音は現代の戦いでも有効だ。例えば、第二次世界大戦、ソ連軍はドイツ兵が眠れないよう一晩中、大音量でアルゼンチン・タンゴを流した。

 1989年の米軍によるパナマ侵攻では、昼夜を問わずにドアーズ、アリス・クーパー、ザ・クラッシュといった爆音のロックが流されている。

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photo by iStock
 音響兵器は戦場以外でも使える。

 アメリカのショッピングセンターはこのアイデアを拝借して、若者にしか聞こえない周波数でクラシック音楽を流し、買い物もせずにたむろしようとする十代の若者たちを撃退した。


 また2022年のニュージーランドでは、コロナウイルスのワクチン反対デモを追い払うために、警察がバリー・マニロウの曲を流している。

 最近の音響兵器は、群衆コントロール用に開発されており、不穏な気配を感じる。

 米国・イスラエル・中国・ロシアなどが低高周波の大音量パルスで感覚を攻撃する非殺傷兵器を公開。米軍は2004年にイラクでそれを使用しているほか、ニューヨークやミズーリの警察が市民デモに対して使ったこともある。

 一方、米国は音響兵器の被害者でもあるかもしれない。2016年以降、キューバ・ロシア・中国に駐在する米国外交官から、奇妙な耳鳴りを感じた後で体調不良に陥ったとの報告が寄せられている。

 この「ハバナ症候群」と呼ばれる原因不明の症例は、高出力マイクロ波装置や音波エネルギー装置との関連性が指摘されている。

 音波兵器はただ心理的に作用するだけでなく、苦痛やめまいを生じさせ、耳・脳・内臓に不可逆的な損傷を引き起こす可能性もある。

 このように人間は古来より音を戦争に使ってきた。最初は敵に混乱や恐怖を与えるためのものだった音響兵器だが、現在では物理的なダメージを与えられるほどに進化しているようだ。

References:From whistling arrows and trumpeting elephants to battle cries and eerie horns, ancient soldiers used sound to frighten and confuse their enemies / written by hiroching / edited by / parumo

追記:(2022/09/16)本文を一部訂正して再送します。

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