あの『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の物語から12年後。ブライト・ノアの息子であるハサウェイ・ノアの成長した姿を描いた映画三部作『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の第一部がいよいよ公開。
本作で劇伴を手がけるのは、『機動戦士ガンダムUC』『機動戦士ガンダムNT』とあらたな宇宙世紀作品のサウンドを鳴らしてきた作曲家・澤野弘之である。『UC』とも『NT』とも、あるいはこれまでのどの作品とは異なる新しいガンダム作品のなかで、澤野の音楽はどのように響いたのか。劇場公開直前のタイミングに話を聞いた。

『閃光のハサウェイ』は“劇場作品の音楽として”制作した初のガンダム作品になった

――澤野さんが劇伴を担当された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』がついに公開となります。今のお気持ちはいかがですか?

澤野弘之 今回のレコーディングをしていたのは昨年2月の後半頃だったんですよね。それから1年以上経っての公開となるので、時間があったぶんこの作品への思い入れも大きくなったのかなと思いますね。

――そんな本作の音楽を手がけることになった経緯からお伺いします。澤野さんとしては『機動戦士ガンダムUC』と『機動戦士ガンダムNT』に続くガンダム作品となりますが、『閃光のハサウェイ』へのオファーはいつ頃あったんですか?

澤野 『UC』が終わって、『NT』のオファーをもらうタイミングで『閃光のハサウェイ』の話はなんとなくいただいていて。そのときはプロデューサーの小形(尚弘)さんから「『UC』の派生作品をやろうとしているんですけど、実はもうひとつ計画しているものがあって、それをお願いしようと思っています」と言われていたんですよ。

――タイミング的には『NT』と同じ頃だったんですね。

澤野 そうですね。『UC』のTVシリーズが終わるときに”RE:UnChild”というライブをやったんです。
そのときに小形さんが来て『閃光のハサウェイ』の話をしていたので、4年以上前になるんですね。

――同じ宇宙世紀ものではありますが、『UC』や『NT』とは作品背景も異なりますし、澤野さんとしても作品への向き合い方は異なりましたか?

澤野 『NT』は『UC』からのつながりもあったし、あと『NT』はもともと劇場用作品の予定ではなかったものが、最終的に劇場版になったという経緯もあったんです。なので『NT』を作っているときは劇場版の音楽を作っている感覚ではなくて、初めから劇場作品として音楽を作ったのが『閃光のハサウェイ』が最初となる。そういった意識の違いはありましたね。

――また作品としては『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』から後の時代の物語になります。澤野さんにとって『逆襲のシャア』はどんな作品でしたか?

澤野 僕が初めてしっかりガンダム作品を観たなって思ったのは『逆襲のシャア』な気がするんですよ。『機動戦士ガンダム』と劇場三部作は自分が生まれた頃の作品で、子供の頃の思い出があまりないんですが……『逆襲のシャア』になるとTVCMとかで観た記憶があったり、いとこがガンダム好きでサザビーのガンプラを作っているのを見ていたり。「ガンダムってこれか」という気持ちがあったうえで高校生のときに観たんですよね。あとは当時TM NETWORKがめちゃくちゃ好きで、「BEYOND THE TIME~メビウスの宇宙を越えて~」が主題歌だったというので思い入れもあるし。

――そうした意識は『閃光のハサウェイ』の制作へも繋がりましたか?

澤野 『逆襲のシャア』に出ていたハサウェイが主人公である作品に携わらせていただくことで、自分的にはモチベーションにつながるところもありましたよね。でも、よく考えたら『逆襲のシャア』との繋がりはそこまで考えて作ってはいなかったです。どちらかというと、作っていたときは、『UC』の音楽を作ったうえでの『ハサウェイ』を作っていたので、終わってひと段落して今こうしてお話をしていて、思い入れのある『逆襲のシャア』の続きの作品なんだなと感慨深いです。
なので公開されて、いろんな部分が落ち着いてリンクしてやっと感動していくんだと思いますね。

“大人のガンダム”を表現するための重厚なサウンド
――あらためて『閃光のハサウェイ』の音楽制作についてお伺いします。本作は澤野さんが手がけられた『UC』『NT』と比べて、”大人のガンダム”ともいえる重厚なドラマが描かれた作品となりました。澤野さんには事前にどんなオーダーが来ましたか?

澤野 プロデューサーの小形さんからは、今回は”大人のガンダム”にしたいので、昨今のハリウッドのような音楽がいいと。最近のハリウッド映画の劇伴って、なるべくメロディを排除して大人向けのサウンドやアレンジで聴かせるところがあるんですが、『閃光のハサウェイ』も音楽面ではそういう方向でいきたいと。僕のなかでも『UC』はメロディをはっきり聴かせたいなというのがあったので、『閃光のハサウェイ』ではそうしたハリウッド的な要素を取っ掛かりとして作るのも面白そうだなと思いました。とはいえ、メインテーマやキモとなるシーンには『UC』のようなメロディアスな音楽が欲しいというのもあって、逆にそこを立たせるためにほかを抑えたいという意図も加わり、こういったサウンドになったというのはありますね。

――たしかに本作は、メロディを際立たせたものより、ビートを聴かせた重厚なサウンドという印象がありました。まさにハリウッド的というか、具体的にいうとクリストファー・ノーラン作品的というか。

澤野 そこを意識したのはあります。ただ、メロディはなくても淡々とした音楽にはしたくなかった。そういう意味でリズムやサウンドの作り込みで緩急や抑揚をつけて、メロディがないけどエモーショナルに聴かせたいというのはありました。


――この重さというのが本作のポイントではあるのかなと。例えば序盤のハイジャック襲撃シーンでの「CC…12yl」は、ビートは軽快なんだけどその後ろで鳴っている「ズーン」という音が非常に効いているなと。あそこはノーラン作品でも『インセプション』を思わせるような。

澤野 そうですそうです。ああいう音でインパクトをつけたりするのはここ最近のほかの作品でもやっているんですけど、特に今回はそこを際立たせてやった気はしますね。

――そうした重さは地球が舞台というのもあって、モビルスーツの市街地戦やそれを人間の視点で観ているのも踏まえて、独特のリアリティを感じさせるものがありました。

澤野 今回は大人の作品という部分と、未来を感じるサウンドというのもある程度入れてほしいというのがあったので、自分が観てきて影響を受けてきたもの、例えば『インターステラー』とか、遡ると『ブレードランナー』とか、デジタルなものだったり、そうした未来を感じるサウンドをある程度取り込んでいけたらいいなと思って作っていったのはありますね。

――またMS(モビルスーツ)戦などの音響が、これまた今っぽいエフェクトを感じさせるもので、そこもまたガンダムとしてもフレッシュだったなと。そこで澤野さんの劇伴も、ハサウェイとギギがホテルを脱出するシーンでの「ESIRNUS」などで、デジタルや弦のエフェクティブな使い方が印象的で。そこのリンクというのは意識されましたか?

澤野 音響に関しては事前には特に何も聞いていませんでした。ただああいうエフェクティブな音を劇伴に入れたのも、SF的なものとかを自分なりに汲んでサウンド的に面白いものが構築できたらなというのがあって、もしそう感じていただけたのならそこがうまくハマったのかなと。

20代から始まったガンダムとのキャリアを更新していく喜び
――そして本作も澤野さんプロデュースによるボーカル曲が使用されていますが、まずタイトルが出たときに流れるオープニング曲にあたる「Mobius」。
こちらはmpiさんとLacoさん、Benjaminさんという、澤野作品でもお馴染みのシンガーが集まりました。


澤野 作品サイドからはオープニング映像を作るなかで歌ものが欲しいと言われ、あとちょっとシリアスに、ミステリアスな雰囲気の楽曲にしてほしいというのがあったんですね。なので今までの『UC』や『NT』とは違うアプローチになったかと思います。

――たしかにシリアスな導入は、どこか往年のサスペンス映画的な雰囲気がありますね。

澤野 そういう部分は意識して作りましたね。あと、もともとオーダーとしては「ハサウェイとギギをイメージしたデュエット」というのがあったので、最初はLacoさんとmpiさんのデュエットだったんですよ。これは後づけなんですけど……僕としてはもうひとり、ベン(Benjamin)の声も入れたほうがサウンドに広がりがあるなと思ったので、急遽ベンにも参加してもらったんですね。それが結果的にハサウェイとギギ、そこにケネスの三角関係の部分と重なって、偶然だけど3人にしてよかったなと。

――静かながらも、それぞれのボーカルのエモーションが響く素晴らしい曲になりました。そしてマフティーのMSが強襲するシーンに流れる、Benjaminさんによる「TRACER」も、澤野さんらしいダンスナンバーでありつつ、よりエレクトロニックな印象のある作りになっていますね。

澤野 もともとはケミカル・ブラザーズの曲を聴かせてもらって「こういうのがいい」というリクエストがあり、そこを手がかりに作っていったというのはありますね。そこにグルーヴを増すために、勢い的には歌があったほうがいいなと思ってBenjaminのボーカルを入れたんです。
ここは実際に観てみて、シーンとのハマりとしても非常にいい形になったなと思いました。

――そうしたさまざまなアプローチが見られる、ガンダムとしても澤野さんとしても新しい音楽が聴かれた『閃光のハサウェイ』ですが、本作は全三部作の予定となっています。今後の第2部、第3部のイメージは澤野さんのなかでありますか?

澤野 音楽打ち合わせはこれからですね。でも、またここからガンダムとお付き合いしていくと考えるとありがたいですよ。なんだかんだで僕、2009年以降ずっとガンダムと付き合っているんですよね。『UC』が終わっても、お台場の実物大ユニコーンガンダム立像の曲(「Cage」)があったりTVアニメ版があったり、そのあと『NT』もあったあとに、こうして『閃光のハサウェイ』があって……。これもある程度のスパンでやらせていただくことになると思うんですけど。

――たしかに、澤野さんの15年あまりのキャリアのなかで、ガンダムは10年以上の付き合いになるわけですよね。

澤野 それも自分語りにはなりますけど、29歳ぐらいのときに『UC』の音楽を作り始めて、以降の30代を一緒に過ごすようになって。今回の『閃光のハサウェイ』も39歳に作り始めて、これから40代の期間一緒に関わるガンダムになるんだなって思うと、ありがたいことだなと。

――澤野さんの視点でいうと、40代でのガンダム音楽というものが俄然楽しみになってきますね。

澤野 シリーズものを手がけるときに、いちばん最初というのは、その柱となるものを作ろうとしていますので、今回の『閃光のハサウェイ』で自分のなかでその柱というものを作れた自負はあります。
次からはどういう新しいアプローチを入れていけるかを模索しつつ、ある意味楽しんで挑んでいけると思うので、今はそれが楽しみではありますね。

INTERVIEW & TEXT BY 澄川龍一

●作品情報
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』
現在公開中

【キャスト】
ハサウェイ・ノア:小野賢章
ギギ・アンダルシア:上田麗奈
ケネス・スレッグ:諏訪部順一

【スタッフ】
企画・製作:サンライズ 原作:富野由悠季、矢立 肇
監督:村瀬修功 脚本:むとうやすゆき
キャラクターデザイン:pablo uchida、恩田尚之、工原しげき キャラクターデザイン原案:美樹本晴彦
メカニカルデザイン:カトキハジメ、山根公利、中谷誠一、玄馬宣彦 メカニカルデザイン原案:森木靖泰
総作画監督:恩田尚之 色彩設計:すずきたかこ CG ディレクター:増尾隆幸、藤江智洋
編集:今井大介 音響演出:笠松広司 録音演出:木村絵理子 音楽:澤野弘之
主題歌:[Alexandros]
配給:松竹ODS事業室

(C)創通・サンライズ


関連リンク
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』公式サイト
http://gundam-hathaway.net/
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