欅坂46「世界には愛しかない」をはじめ、数々のヒット曲で知られる作曲家・白戸佑輔がゼネラルエグゼクティブクリエイティブプロデューサー(GECP=音楽制作総指揮)を務め、日本の音楽シーンの第一線で活躍中のクリエイターたちが集まった『くノ一ツバキの胸の内』のEDテーマプロジェクト『くノ一ツバキの音合わせ』。そのビッグプロジェクトの裏側に迫る企画連載シリーズの第2回目に集ってもらった、第5話~第8話の参加クリエイターは、プレイヤーとしての一面を持つ人が多数。
前回とはまた違った視点から、アレンジの奥深さに迫る!

■第1回はこちら
音楽・白戸佑輔×音楽プロデューサー・山内真治、西田圭稀×鈴木Daichi秀行×椿山日南子×ha-j


90秒に込められた“らしさ全開”のアレンジ
――ではまず、第5話から第8話まで順番にそれぞれの楽曲について掘り下げさせてください。第5話は伊藤 翼さんの担当回ですね。

青木征洋(ViViX) 色んな楽器が鳴ってるアレンジなんですけど、全部いっぺんに鳴ると、当然ごちゃっとしてどの楽器の個性も活きなかったりするんです。でも伊藤さんはすごく隙間作りが上手くて、ちゃんと1個1個の音がクリアに聴こえる。そんなアレンジの上手さが90秒に押し寄せてくる感じのアレンジだったなと感じてます。

伊藤 翼 恐縮です。
音数を多く使うのが自分の編曲のカラーなんですけど、結構ミックスのエンジニアさんからも「割と何もしなくてもお互いの音がちゃんと聴こえてくるアレンジだね」と褒められることが多いんですよ(笑)。

菊池亮太 良い意味で変態的なアレンジですよね。本当に、細かいギミックが聴けば聴くほど散りばめられていることに気づく。一聴して「やっぱりすごいな」と。Aメロのあのトリッキーな感じのメロディだったり、アレンジ。そこからBメロに落ち着いたときの安心感。
トリッキーな入りであるがゆえに際立つ感じがして、その展開に全然違和感がない。その緻密さ、とにかく素晴らしいなと思いました。正直なところ、もう何がどうなってるのか、細かくはわからなかったですよ(笑)。

伊藤 yamazoさんにも、白戸(佑輔)さんにも言われたんですよね。「イントロの拍子の取り方がわからない」って。

青木 あー、そうだね。
たしかにわからない。

伊藤 でも僕としては、「絶対これでしかない」と感じながらやってたアレンジなんです。



――伊藤さんとしてはナチュラルな感覚だったと。

伊藤 そうですね(笑)。変な拍子は好きなので。

氏原ワタル(DOES) 俺はもう率直に、ぱっと聴いた瞬間に「かわいいな!」って思いましたね。
俺には絶対できねえアレンジだな、みたいな。丑班の子たちのかわいらしさを、音楽として自分の持ち味で作り上げてらっしゃるな……みたいな感じで聴きました。

――今日お集まりいただいた4人の中だと、一番「かわいい」感じをガツンと表現されているのは伊藤さんのアレンジですよね。ほかの皆さんは良い意味で若干変化球を投げているというか、かっこいいアレンジで。氏原さんのお話を受けて、今気づきました。

伊藤 たしかにそうですね。
やっぱり僕もかわいい女の子が出てくるアニメが昔から好きで、その音楽を書きたくてアニソン作家になったところがあるので(笑)。

氏原 すごくファンタジーで「良いな!」って思います。

伊藤 ありがとうございます。やっぱり丑班のキャラクター的にも、なるべくキャラクターを甘やかしたい気持ちもありまして。

――丑班はアジサイをシオン、スズランの2人が甘やかしている班ですものね。ほかに伊藤さんがこだわられた点は?

伊藤 セクションごとにジャンルがころころ変わるのがこのアレンジの持ち味かなと思っています。
あと、AメロとBメロには最近流行りのフューチャーベース的な要素が入っていたりするんです。トラップ系のトラックに、かわいい系のシンセが入ってる。そこの部分のに入ってる鼓の効果音は、最初は人の声だったんですよね。フューチャーベースでよく使われるような、ちょっとフォルマントの効いた、(『キテレツ大百科』の)コロ助みたいな声を入れていました(笑)。でも白戸さん、山内(真治)さんとやり取りをしていて、ちょっとどうかな……と感じまして。和風な音……鼓か拍子木の二択で、どちらかを入れようかと考え、お二人にも聴いてもらって、最終的に鼓になりました。

――ちなみに山内さんからのそもそものオーダーはどんな感じだったんですか?

山内真治(アニプレックス・音楽プロデューサー) 「かわいい感じでお願いします」と、皆さんへ共通の「らしさ全開でお願いします」というオーダーをしましたね。特に翼さんには、細かにあれこれ言うよりも、「らしさ全開でお願いします」が一番伝わるんだろうなと思ったんです。白戸さんも、「翼くんはそれでいんじゃないですか?」みたいな感じ(笑)。

伊藤 「自由にやらせたほうがいいぜ」みたいな感じで見てもらえたってことですね。嬉しいです。

山内 もしくは「あれこれ言っても言うことを聞かない」と思ってるかのどっちか(笑)。

伊藤 あはははは!「こいつは、やれることしかやれないぞ」と。

山内 うん。でもその発注に対して、120%の力でちゃんと打ち返してきてくれたうえで、鼓がいいのか、拍子木がいいのか、細かく確認が入る。ざっくりとした感じでやるところと、きめ細かなやり取りをするところ、両方の意味ですごく良いコミュニケーションができた結果、良いアレンジをしていただけたのかなと思います。

伊藤 嬉しいお言葉!

ロックの良さとポップの良さの両方を併せ持ったアレンジ
――では第6話の青木さんに。立て続けになってしまって恐縮ですが、伊藤さん、青木さんのアレンジはどうでしたか?

伊藤 率直に言って、青木さんらしさ全開ですよね。普段から青木さんの活動をTwitterやYouTubeの動画などで拝見していたので、そのサウンドがアニメのエンディングとして流れることに興奮しました。

――あのGodspeedがアニメで流れるのか!と。

伊藤 まさにそうです。あのGodspeedが!ですよ。

青木 オンエアされるまで僕自身もずっと「本当に?」と疑問に思ってました(笑)。

伊藤 そして実際に流れているのを聴いたら、やっぱりかっこ良かったですね。

菊池 本当に、一言で表現するなら「かっこいい」ですよね。王道というか、ストレート。僕、ニコニコ動画世代なんですよ。どういうことかというと、自分が知っている曲がバンドアレンジされたときの感動みたいなものを、よく知っている世代。ギターがガーッ!と入って、原曲よりも派手な感じになったときのあの感動が蘇るような想いを、青木さんのアレンジを聴いて感じました。懐かしさだけじゃないんだけど、それも込みですごく感動しましたね。本当にギターという楽器のかっこ良さが際立っている。僕がピアニストなこともあって、自分にできないことをやっている、憧れるアレンジでした。

青木 多分、お互いにまったく同じ憧れを抱き合っているんじゃないですか。僕は「ピアノ弾ける人いいな~」って、菊池さんのアレンジを聴いて思いましたから。

菊池 いやー、でも、僕のほうが憧れは強いと思う。ギタリストに対して憧れる要素のすべてが詰まってるんですよ、青木さんのアレンジ。たまらないです。

青木 ありがとうございます(笑)。



――弦の人は鍵盤に憧れ、鍵盤の人は弦に憧れる。アレンジャーにはそういうところがあるんですね。

青木 ありますね。

菊池 特にギターとピアノは対照的な楽器なんですよね。

伊藤 どちらもコードを担当しているけど……。

菊池 それぞれに良さがある。

氏原 いや、でも本当に「ギターうめぇなー」って。

青木 ありがとうございます(笑)。

氏原 僕もギター主体のアレンジなんで、「やべー、かぶった」みたいな感じは思いましたね。聴いた瞬間に。そしてすぐ、「青木さんのほうがうめぇなー、どうしよう」みたいなね。

青木 いやいやいや!

氏原 何食ってたらこんなに上手く弾けるんだろうな?って。上手いギタリストは敵なんですよ(笑)。

青木 いやー、わかります、その感覚。

氏原 なんか悔しくなるよね。

――スタイル的には氏原さんはオルタナ寄り、青木さんはメタル寄りのプレイヤーですよね。

氏原 そうですね。青木さんはテクニックとして卓越なことができることをフルに活かした緻密なアレンジをしていて、でもそれでいて、突き抜けるようなかっこ良さは失っていない。ロックの良さとポップの良さの両方を併せ持った、アニメーションに合致するアレンジだなと思って聴いていました。

――では改めて青木さんご本人のコメントを伺いたいです。

青木 恐らく僕だけが、公衆の面前でリテイクをいただいてるんですよね(笑)。

山内 そうですね。

青木 制作期間中にTwitterのスペース機能を使って、作家のみんなで集まって座談会的なことをやったときに、「じゃあ、せっかくの機会だからここでリテイクを出してみましょう」みたいな流れになって、僕だけがリテイクをそこでいただいて。トップバッターだと思ったら、誰も続かなかったという……(笑)。

伊藤 そうでしたね(笑)。

青木 まあ、「これはおいしい展開だと思ったほうがいいな」みたいな感じだったんですけどね。実際、めちゃくちゃおいしかったですし。ともあれ、そこで言われたのが、「まだ足りない」だったんですよね。僕は普段BGMを作る仕事のほうが多くて、要はそれって、フックだったり、ギミックだったりを入れたら入れたぶんだけそこが目立ってしまい、NGを食らう仕事なんです。だから無意識的に、どうしても無難な丸いアレンジにしてしまおうとする。そこを見抜かれて、「もっとちゃんとアクセルを踏みなさい」とリテイクをいただいたので、「よし!」みたいな感じで、気持ちを切り替えた結果が、完成したものです。

――具体的にどの辺りを直されたんですか?

青木 主にサビの部分の、ずっと16分音符を後ろで弾いているところです。リテイクをいただけたおかげで生まれた、狂気のアレンジですね。ぜひサビの後ろでギターがずっと動いてるのを、注目して聴いてほしいです。

――あのめちゃくちゃインパクトあるアレンジは、リテイクの影響なんですね(笑)。

青木 はい。最初は大人しくパワーコードをかき鳴らしていたんですよ。そうしたら「遠慮しちゃダメだよ」と。

――リテイクはどなたから?

山内 僕です。スペースで、「初めまして」と言ってから1時間も経たないうちに、公開リテイクという無茶なことをしてしまいました。すみませんでした……。

青木 いやいや。

山内 でもあれですよ。「くノ一ツバキの音合わせ」に関して言うと、基本的にはアレンジとは引き算の妙、というのを上手く出すのがプロの技の見せどころかなと思っていたんです。でも、思い返してみれば、足し算を要求したプロジェクトだったなと。その第1弾が青木さんだったなと思います。やはりGodspeedという二つ名がある以上、十分に出していただきたかった。元のアレンジでも出てはいたんですけど、「もう鞘にしまっちゃうんですか?刀。」みたいな感じだったので、公衆の面前でなんでしたが、リテイクさせてもらいました。

――リテイクでも「抑えて」じゃなくて「やっちゃっていいよ」なら、やり直しでも嬉しかったんじゃないですか?

青木 燃えましたね。「よし、音を詰め込むぞ!」みたいな。「いつものやつで本当にいいんですね?」みたいな(笑)。

計算のうえ構築されたこだわりの「仕掛け」
――それでは続いて第7話の菊池さんのアレンジについて伺っていきましょう。

伊藤 もうイントロからやられましたね。自分もクラシック畑の出身ではあるので、ピアノの曲は大好きでいつも聴いているんですけど、そのいつも聴いていたクラシックの要素がAメロ、Bメロとピアノでしっかり構築されている。僕にはこれができないんですよ。で、ピアノで全部押していくのかと思ったら、サビでしっかりほかの楽器もばーんと入ってきて、またちょっと面白いサウンドが作られていた印象でした。良い意味でジャンル不明というか、キャラクターに強くフォーカスしたサウンドだったのかな、と。どうなんでしょう?

菊池 キャラクターというか、ジャンルにこだわるよりも、オーダーに対してどう答えるかを重視して自分の中の引き出しから引っ張り出してきた結果、ああなったっていう感じかもしれないですね。そうしたら、結果的にクラシック要素が多くなった。

伊藤 なるほどなぁ……。

――ちなみにオーダーはどんなものだったんですか?

菊池 オーダーは、「ショパンみたいな感じでお願いします」です。だからショパンのフレーズをモロに入れようと思った(笑)。で、全部が全部ではないんですけど、せっかくなんでちょっとクイズっぽい感じにしたら楽しめるかなと思って、9個くらいショパンのフレーズを散りばめています。



――山内さんのクラシックをリファレンスにしたオーダーの2つ目だったんですね。前回のha-jさんのときも「チャイコフスキーで」というオーダーでしたけど。

山内 そうですね。でも、同じクラシックを元にしたオーダーでも、ha-jさんと菊池くんでは発想のポイントが違ったんです。菊池くんの場合は完全に、クラシックを超絶技巧で弾かせたら随一のプレイヤーというか、僕の中では勝手に「現代のリスト」だと思っているので。

伊藤 か、かっこいい!

山内 白戸さんから「菊池くんでいきたいんです」って言われたときに、何気に僕、菊池くんと付き合い長いんですけど、「おお、白戸佑輔の口から菊池亮太という名前が出てきた」と驚いたんですよ。そして「ピアノを弾き倒してもらってください」というオーダーというか、発注の元になるコンセプトが白戸さんから示されたんで、あ、もうこれは、良かった、みたいな。

伊藤 お付き合い長いんですね、菊池さんと山内さん。

山内 長いですね、実は。YouTuberになる前からだよね?

菊池 そうですね。8、9年前くらいから色々と。最初はたしかレコーディングの現場でお会いして。

山内 そうだね。LiSAの曲のレコーディングで会った。モニター越しに見たプレイがあまりに衝撃的だったんです。

菊池 それがきっかけで、のちのち作曲家としても面倒を見ていただくことになった、と。

――なるほど。では流れを戻して、青木さんはいかがでしたでしょうか。菊池さんのアレンジをお聴きになられて。

青木 いやもう「ピアノ羨ましいなぁ」というのが真っ先に出てくる感想です(笑)。僕もギターを始める前まで10年間くらいクラシックピアノをやり続けていて、心が折れてギターにいったので。ピアノが弾ける人に対するリスペクトと憧れと嫉妬が激しく渦巻きました(笑)。「すごいな、さすが菊池さんだな」と。ピアノだけのバージョンのアレンジもYouTubeに上がってたりするので、それを聴いても改めてすごいなと思ったんですけど、アニメで流れたものはピアノだけでずっといくのかなと思ったら、サビでクッッ!と盛り上がるアレンジじゃないですか。で、その盛り上がるところの助走。すーっと引いていって、クッッ! と盛り上がるこの段差の、高さが、めちゃくちゃちょうど良いなと思いました。あそこでいきなりガンッ!と上がってしまうと、きっと耳がびっくりするじゃないですか。ちょうど良く、でもはっきりと盛り上がったとわかるあのジャンプの高さの計算された感じが、優れた鍵盤奏者であるだけじゃなく、アレンジャーとして適切なところを見極められる目や腕を持ってるんだなと感じました。

氏原 スーパーピアノっていうのはもう、さることながら、イントロからの雰囲気。「ここまで変わるか」ってびっくりしましたね。そこまでの話数で一番、「ここまでアレンジで雰囲気が変わっちゃうんだ」と感じられる曲でした。ピアノをただガーッと弾くだけじゃなくて、その奥にあるイメージが、なかなか生み出しにくい音楽のエグいところまで届いている感じ。しかも皆さんおっしゃるように、サビでちょっとポップにして、ふっとまとめ上げる。そういう技法というか、雰囲気の作り方が素晴らしいなと思いました。

――では、そんな流れを受けて菊池さんご本人のこだわりをお聞きしたいです。

菊池 先ほどお褒めいただいた部分ではあるんですけど、意識した点としては、クラシックピアノってあまり「クラシック」と意識しすぎるとレンジが広くなりすぎて、サビにジャンプアップするときとかに、かなり極端な方向にいく可能性をはらんでいるんです。そうなってしまわないように、俯瞰で全体を見ることを心がけながら、作ってはいました。

――皆さんが指摘されていたところは、やはり計算でちゃんと構築されていた。

菊池 やっぱりピアノをメインで、ほぼ途中までそれだけで構築していくというのは、トリッキーな方法ではあったので……。自分は元々ピアノを弾くことをメインにやっている人間なので、本能的に「ピアノを弾く」行為に溺れそうになってしまう。そうならないように、アニメの世界観やキャラクターの設定だったりを見たうえで、崩さない範囲でピアノを弾くことを常に意識して全体のアレンジは作りました。で、そこからさらに意識した点としては、ただクラシックみたいな感じでやっても面白くないというか。それはそのままオーダーに応えるだけなので、どうなんだというか。何か仕掛けを入れたいと考えたときに、ショパンのフレーズを入れてしまおう、と。「くノ一ツバキの音合わせ」という企画の中で出す動画だとか、こういうインタビューだとかで、何かネタとして使えるかもしれないということも考えながら(笑)。

――そこまで考えて。

菊池 ちょっと試してみた感じですね。あと何を聴いてほしいかというと、もちろんピアノがガンガン耳に入ってくるアレンジだと思うんですけど、どういうふうにオブリガードを入れているかとか、音数多い割に歌を邪魔しないようにどうしたらできるのかっていうことをかなり想定して作ったアレンジでもあったので、そこまで踏み込んで聴いてもらえると、ピアニストではなく、アレンジャーとしての自分は嬉しいですね。

――1曲の中にプレイヤーとしての菊池さんと、アレンジャーとしての菊池さんの二面がある。

菊池 そうですね。注目していただく点をちょっと変えていただくだけで、聴こえ方が変わってくるかもしれないです。

「プレイヤー」「アレンジャー」、そして「バンドマン」だからこそのベストマッチ
――プレイヤーとしての一面がある方がアレンジャーをやるときって、先ほどの青木さんのお話もそうで、このあとの氏原さんのお話もきっとそうだと思うんですけど、やっぱり曲を作るときにせめぎ合いがあるものなんでしょうか。曲を完成させていくときにプレイヤーとしての自分と編曲者としての自分がコンフリクトしちゃう、みたいなことってあります?

青木 ありますね。

菊池 そうですね。

青木 曲が求めているものよりも自分のスキルレベルが著しく低かったりするときに一番困るんですよね。頭の中ではこういうフレーズが鳴ってるのに自分の手はそうは動かない、みたいな。プレイヤーだからこういうフレージングが物理的に可能なことは知ってるんだけど、自分ではできない、みたいなジレンマにぶち当たることがすごい多いです。

――逆にプレイヤーとしてはもうちょっとここはガーッ!と激しく弾いてしまいたい、みたいなのはないんですか?

青木 ああ、それもあるんですけど、それをやった結果を最終的に聴いたときに、そこがノイズになっちゃうことが経験上多いので、自分のパッションでいきたくなったときに「ここは本当にいっていいのか?」みたいなことは、若い頃に気をつけるようになりました。今はそこを見極めるまで、アクセルを踏まない癖はついてます。

――ほかの皆さんも今の感覚ってわかるお話ですか?

菊池 そうですね。まさに僕もプレイヤー出身の編曲者だったりするので、自分の本能的に楽器を弾く気持ち良さみたいなものって、意識しないと抗えない部分があったりするんですよ。なので、さっきも話したかもしれないんですけど、その本能的に弾いてしまった結果、曲のアレンジの流れでノイズになってしまう部分を、どういう角度から避けるかみたいなことは、アレンジをする際意識する点ではあるかもしれないですね。

伊藤 自分もプレイヤー出身ではあるんですけど、そんなにプレイヤーとしての仕事はしてなかったんですよね。プレイヤーとしての感覚とはまた違う話かもしれないんですけど、編曲の中のストリングスアレンジだけを請ける仕事も結構多いんです。そういうときに、結構自分もストリングスに入れ込んでしまうことがあって。思うがままに書き綴ると、ラインが増えまくってしまう(笑)。それこそ歌を食ってしまうくらい、メロディにガンガンぶつかってしまうラインを書いて、聴いてみると「うーん、ぶつかってるな。間引こう」みたいなことはよくあります。

――氏原さんはどうですか?知ったような口を効くようで気恥ずかしいのですが、バンドスタイルでのアレンジは、また今の皆さんのお話とは違うものなのかなと……。

氏原 僕はですね、バンドでもアレンジを全部僕がやるんです。スタジオでメンバーと一緒にやっても、あんまり上手くいかないことが多くて、昔からそうなんです。で、演奏のテクニックもそれほどないし、プレイヤーっていうよりも、なんだろう……バンドマン、表現者、みたいな意識のほうが強いんです。歌詞や声も含め、トータルでバンドっていう生き物を作り上げるだけなんですよね。で、何を思って、どういうふうに作っていくのか、それが世の中にどう響くのかくらいしかあまり考えない。下手くそだから、そのなかで工夫してやるだけなんですよね。なので、皆さんの話を聞いてるともう、嫉妬しかないですね。

伊藤 いや、でも今のお話を聞いてまさにというか、氏原さんの第8話のアレンジはパッションに圧倒されたんですよ。第1話から第8話までの曲を聴いたとき、一番歌が前にくる感じが強かった印象で。で、青木さんのギターヒーロー的なギターとはまた違って、バンドとしての一体感みたいなものがあって、聴いていてずっと心地良い。それでいてサビの歌の前にくる感じは、燃えましたよね。キャラクターとの相性もあって、すごく楽しく聴けました。かっこ良かったです、本当に。

青木 亥班のキャラクターとのマッチング度もものすごく高いんですよね。第8話までの中で一番、キャラクターの絵と曲の合致度がダイレクトにくるアレンジでした。多分それは、氏原さん自体のアレンジメントの良さと、そこに対してオーダーをするというか、このキャラクターには氏原さんが一番はまるアレンジをしてくれると判断したプロデューサーの考えがミラクルマッチしてるのを感じます。それこそポール・ギルバートとかガスリー・ゴーヴァンみたいなテクニカルの鬼、機械的に弾けるギタリストが弾いてしまうと、絶対この雰囲気は出ないと思うんですよ。ただただ縦の線が揃ったギターになっちゃう。そうじゃなくて、バンドの中のギタリストとして、ちょっと荒っぽくやる演奏もそうだし、音作りの感じもそう。そこが亥班のキャラクターのがさつさというか、力を持ってる感じと、若干バカっぽい感じにマッチしてて、これが原曲だったと言われても疑わないアレンジだなと思いました。



――山内さん、そこは最初から「ここはこの組み合わせで」と思い浮かんだ感じだったんですか?

山内 そうですね。というか、白戸さんもうちの西田D(圭稀/アニプレックス・音楽ディレクター)も、「亥班は氏原さんでしょう」と、せーの!で決まった感じでした。何の示し合わせもなく。で、上がってきたやつを聴いて、「これです、これ。ばっちりです」みたいな(笑)。

伊藤 一番やろうと思ってできないアレンジだと思いましたね。

山内 「プレイヤー」とか、「アレンジャー」とはまたちょっと違った、「バンドマン」のパッションというか、血がそのまま注ぎ込まれている感じね。全員の感想が、「かっこいい」って言葉に集約されるイメージ。声優さんもそのへんのことを意気に感じて歌ってくれた気がしました。第8話の物語の内容が伏線回収が上手くいった、亥班がある種の主役の回であったのも良くて、あの流れでエンディングに氏原さんのアレンジがハマってくると、もう、かっこいいを超えて、「好きです!」と言いたくなる感じになりました(笑)。最高でした。

菊池 いやもう、本当に「かっこいいなぁ」という言葉に尽きますよね。個人的な話をしますと、僕は『銀魂』のアニメがドンピシャな世代で、そこでDOESの曲を初めて聴いたときにめちゃくちゃ感動して、自分自身がバンドをやる原動力になったんです。バンドの初期衝動がテレビ越しに伝わってくるようなアレンジだった。今回のアレンジを聴いても、やっぱり初期衝動が蘇るような感じというか、これがテレビから流れてくるっていうのも本当にベストマッチだった。これを目にしたキッズが「あのバンドを目指したい」「自分はバンドをやりたい」って思うような、血の通ったロックサウンド。本当にその、テクニカルなギタリストとはまた違った良さというか。バンドを組んで、スタジオに入って、で、「こういうロックがやりたいんだ!」って思いながら楽器を鳴らしたときに辿り着ける到達点を見せてもらえた感じ。僕もバンドやってるんですけど、本当に羨ましくなってしまいました。絶対自分にはできないことができているアレンジです。

氏原 いやもう、仕方なくバンドにいっただけなので。できないことが多すぎて。

――実際の制作過程はどんな形だったんですか?

氏原 いきなり白戸くんからLINEがきて。「やってくれませんか?こういう企画があるんだけど」って。まあ俺に振るってことはそういうことやろうみたいな感じで、求めてるのがビシッとわかったんです。『銀魂』とかの曲のあの感じを求められているんだろう、と。で、担当するのも亥班ですって言われたから、「あ、やっぱりそうなんだな」と。猪突猛進っていう言葉がまず浮かんで、荒くれて真っ直ぐにしか進まんみたいな、あの感じが求められているのね、って。だからギターも2本ドーン!と入れて、ドラムも打ち込みで、そこまで疾走させないくらいのお洒落な感じというか、オルタナティブロックの良いところを突くような雰囲気にしてね。で、良い意味で、聴いてくれる人にわかりやすく、アニメのキャラクターにもマッチするような感じになって、遠くに届くといいなと思ってました。

――狙いにドンピシャでした。

氏原 でもまあその……アニメを観させていただいて、亥班が動いてるのを初めて観たら、あんなにバカとはちょっと思わなかったですね(笑)。バカさがこう、僕の曲でちょっと戻せてるかな?みたいな感じにできたのは、良かったです。あの子たちはただバカなだけじゃないんだよ、みたいなところを出せたかなと。やっぱりなんというか、普通の方々とかも、器用な人って少ないと思うんです。だからこそ、こんな僕みたいな不器用でも、真っ直ぐ進んでりゃ良いゴールにつけることもあるんだぜ、みたいな。そういうメッセージも、ちゃんと織り込めたかなって思います。

アレンジの可能性と、新しい繋がり
――では皆さん、現時点でこのプロジェクトに参加したことによって、ご自分の創作活動に影響を受けたと感じている点はありますか?

伊藤 創作というより、今後の活動に影響を受けそうですね。味を占めて、「こういう企画があったんで、この作品でもやりませんか?」とか言っちゃいそう。そもそもこの企画のおかげで、クリエイター同士でお話する機会が増えたのが嬉しい。なおかつ、完成した音源をみんなで聴き合って、感想を出し合うなんで、夢にまで見た音楽家生活のやつやん!みたいな感じです。このフォーマットがどんどん普及していけばいいのにと思います。最初は「頭おかしい企画だ」と思ったくらいなんですけどね(笑)。

青木 僕は普段あんまりアニメの音楽の制作に携わることがなかったので、今回こういうお話をいただけたのが、そもそも相当レアでありがたい機会でした。そのなかで皆さんに出会って知り合って直接話もさせていただくことができるようになったっていう時点で、ものすごく、新しい繋がりと価値観をいただいた感じですね。あと、そのなかで、今日この場でもそうですけど、皆さんの曲をしっかり聴かせていただいて、それに対してみんなで意見を言い合うっていう機会のなかで、またこれまでと違う、自分の持ち味ってどこにあったんだろう?みたいなところが再確認できた気持ちもあります。僕以外の作家が実際どういうふうにアプローチしてどういうふうに同じテーマに対して攻めていくんだっていうのを、これだけ同じテーマを通じて見られたのは、今後自分が何か曲作るにしても、アレンジするにしても、ギター弾くにしても、着眼点の引き出しを増やしていただけた気がしますね。

菊池 1曲を色んなアレンジャーが競作するって、実はありそうでなかったような気がしているんですよね。しかもプロの第一線でやられている方々と自分が、同じテーマで作るっていうことは、やっぱりいちクリエイターとして本当に発見の連続でした。特に自分の場合は、メロディに対して「こういうアプローチがあるんだ」という発見が毎週あったんですよね。

――それは大きな影響ですね。

菊池 あとはやっぱり、ほかのアレンジャーの方々、企画の方と意見交換できる機会が増えて、それってこれから音楽業界で若い人たちが育っていくうえで、絶対に重要なことなんじゃないかなと僕は今思っているんです。それもあって、もっとこういう機会が増えればいいなと、今は感じています。

氏原 色んな人間がいるんだなって、1つの箱の中でぱっと見れる感じが良いですよね。こういう企画は本当に、見たことがない。例えば、テレビで流れてくるような音楽、ネットで流れてくるような音楽、アニメーションで流れてくる音楽、映画で流れてくる音楽って全部別のジャンルだったりする。だからそれぞれ、そういう感じに脳みそを切り替えて書くし、聴くけれど、こうやって同じテーマの中ですら、オーダーが違って書く人が違えば、ここまでの違いが出る。それは本当に面白いことだなと、改めて思いますね。アレンジメントってこんな可能性があるんだなぁ、ここまで考えてやってるんだなぁ、同じ曲がこんなふうにもなるんだなぁ……とか、すごく色々なことがわかる企画でした。勉強になったし、刺激になったし、ここまで大掛かりじゃなくても、似たような企画が今後もあったら面白いですよね。良いデファクトスタンダードになってくれることを願っております。

INTERVIEW & TEXT BY 前田 久

●リリース情報
「くノ一ツバキの胸の内 あかね組音楽集」
2022年7月6日(水)発売
価格:¥3,850(税込)
品番:SVWC 70589~70590
商品仕様
・CD 2枚組、アニメ描き下ろし三方背ケース仕様
・あかね組くノ一・ランダムステッカー封入
https://kunoichi-tsubaki.com/music/

●作品情報
TV アニメ『くノ一ツバキの胸の内』

【原作】
山本崇一朗「くノ一ツバキの胸の内」(小学館「ゲッサン」連載中)

【スタッフ】
監督:角地拓大
シリーズ構成:守護このみ
キャラクターデザイン:奥田陽介
色彩設計:山口 舞
美術監督:吉原俊一郎
美術設定:青木 薫
撮影監督:大島由貴
CGディレクター:千野勝平
編集:瀧川三智
音響監督:明田川 仁
音楽:白戸佑輔
制作:CloverWorks

【主題歌】
オープニングテーマ:the peggies「ハイライト・ハイライト」

【キャスト】
ツバキ:夏吉ゆうこ
サザンカ:根本京里
アサガオ:鈴代紗弓 ほか

関連リンク
「くノ一ツバキの音合わせ」特設サイト
https://kunoichi-tsubaki.com/otoawase/

『くノ一ツバキの胸の内』公式サイト
https://kunoichi-tsubaki.com/

『くノ一ツバキの胸の内』公式Twitter
https://twitter.com/tsubaki_anime

伊藤 翼 公式Twitter
https://twitter.com/Tsubasacurry

青木征洋 公式Twitter
https://twitter.com/Godspeed_ViViX

菊池亮太 公式Twitter
https://twitter.com/komuro_metal

氏原ワタル(DOES)公式Twitter
https://twitter.com/does_wataru