
紀元前1000年紀頃、古代メソポタミアの神話に登場した風の悪霊「パズズ」は、熱風や病をもたらす恐ろしい存在として知られていた。
邪悪な冥界の魔神として人々に強く恐れられていた一方で、「パズズ以上に強い悪魔はいない」とも信じられており、悪霊の王として崇拝の対象にもなった。
そのため、パズズの護符や彫像は、他の悪霊を退ける「最強の魔除け」として使用されるようになったという。
ここではパズズに関する生い立ちや現在のサブカルチャーに与えた影響を見ていこう。
パズズの生い立ち
ルーヴル美術館に展示されているパズズ(Pazuzu)像は、高さ15cmほどの青銅製で、翼を持ち、右腕を高く掲げて立っている。その背中には、恐ろしい刻印が彫られている。
我はパズズ、ハンパの子。山から激しく吹き荒れる風の悪霊たちの王である。我が現れしとき、大地は震える
この一文が示すとおり、パズズは古代メソポタミア神話において「風の悪霊」として知られる存在だった。
とくに南西の熱風と結び付けられ、干ばつや疫病の象徴とされていた。
文中に登場する「ハンパ」とは、冥界に属する悪霊の長であり、パズズの父とされる存在だ。
資料によっては「ハンビ」や「ハンバ」とも表記される。悪霊にも血統があると考えられていた当時、ハンパの子であるパズズは正当な血を引く悪霊として特別視されていた。
一説には、古代メソポタミア文学の代表作『ギルガメシュ叙事詩』に登場する森の守護者フンババ(フンババは森を守る怪物で、神々の命を受けて人間の立ち入りを拒んだ存在)は、パズズの兄弟ともされることがある。
もしこの説をとるなら、パズズは冥界における格の高い悪霊の一族に属していたことになり、その神格や役割の由緒がうかがえる。
恐怖の象徴としてのパズズの姿
パズズの姿は異形そのものだった。獅子の顔に大きく突き出した目、牙をむき出しにした口、猛禽類のような鉤爪の足、背中には4枚の翼。サソリの尾とヘビの頭を持つ生殖器を備えている。
古代の人々は、畏れを抱いた動物の特徴を集め、災厄や恐怖そのものを視覚化した存在としてパズズを形づくったと考えられている。
パズズは風と熱風を操り、その力で干ばつをもたらし、飢えで人々を苦しめるとされた。さらに、彼の吹き出す熱風には熱病の原因となる毒、病原菌が含まれていると考えられ、人も家畜も命を落とす災いの元凶とされた。
また、パズズはバッタを大量発生させ、農作物が壊滅する蝗害(こうがい)現象を擬人化した存在だとも言われている。
人々は自然の猛威を姿ある霊的な存在として捉えることで、その力に対する畏れや戒めの意識を持とうとしたのである。
その強さゆえに「悪霊の王」となり守護の存在に
パズズは他の悪霊たちを圧倒する強さを持ち、「悪霊の王」として恐れられていた。その力ゆえに、人々はパズズの像や護符を身につけることで、より邪悪な存在から守ってもらえると信じていた。
なかでもとくに恐れられていたのが、パズズの妻とされる女悪霊ラマシュトゥである。ラマシュトゥは妊婦を襲い、流産や死産を引き起こし、新生児をさらうと考えられていた。
こうした災厄に対抗する手段として、人々はラマシュトゥを抑えることのできる存在――すなわちパズズを、あえて味方につけようとしたのである。
恐ろしいからこそ頼りになる存在。
パズズの像は青銅や粘土、石などで作られ、家庭内に置かれることが多かった。特に頭部だけを模した護符は人気が高く、壁に埋め込まれたり、首にかけたりと、実用的な魔除けとして用いられていた。
畏れと信仰が共存する世界観
パズズ信仰が示すのは、恐怖を抱きながらもそれにすがろうとする人間心理だ。干ばつや疫病、蝗害など、理由のわからない災いを、悪霊という存在として描くことで、祈りや護符といったかたちで向き合おうとした。
これは日本の御霊信仰や疫病神信仰にも通じる。恐ろしいものを敬い、怒りを鎮め、味方に変えるという考え方は、時代も文化も超えて人々の心に共通するものなのかもしれない。
現代に受け継がれるパズズのイメージ
1973年(日本では1974年)に公開された映画『エクソシスト』では、少女に取り憑く悪霊としてパズズが登場し、世界的にその名が知られるようになった。
原作はウィリアム・ピーター・ブラッティによる1971年の小説であり、彼自身が映画の脚本も手がけている。
2017年にはアニメ『ザ・シンプソンズ』にも登場し、家族に災いをもたらす像として描かれた。
さらに近年では、ぬいぐるみキャラクター「Labubu(ラブブ)」がパズズに似ていると海外のネット上で話題になった。制作者は関連を明言していないが、巨大な目と牙を持つ不気味な姿に、共通点を見出す声は少なくない。
このように、パズズのイメージは、サブカルチャー全体に影響を与え続けているようだ。
References: Pazuzu[https://en.wikipedia.org/wiki/Pazuzu] / Pazuzu figurine: An ancient statue of the Mesopotamian 'demon' god who inspired 'The Exorcist'[https://www.livescience.com/archaeology/pazuzu-figurine-an-ancient-statue-of-the-mesopotamian-demon-god-who-inspired-the-exorcist]
本記事は、海外メディアの記事を参考に、日本の読者に適した形で補足を加えて再編集しています。