
約90年前、何者かの手によって一つの化石が二つに分けられ、別々に売られた。
その後、片方はロンドン自然史博物館に、もう片方はフランクフルトのゼンケンベルク自然史博物館に所蔵されることになった。
ところが近年、古生物学者が偶然この2つを照らし合わせたところ、2つは同一の個体の化石であることがわかった。
しかもその化石は、1億4500万年以上前のジュラ紀後期を生きた、これまで知られていなかった新種の爬虫類だったのだ。
この数奇な運命をたどった新種の発見は、博物館には既知の種と勘違いされたまま眠っている未知の種がまだたくさんいる可能性を告げている。
この研究は『Zoological Journal of the Linnean Society[https://academic.oup.com/zoolinnean/article/204/3/zlaf073/8179180?searchresult=1&login=false]』(2025年7月2日付)に掲載された。
90年前、2つに分けられて売られた化石
バラバラになった化石を発掘し、復元する作業はジグソーパズルを解くようなものだ。
だがバイエルン州古生物・地質学公立コレクションの古生物学者のヴィクトル・ベッカリ氏は、ちょっと意地悪なパズルに遭遇した。
なんとパズルのピースが別々の場所に保管されていたのである。
彼はロンドン自然史博物館で爬虫類の化石を見ていたとき、ふと足を止めた。それはトカゲのような爬虫類の化石で、どこか見覚えがあった。
記憶を辿ると、以前フランクフルトのゼンケンベルク自然史博物館で、似たような生物の印象化石(型をとったように化石の凹凸が残されたもの)を目にしたことを思い出した。
そこで実際に確かめてみると、イギリスとドイツで別々に保管されていた化石は、ぴたりと一致したのである。つまりもともと1つの化石だったのだ。
なぜ1つの化石が別々の博物館に所蔵されることになったのか、詳しい経緯は定かではない。
だが、100年ほど前、何者かが化石を2つに分け、骨格が残ったものと、凹凸が残ったものを違う相手に売りさばいたのだと推測されている。
1930年代に誰かが2倍儲けるために、それぞれを別々に売ったようです(ベッカリ氏)
それを売った人物は、購入者にもともと1つの標本であるとは告げなかったため、2点の化石の本来の出自は忘れ去られることになった。
合体させたところ新種であることが判明
約1世紀ぶりの再会は、さらに嬉しい発見にもつながっている。この1億4500万年前の化石は新種であることが判明したのだ。
新たに発見されたこの生物は、三畳紀から白亜紀にかけて繁栄した、トカゲに似た古代爬虫類の一群である喙頭目(かいとうもく/学名:Rhynchocephalia)の仲間で、「スフェノドラコ・スカンデンティス(Sphenodraco scandentis)」と名付けられた。
日本ではこのグループを「ムカシトカゲ目[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%88%E3%82%AB%E3%82%B2%E7%9B%AE](Sphenodontia)」と呼ぶことが多い。分類学的には喙頭目がより広いグループ名とされ、その中にムカシトカゲ目を含める文献もあるが、両者はほぼ同義として扱われることが多い。
かつてはリンコサウルス類など他の系統も含めて喙頭目とされていたが、現在ではムカシトカゲの仲間のみを指す名称として用いられるのが一般的になっている。
この小さな爬虫類は、どうやら木の上で暮らしていたようだ。
スフェノドラコ・スカンデンティスは、長い手足から伸びる細長い指と短い胴体を特徴としており、現代のブロンコセラ属(Bronchocela)のトカゲや、トビトカゲ属(Draco)に似ている。
こうした体のつくりは、樹上生活に適応したものである可能性が高い。もしそうなら、この新種は、これまでに知られている中で最古の「樹上性のムカシトカゲ目」ということになる。
古生物学における不幸中の幸い
なお、S. スカンデンティスの化石は、ドイツ南部の「ゾルンホーフェン石灰岩層[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BE%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3%E7%9F%B3%E7%81%B0%E5%B2%A9]」で発掘されたものだ。
ここはジュラ紀後期の良質な化石が発掘されることで有名で、その当時は亜熱帯の海に浮かぶ島々だった地域だ。
ここからはムカシトカゲ目の化石も多数発見されているが、その管理はしばしば適当だ。せっかく保存状態の良い標本であっても、一見した見た目から大雑把に分類されるのが常態化していた。
「ゾルンホーフェン石灰岩層の化石は、手足が長ければとりあえずホモエオサウルス(Homoeosaurus)、短ければカリモドン(Kallimodon)とされてきました」と、ベッカリ氏は述べている。
今回新種であることが判明した化石も、以前は「ホモエオサウルス・マクシミリアニ(Homoeosaurus maximiliani)」と分類されていた。
それが今回の詳しい調査によって、歯や骨盤の形が、ホモエオサウルス・マクシミリアニとは違うことがわかったのだ。
こうした状況を鑑みれば、今回のように勘違いされている化石は、ほかにもたくさんある可能性がある。
そのことに気づけたのは、100年前に化石を分割した何者かのおかげとも言えるかもしれない。まさに古生物学における不幸中の幸いである。
ベッカリ氏らは今、そうした誤認されている化石を探しているところだ。
まだ記載されていない標本も多く、それらが新種である可能性もあります。200年前に発掘された化石であっても、まだまだ私たちに多くのことを教えてくれます(ベッカリ氏)
References: Academic.oup.com[https://academic.oup.com/zoolinnean/article/204/3/zlaf073/8179180?searchresult=1&login=false] / Nhm.ac.uk[https://www.nhm.ac.uk/discover/news/2025/july/fossil-halves-separated-for-years-new-species-reptile.html] / Smithsonianmag[https://www.smithsonianmag.com/smart-news/a-paleontologist-matched-two-halves-of-the-same-fossil-stored-at-different-museums-and-discovered-a-new-species-180986974/]
本記事は、海外の情報を基に、日本の読者向けにわかりやすく編集しています。