ヒト脳オルガノイドと連携した犬型ロボットの制御に成功、グラフェン技術が脳の成熟を加速
ヒト脳オルガノイドを持つ犬型ロボット「GraMOS」/ Image credit:Wirla Pontes

ヒト脳オルガノイドと連携した犬型ロボットの制御に成功、グラフ...の画像はこちら >>

 人間の脳のような構造を持つ“ミニ脳”が、犬型ロボットの動きをコントロールするという、未来的な実験がアメリカで行われた。

 脳オルガノイドと呼ばれるこの人工脳組織は、光とグラフェンという特殊な炭素素材の力を借りて、神経回路を自然な形で急速に成熟させることに成功した。

 研究チームは、この技術が神経疾患の研究や、義手などの神経制御デバイス、さらにAIや生体コンピュータにも応用できる可能性を示唆している。

 この研究は『Journal Nature Communications[https://www.nature.com/articles/s41467-025-62637-6]』誌(2025年8月20日付)に掲載された。

グラフェンでミニ脳を刺激、自然な成熟を加速

 アメリカ・カリフォルニア大学サンディエゴ校のサンフォード幹細胞研究所の研究チームは、「グラフェン媒介光刺激(GraMOS)」という新しい技術を用い、光とグラフェンの力でヒト脳オルガノイドの神経成熟を加速させることに成功した。

 脳オルガノイドとは、ヒトの幹細胞から作られる数mmサイズの立体的な脳組織モデルである。

 完全な脳機能は持たないが、神経細胞が層状に発達し、互いに電気信号をやりとりする構造を備えているため、脳の発達や神経疾患の研究に役立つとされている。

 一方、グラフェンは炭素原子が蜂の巣状に並んだ、原子1層分の厚さしかない非常に薄いシート状の物質だ。

 電気伝導性や機械的強度に優れ、光を受けて微弱な電気信号を生み出すという性質も持っている。

 この特性を活かし、グラフェンを通してオルガノイドに刺激を与えることで、遺伝子操作を伴わずに神経細胞の活動を促進できるという。

[画像を見る]

光と炭素で“神経の成長”をうながす

 今回のGraMOS技術は、従来の光遺伝学(オプトジェネティクス)や電極による刺激のように、神経組織を損傷するリスクや遺伝子改変を必要としない。

 光を当てるだけで、グラフェンが微弱な電流を発生し、それが神経細胞にとって心地よい刺激となってシナプス形成やネットワーク構築を助ける。

 この手法について、「NeurANO Bioscience[https://neuranobio.com/]」社のCEOであり、GraMOSの開発者のひとりであるエレナ・モロカノヴァ博士は、「まるで神経細胞に“早く大人になって”と促すようなやさしい刺激」と語っている。

 実験では、刺激を受けた脳オルガノイドが、通常よりもはるかに早く成熟し、活動電位を発生させるまでに成長した。

 この成果により、アルツハイマー病などの加齢性疾患の研究スピードが飛躍的に向上する可能性がある。

 薬剤の効果を早期に確認できるようになれば、新薬の開発にも大きな影響を与えることが期待されている。

[画像を見る]

ミニ脳が犬型ロボットの行動を制御

 この技術の応用例として、研究チームは脳オルガノイドを犬型ロボットと接続するという実験も行っている。

 ロボットには障害物検知センサーが搭載されており、障害物を検知するとその情報が脳オルガノイドに送信される。オルガノイドは刺激に対して神経反応を起こし、それがロボットの進路変更へと反映される。

 この一連の動作は、50mm秒以内という極めて短い時間で完了する。これは、人間の反射に近い速度であり、「神経系と機械のリアルタイム連携」がすでに可能であることを示している。

 このようなシステムはニューロ・バイオハイブリッド・システム(Neuro-Biohybrid System)」と呼ばれ、神経信号による機械制御の未来形として注目されている。

[画像を見る]

機械と生体が融合する新しい可能性

 これまでもAIやロボット技術は進化してきたが、それらはすべて人間が事前にプログラムした情報に基づいて動いていた。

 しかし、脳オルガノイドは、実際に“生きた”神経細胞で構成されており、刺激に応じて学習し、柔軟に反応できる可能性を秘めている。

 将来的には、高度な義手や義足、感覚フィードバックを備えた義体、さらには生きた脳細胞を使った生体コンピュータの構築など、さまざまな分野での応用が考えられている。

 カリフォルニア大学サンディエゴ校でこの研究を主導したアリソン・ムオトリ博士は、「これはほんの始まりにすぎない。脳オルガノイドとグラフェン技術の組み合わせが、神経科学や人工知能の世界を根本から変える可能性がある」と語っている。

References: Today.ucsd.edu[https://today.ucsd.edu/story/new-graphene-technology-matures-brain-organoids-faster-may-unlock-neurodegenerative-insights] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1095114]

本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに重要なポイントを抽出し、独自の視点で編集したものです。

編集部おすすめ