
誰もいないはずなのに、部屋の中に誰かがいるような気配を感じたことはあるだろうか?あるいは背後に何かの気配を感じ、振り返るも誰もいない。
霊的なものと感じて恐怖した人もいるだろうし、「気のせいか」と安心する人もいるだろう。
この謎の気配感は、これまでいわゆる心霊現象の類だとされることが多かった。だが、科学者たちは、心と身体の関係を科学的に調べることで、この不可思議な現象を解明しようと試みている。
その研究は19世紀のイギリスですでに始まっており、現代では人工的に謎の気配を作り出すことにも成功している。
英ダラム大学の心理学者ベン・アルダーソン=デイ氏が、「謎の気配」について科学的に解説しているので見ていこう。
謎の気配に関する史上最大の研究
1894年、自分しかいないはずの部屋で感じる謎の気配について扱ったこれまでで最大の研究の1つが行われた。
それはケンブリッジ大学の研究者が立ち上げた「心霊現象研究協会(Society for Psychical Research)」によるもので、英国・米国・ヨーロッパで暮らす1万7,000人以上を対象に、何者かの気配を感じた経験について調査した。
『Census of Hallucinations(幻覚の国勢調査)[https://archivesearch.lib.cam.ac.uk/repositories/2/archival_objects/630399]』と題されたその調査の目的は、まるで死者の霊がそばにいるかのような不可解な気配を感じた経験が、どのくらいの人に起きているのか明らかにすることだった。
すると、想像以上に多くの人が「謎の気配」を感じていることが判明した。調査対象者の43人に1人がそれを経験していたのだ。
謎の気配に助けられた人も
さらに心霊現象研究協会は『Phantasms of the Living(生者の幻影)』を出版。 この本では、超常現象や心霊現象に関連する目撃証言や体験談を701件も収録し、潜在的な心理要因などが分析されている。
たとえば、英国人牧師P・H・ニューナム牧師は、ニュージーランドを訪れた際、夜中に気配を感じて、船に乗らないよう警告されたため、翌朝の船旅を取りやめたと語っている。後日、彼はその船の乗客全員が溺死したことを知ったという。
謎の気配は眠っている人に忍び寄る!?
アルダーソン=デイ氏によれば、心霊現象研究協会が集めた証言の多くは、「ヒプナゴジア(入眠時幻覚)」を思わせるものだという。
ヒプナゴジアは、覚醒から睡眠状態への移行(入眠)時における半覚醒状態のことで。
たとえば、よく知られているのは、ふと目が覚めると体がまったく動かない「金縛り」だ。これは「睡眠麻痺」とも呼ばれ、成人の約7%が一生のうちに一度は経験するという。
この現象は何者かの気配ともよく関係しており、金縛りを体験した50%以上の人が”何者かの存在”を感じたとの報告もあるそうだ。
謎の気配は、睡眠だけに関係する現象ではない
だがそのような半分眠っている状態による麻痺がなぜ何者かの気配を感じさせるのだろう?
どうも睡眠麻痺で体が金縛りになった人は、恐怖を感じることが多いようだ。この事実を奇妙な気配の謎を解くヒントととらえる研究者もいる。
たとえば、2007年の研究[https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17337212/]では、目覚めたときに体が動かないという状況は、本能的に脅威を感じさせるもので、心がその隙間を埋めようとしているのだと推測している。
つまりもし自分が獲物なら、そばに捕食者がいるに違いないと心が錯覚するのだ。
また睡眠麻痺で感じる気配とほかの状況で感じる気配とを比較した研究[https://psyarxiv.com/qykhd]では、何者かの気配は金縛りの最中だけではないという。
パーキンソン病・精神病・臨死体験・死別といった状況でも体験されていることを明らかにしている。
このことから、何者かの気配は、決して睡眠だけに関係する現象ではないらしいことがうかがえる。
謎の気配を人工的に作り出すことは可能
そうした気配は脳を刺激することで人工的に作り出すこともできる。
たとえば、2006年の研究[https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16988702/]では、脳の側頭頭頂接合部を電気で刺激することで、女性に人影を見せることに成功している。
その脳領域は感覚と体の情報を統合しているところで、人影はどうやら女性の姿勢を反映しているらしかった。
また2014年の研究[https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25447995/]では、人間の感覚的な予測を乱すことで、何者かの気配を感じさせられることを明らかにしている。
この研究では、被験者にロボットを操作して、自分の背中を触れさせるという実験を行なっている。
最初は、操作とロボットによるタッチのタイミングが一致しているので、被験者は自分で自分の背中に触れていると認識する。
ところが、操作とタッチのタイミングをずらすと、突然まるでロボットに幽霊でも宿ったかのように、何者かの気配を感じるようになるのだ。
人間の脳は、自分で動作を制御していると感じられなくなると、異質なものの存在を周囲に感じるようにできているようだ。
アルダーソン=デイ氏によれば、睡眠麻痺について同じ理屈で考えることもできるだろうという。
意識はあっても半分眠っている人は、身体や感覚に関する情報が大きく乱れてしまっている。だとしたら、そこに何者かの気配を感じても不思議ではないのかもしれない。
アルダーソン=デイ氏自身は、2022年の研究で、臨床記録・スピリチュアルな儀式・耐久スポーツ(さまざまな幻覚を引き起こすことで知られている)を調べて、気配の共通点を探っている。
それによると、気配をちょうど真後ろに感じるなど、どのケースにも非常によく似たところがあったという。
また睡眠に関連して生じる気配は、悲しみや死別のような感情的要因によって生じる気配とも共通点があったそうだ。
誰もいないところで感じる何者かの気配は、確かに不可思議なものだろう。だがもしかしたら、それはあなたの脳が作り上げた幻影なのかもしれない。
References:What science can tell us about the experience of unexplainable presence[https://theconversation.com/what-science-can-tell-us-about-the-experience-of-unexplainable-presence-201323] / written by hiroching / edited by / parumo