
アメリカにある野生動物保護施設に、1匹の子ギツネが保護された。冷たい雨の中で震えていた子ギツネは、献身的な治療を受けてすっかり元気になったように見えた。
だが彼が野生に帰る日は来ない。先天的な病気のせいで、この子ギツネは獲物を狩るという、キツネとして生きるためのスキルを身につけることができないのだ。
そしてなにより、この子ギツネは、病気が判明する前から、仲間のキツネたちと過ごすよりも、人間と一緒に過ごすことを好んだのだ。
もしかすると、彼には自分が一生人間のもとで生きることになるという、予感のようなものがあったのかもしれない。
雨の中で震えていた子ギツネを保護
2025年3月、アメリカのマサチューセッツ州チェルムズフォードにある野生動物保護施設、Newhouse Wildlife Rescue[https://newhousewildliferescue.org/]に一報が入った。
施設からほど近いレディングという街の住宅街に、キツネの子供がいるので保護してほしいというのだ。
スタッフが現場に駆けつけるとと、そこには確かに小さな子ギツネがいて、冷たい雨の中でびしょぬれになって震えていた。
子ギツネに一体何が起こったのかはわからないが、一刻を争うことだけは間違いない。スタッフは子ギツネを施設に連れ帰り、すぐに獣医師に診せた。
適切な治療を受け、一度は回復
その結果、彼は低体温症と脱水症状、それに栄養失調でひどい状態にあることが判明した。さらに皮膚は疥癬にかかり、体内からは寄生虫も見つかった。
それだけではない。彼の頭部には膿瘍(のうよう)という、膿が溜まってこぶのようになった箇所があることがわかった。
獣医師の手で膿瘍が除去され、他の症状も適切な治療が行われると、子ギツネは徐々に元気を取り戻して行った。
スタッフはこのキツネの子に「ブーツ」という名前をつけ、親身になって面倒を見た。その時の様子を、団体の創設者ジェーン・ニューハウスさんはこう語っている。
ブーツはよく、母親を求めて鳴いていました。(膿瘍の治療が終わった時)彼はもう大丈夫だろうと思いました。
もしかすると、膿瘍が引き起こした感染症が、彼の体調不良の原因だったのかもしれません
しばらく保育器で過ごした後、元気になったブーツはキツネとしての社会性を身につけさせるため、他の4匹の子ギツネたちといっしょに暮らすことになった。
病気で狩りができない。野生に戻すことを断念
最初のうちは他の子ギツネたちと仲良く過ごしていたものの、ブーツは次第に距離を置くようになっていった。
彼は仲間であるキツネではなく、人間の私たちと交流したがっていました。
でも私たちは、この子を野生に帰す予定でした。
人間に慣れてしまうことを望まないので、屋外の囲いに移す際は最小限の接触しかしないようにしていたのです
そのうちにジェーンさんは、ブーツのあごがガクンと下がっているのに気がついた。CT検査を行った結果、神経が損傷していることが判明した。
おそらくブーツは、もっと小さい頃に水頭症を患っていたようだった。
ブーツの場合、嗅覚を司る領域を含む脳の一部が正常に形成されなかった。そのため、ニオイで獲物を探すことが難しい。
ブーツは、キツネとして自然で生きていく上で必須である、「狩り」ができないことが明らかになったのだ。
自分で獲物を狩れない以上、ブーツを野生に戻すことはできない。ジェーンさんたちの落胆は大きかった。
人間が好き!撫でてもらうのが大好き
だがその一方で、ブーツが二度と野生に戻れないのなら、彼が人間と触れ合いたがるのを拒む理由はなくなった。
4匹の子ギツネたちが無事に野生に放されたあと、ジェーンさんは人間のスタッフたちと、ブーツとの触れ合いを解禁した。
彼は今、囲いの中でひとりぼっちです。ワクチン接種はすべて済んでいますが、外に出せないこともわかっています。彼はただ寂しいだけなんです
この診断が下って以来、スタッフたちはここぞとばかりにブーツに愛情を注ぎまくった。ブーツはみんなに注目されることを、とても喜んで受け入れている。
スタッフが近づくと、ブーツは興奮して囲いの中を走り回る。そして仰向けに寝転がって、「お腹を撫でて!」とおねだりする。
ジェーンさんは、ここでのブーツのQOLは極めて良く保たれていると語っている。彼はただ、野生で自活できないだけなのだ。
だがブーツはそんなことは気にしていない。狩りをするよりもお腹をなでてもらう方が好きだし、本来、キツネが夢中になる穴掘りにも全く興味がない。
ジェーンさんによると、これまで彼女の施設では、80匹ほどのキツネを保護してきた。その中で、ブーツは野生に戻せなかった初めてのキツネなんだそうだ。
野生のキツネは危険な病原菌を持っている場合があります。ブーツは例外的なケースなんです。皆さんは、野生のキツネと触れ合おうとするのは避けてください
ジェーンさんはこう警告する。ブーツはあくまでも例外であり、キツネは野生動物だ。
秋が深まるにつれ、ジェーンさんの施設に救助を求めてくるキツネの数は増える見込みだという。
その中には毒餌を食べてしまったり皮膚病にかかったりして、緊急の処置が必要な個体も多い。彼らに場所を譲るため、ブーツを他の場所に移す必要が出てくる。
私たちは州に連絡を取り、彼の将来について話し合っていますが、彼の治療にはすでに数千ドルもの費用がかかっています。
それでも彼の瞳を見ると、このかけがえのない命のためなら、身銭を切っても構わないと思ったりもするのです。
現在、ジェーンさんたちはマサチューセッツ州の漁業・野生生物局の承認を待ちつつ、ブーツが一番幸せに暮らせるサンクチュアリを探しているそうだ。
References: Newhousewildliferescue[https://newhousewildliferescue.org/]