
進化とは、ときに残酷で、そして予想もしない道をたどる。私たちの指や足の指は、魚のヒレから進化したと考えられてきたが、最新の研究が示したのはもう1つの遺伝子スイッチだった。
スイスとアメリカの研究チームが明らかにしたのは、デボン紀の古代魚の「おしり」である、排泄と生殖を兼ねる開口部「総排出腔」の形成に使われていた遺伝子の制御プログラムが、指を形づくるスイッチとして機能していたという点だ。
つまり古代魚のおしりにあった遺伝子の制御方法が、進化の過程で哺乳類の「指」に転用されたということになる。
この研究成果は『Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-025-09548-0]』誌(2025年9月17日付)に発表された。
哺乳類の指のルーツは古代魚のおしりにあった?
これまで哺乳類の指は、魚のヒレから進化したとする説が広く受け入れられてきた。2020年には、カナダで発見されたデボン紀の古代魚「エルピストステゲ・ワトソニ(Elpistostege watsoni)」のヒレに、指の骨に似た構造が確認され、この考えを裏づけるものとして注目された。
だが今回、スイスのジュネーブ大学とローザンヌ連邦工科大学、アメリカのストワーズ研究所による研究チームは、もう1つの進化の可能性を提示している。
研究者たちは、マウスとゼブラフィッシュという進化的に離れた2種の動物を使い、それぞれの胚の成長過程を比較。指の形成に関わる特定の遺伝子が、体のどこで、どのように働いているのかを調べた。
指とおしりをつなぐ共通の遺伝子「Hoxd13」
研究チームは、「Hoxd13(ホックスD13)」という遺伝子に注目した。これは、哺乳類の指やつま先の形成に欠かせないもので、マウスではこの遺伝子が手足の先端で活性化し、指の成長を促している。
興味深いことに、ゼブラフィッシュのような魚にも、Hoxd13遺伝子は存在している。だが彼らには指がない。
そこで研究チームはHoxd13が魚の体内のどこで働いているのかを調べることにした。
指とおしりは、同じ遺伝子制御ネットワークでつながっていた
マウスとゼブラフィッシュの胚を比較した研究チームは、意外な共通点を発見した。指の形成に関わる遺伝子「Hoxd13(ホックスD13)」が、魚類ではヒレではなく、排泄や生殖をつかさどる「総排出腔(cloaca)」で活性化していたのだ。
総排出腔とは、排泄と生殖をひとつの開口部で行う構造で、魚類、両生類、爬虫類、鳥類などに広く見られる。いわば「おしり」のようなものである。
ではなぜ、まったく異なる働きを持つ「指」と「おしり」に同じ遺伝子が使われていたのだろうか。
その鍵を握っていたのが、Hoxd13の働きを制御する「遺伝子制御ネットワーク」だった。
これは、遺伝子そのものではなくいわばスイッチのようなもので、働く場所やタイミングをオン・オフで切り替えて調節する役目を持つ領域のことだ。
この研究で明らかになったのは、マウスの指とゼブラフィッシュの総排出腔の両方で、同じ遺伝子制御ネットワークがHoxd13を活性化していたという事実だ。
つまり、もともとは古代魚が「おしり」をつくるために働いていた遺伝子のスイッチが、進化の過程で「指」の形成にも転用されたということになる。
遺伝子の働きを止めて進化の痕跡を検証
この仮説を裏づけるため、研究チームは「CRISPR/Cas9」と呼ばれる遺伝子編集技術を使って、Hoxd13を制御する領域を削除する実験を行った。
その結果、マウスではこの制御領域が失われると、Hoxd13が働かなくなり、指が正常に形成されなくなった。
一方でゼブラフィッシュではヒレに変化はなかったが、総排出腔の形成が妨げられた。
このことから、Hoxd13をコントロールしていた制御ネットワークは、本来は総排出腔の形成に使われていたものであり、それが進化の過程で指に転用されたと考えられる。
古代魚の遺伝子スイッチが、私たちの指にも使われていた
このように、まったく別の目的で使われていた遺伝子制御ネットワークが、新たな構造の形成に利用れる現象は、「進化的流用(evolutionary co-option)」と呼ばれている。
今回の研究は、それが実際に分子レベルで起こっていた証拠を示したものだ。
実際、哺乳類の胎児にも「urogenital sinus(尿生殖洞)」と呼ばれる器官が一時的に現れる。
この構造は、将来の尿道や膀胱、生殖器につながる“共通の出口”のようなもので、男女の体が分化する前に一時的に存在する。つまり、魚類に見られる「総排出腔」の進化的な名残であると考えられている。
今回の研究で明らかになったのは、まさに哺乳類の指に、古代魚のおしりと同じ遺伝スイッチが使われているという点だ。
進化は常に新しいものを一から作るわけではなく、すでに存在する仕組みを巧みに使い回しながら、新たな構造を生み出してきた。今回の研究は、その柔軟なプロセスを見事に浮き彫りにしている。
我々の指はヒレからきているのか、お尻からきているのか、どちらも仮説なのでまだ正確なことはわからない。
だが、いずれにせよ私たちの体には、陸上に進出する以前の古代魚たちの名残が今も息づいている。
そう思うと、生命のつながりが織りなす進化の歴史に、どこかロマンを感じずにはいられない。
追記(2025/10/09)誤解を招きやすい点を修正して再送します
References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-025-09548-0] / Our Fingers May Have Evolved From a Fish Butthole[https://www.zmescience.com/ecology/animals-ecology/our-fingers-may-have-evolved-from-a-fish-butthole/] / How Human Fingers May Have Evolved From Ancient Fish Butts[https://www.syfy.com/syfy-wire/human-finger-regulatory-genes-originally-fish-cloaca-butt]