RK Music/ライブユニオン所属のバーチャルシンガー・HACHIによる初のライブツアー“HACHI東京・台北ツアー「Close to heart」”の東京公演が、10月9日に東京・Spotify O-EASTで開催された。2019年に活動を開始して以来、透明感のあるシルキーな声質とバーチャルシンガーの中でも屈指の歌唱力が話題を呼び、着々と支持を広げている彼女。
この夏に発表した2ndアルバム『Close to heart』を携えた本公演は、彼女にとって初めてのツアーの初日、そして初となる観客の声出し解禁ライブということで、HACHIとBEES(※彼女のファンネーム)で一緒に作り上げる温かな空気に満ちた一夜となった。

TEXT BY 北野 創
PHOTOGRAPHY BY UMEP、Yudai Isizuki

情熱的にもクールにも振り切って魅せる、HACHIの多彩な歌世界
開演前、照明を暗くした状態の会場でBEESたちが期待を胸に待ち侘びるなか、いきなり「あ、あー、BEESのみんな、こんはちー!」とHACHIの声が聞こえてくる。今日はライブの注意事項をアナウンスする、いわゆる“影ナレ”もHACHIが担当するらしい。大人っぽいクールな歌声を活かした、バラードやしっとり系のナンバーを得意としている彼女だが、自身のYouTubeチャンネルでレギュラー配信している歌枠「ハニカムステーション」や「Midnight station」を聞けばわかるように、本人は気さくな性格で、明るく笑いの絶えない語り口が魅力でもある。影ナレでもいつも通りの距離を感じさせないテンションなのが嬉しい。

そして彼女は、YouTubeのチャンネル登録者数が前日に20万人を突破したことを報告。
実は本ライブの2日前となる10月7日、HACHIはホロスターズの律可が主催した企画「第一回VTuber歌唱王」に参加し、そこで獅子神レオナ、ときのそら、緋月ゆい、神成きゅぴ、バーチャルゴリラ、__(アンダーバー)といった歌うま自慢のVシンガー/歌い手たちと競い合い、抜群の歌唱力で決勝戦まで進出。結果は僅差で獅子神レオナが優勝したのだが、同番組のMCを務めた星街すいせいも絶賛する歌の上手さが評判となり、その反響もあってか登録者数が急増したのだ。その報告と喜びを分かち合う意味も込めて、会場のみんなで声を合わせて「おめでと~!」と祝福の言葉を届けて、ライブ前の声出しの練習を兼ねる。

そんな温かな交流から少し時間を置いて、ついにライブが開幕。まずはオープニングムービーが映し出され、バラバラだったガラスの破片のようなオブジェが集合して花の形となり、それをHACHIが優しく持ち、今回のツアーのキービジュアルと同じカットになると、場面はステージに転じてタフなイントロが期待を高めるなか、HACHIがリフトアップで中央に登場。この日のライブの幕開けを飾ったのは、彼女のオリジナル曲のなかでもとりわけロックな「夜迷い言」。
“ライブハウスのステージは 客席から一段高い”という歌い出しの歌詞が、数々の有名アーティストやバンドが立ってきた場所である老舗のライブハウス・O-EASTという場所にこのうえなくマッチしている。シリアスな表情で力強く歌声を届けるHACHIに、フロアは初っ端から熱狂で応える。

続いては、2ndアルバム『Close to heart』より「空が待ってる」。流れゆく光の粒子を背にして、どこまでも伸びやかなボーカルを響き渡らせるHACHI。サビの“淀んだ空 吹き飛ばしていくような そんな風をあなたと起こしてみたい”というフレーズが、HACHIからBEESに向けたメッセージのように聞こえて、これからも彼女と共に歩いていきたい気持ちがより強くなる。イントロが流れると同時に客席から歓声が上がった「Twilight Line」は、ノスタルジックな記憶と未来への視座が同居したドラマチックなナンバー。
静謐感とエモーショナルさの両方を湛えたその楽曲を、HACHIはパワフルかつ澄んだ“声の力”で巧みに表現する。重々承知していることだが、やはり彼女はとんでもなく歌が上手い。音域の広さや音程の安定感、ファルセットやミックスボイスも交えた多彩なアプローチといった技術的なすごさもさることながら、歌詞の内容やメッセージ性を何倍にも増幅させる、言葉では説明できないニュアンスの機微が彼女の歌には備わっている。だからこそ聴き手の心を震わすことができるのだ。

冒頭3曲で早くもその歌力に圧倒されてしまったが、今回のライブは3Dステージの演出面においても優れた部分が多く、楽曲ごとに映像演出や照明の見せ方も細やかに切り替えることで、その楽曲の世界観に一層深く没入できるものになっていたのが、進化した点と言えるだろう。いつものように気さくなMCを挿み、HACHIがスツールに腰掛けながら歌唱した「Deep Sleep Sheep」では、背面のスクリーンに同楽曲のアニメーションMVが投影されて、メロウなチルサウンドとHACHIの深みを帯びた歌声と共に、楽曲のディープな部分を表現。
続く「Lonely girl」では黄色や紫の照明がネオンライトのように瞬き、都会の夜の空気感を演出する。アコギと乾いたビートが寂しい夜の気持ちを投影した「さよならfrequency」における、HACHIのファルセットを交えたウィスパーボイスの切々とした響きも絶品だったし、それに続き歌われたレゲトン風の「Level off」での苦々しい感傷にそっと寄り添ってくれるようなさりげなさ、諦めでさえも肯定してくれるような優しさは、彼女の歌に本質的に備わった包容力があってこそのものだ。そして「バスタイムプラネタリウム」は、コンピレーションEP『HARMONICS』に収録されたリミックスバージョンをライブ初披露。ダンスミュージックの要素を強めた煌びやかなアレンジメント、楽曲の展開に合わせてクラゲが舞い踊ったり、彗星が降り注ぐビジュアル演出を含め、ユニットバスからユニバース(宇宙)に広がるような、壮大な景色を美しい歌声と共に紡いでみせた。

HACHIとファンが“ひとつの歌”に!優しいぬくもりに満ちたフィナーレ
「折角声が出せるので、みんな、盛り上がりたいじゃん?」「今度はクールなはちたや(※HACHIの愛称)で盛り上がっていただきましょう」と告げた彼女は、続けて情熱的なアップナンバー「Greyword」を披露。赤い花びらが舞うなか、影を帯びた艶やかなメロディをふくよかさと力強さを増した歌声でなぞり、赤々と燃え上がる“偽りの愛”の炎を描写する。
とりわけ感情を迸らせた歌唱表現で魅せたのが、みきとP提供の名曲「涙することは疎か、息も出来ない。」。叶わないからこそさらに強くなっていく思い、それでも無力な自分、変わりたい気持ち。そのぐしゃぐしゃとした心の内を解放するかのごとく、ときに叫ぶように、ときに泣き出しそうなほど寂しそうに、コントラスト豊かに心情を表現していく。締め括りの一節“息もできない”での本当に苦しそうな、息の詰まるような声も素晴らしいニュアンスだった。

そんなアグレッシブな2曲に続いては、彼女の代表曲の1つである「Rainy proof」。ステージに雨が降り、淀んだ悲しみのような水たまりが鈍く光を反射させるなか、HACHIはしっとりとしたニュアンスで、別れの歌を紡いでいく。
背面のスクリーンに投影されたMVのHACHIと、その頃とは髪形が変わって今はショートカットになったHACHI。過去のHACHIと現在のHACHIが同時に画面に映り込む演出もまた、失恋後の時間の経過を感じさせて、よりグッとくるポイントになっていた。そして静かな高揚感を湛えた美麗なハウスチューン「いつまでも」でBEESたちを遥かな世界へ誘うと、続く「光の向こうへ」で眩い光の溢れる明日へ。ラスサビの“届かなくても 僕は歌うよ 光の中 声が枯れるまで”という歌詞が、今ステージで朗々とした歌声を響かせる彼女自身の姿と重なって、感動的な気持ちを呼び起こす。

「いやあ、1曲1曲歌うたびに、今日という日が終わりに向かっていくと思うと、切なくなっちゃうね」としんみり語りつつ、すぐに「泣いてる人いるんじゃないの?涙を拭きな!まだまだ終わらないから」と笑うHACHI。「今日という日を、みんなにとっても絶対に忘れられない日にするために、みんなの記憶の中で何度も何度もよぎるような思い出にできるように。夏は終わってしまったけれど、それでもみんなの心の中に在り続けられるように、この曲を歌わせてください」と語ると、ここからはノスタルジックな夏の歌を3曲続けて披露。

ホタルのような光が舞い上がるなか歌われた「八月の蛍」では、ひぐらしの鳴く声や風鈴の音、スクリーンに投影された同曲のMVと共に夏の叙景を描き出す。最後の“わずかに光る 蛍の灯り シンと今消えた”という一節に合わせて、ホタルが消えて照明が真っ暗になる演出にもハッとなる。ヒップホップ系のビートと金属が共鳴し合うような音色が印象的な「夏灯篭」は、赤く燃え上がる花火のような映像と、ラストで一気に浮かび上がる灯篭の幻想美が圧巻のひと言。そして出羽良彰がアレンジを手がけた2ndアルバム収録曲「ビー玉」。清涼感と切なさを併せ持ったアンビエントなサウンドとラムネをモチーフにした歌詞が、夏の懐かしい景色を思い起こさせる。ビー玉のようなオブジェに囲まれて、儚い歌声を織り成すHACHIの姿も情緒に溢れていて、思わず見惚れてしまうほどだった。

その後のMCで、夏が大好きだと語るHACHI。先ほどのブロックで歌われた3曲はすべて、HACHIの楽曲を多数手がける海野水玉が作詞・作曲したものだが、夏ソングという共通項はありながらも、それぞれ別々のコンセプトがあるとのことで、「今日はそれぞれ歌い方を変えてみました。伝わるかな?」と報告する。そして「ここで残念なお知らせ」。早くも次が最後の楽曲ということで、客席からは「嫌だー!」という声が上がる。だが楽しい時間はいつか終わるもの。「みんながいつも私のことを見てくれている。心の耳を澄ませれば、みんなの声を、そしてみんなの眼差しを感じることができる。そんな、宇宙一大好きなみんなの前で、この曲を歌わせてください」――HACHIはそう語ると、2ndアルバムの収録曲の中でも特にお気に入りだとインタビューで語っていた「まなざし」を、最後に届ける。重厚かつ美しいパワーバラード系の本楽曲、星空を駆けるような映像とたくさんのサーチライトがステージを眩しく彩るなか、HACHIはひと際深くエモーショナルな歌声をスパークさせる。“あなたがくれたまなざしが生きている”というその歌詞は、BEESたちの目の前で歌われる今、より一層心に響いてくる。HACHIは心を込めて最後の歌を歌い終えると、「ありがとうございました、HACHIでした」と挨拶して、光となってステージを後にした。

アンコールを受けて戻ってきたHACHIは、今年の8月8日にYouTubeで配信された新衣装お披露目ライブでサプライズ披露した初期衣装の姿で登場。改めて、今回のライブについて、過去2回のライブはクラウドファンディングで資金を調達したうえでの開催だったが、今回は自分の力で開催できたこと、さらに東京・台北を巡るツアー形式にできたことは、応援してくれているBEESへのおかげだと、感謝の気持ちをしみじみと伝える。そして将来の夢について、「いつも言っているのですが、やっぱり武道館にVとして立ちたい」と力強く宣言。「みんなが夢見る舞台だから、いきなりポンと行けるものではないのもわかっているし。だから、みんなと一緒に一歩一歩、じっくりステップアップして、武道館に立っても恥ずかしくないHACHIに育て上げてください!……なんか違うな(笑)」と、照れながらも想いを伝える。

「BEESのみんなには常に元気でいてほしいと思っています」と語り、自身の活動のなかで何よりもBEESを大切にしている彼女の想いを形にした楽曲が、この日のクロージングナンバー。それは「HONEY BEES」。2ndアルバムでもラストを飾っていた、HACHIの笑顔のように明るく温かな歌だ。「HACHIとBEESのみんなで、どんなにつらい夜も、どんなに悲しい夜も、私たちの歌で消し飛ばせるように、みんなで1つになって歌を作りましょう!」。HACHIはそう呼びかけると、カントリー調の心が弾むようなサウンドに導かれながら、伸び伸びと、かつ嬉しそうに、BEESのための歌をうたいあげる。サビ後半で彼女が「せーの!」と呼びかけると、会場が一体となってペンライトを左右に振りながら「wow wow~♪」と大合唱。歌詞にある通り、まさにHACHIとBEESが“ひとつの歌”になって、幸せな気持ちを分かち合うなか、この日のライブは締め括られた。

<セットリスト>
M1.夜迷い言
M2.空が待ってる
M3.Twilight Line
M4.Deep Sleep Sheep
M5.Lonely Girl
M6.さよならfrequency
M7.Level off
M8.バスタイムプラネタリウム(Remix)
M9.Greyword
M10.涙することは疎か、息も出来ない
M11.Rainy proof
M12.いつまでも
M13.光の向こうへ
M14.八月の蛍
M15.夏灯篭
M16.ビー玉
M17.まなざし

アンコール
M18.HONEY BEES

●ライブ情報
HACHI東京・台北ツアー「Close to heart」

東京公演会場:Spotify O-EAST
日時:2023年10月9日(月・祝)

台北公演会場:Clapper Studio
日時:2023年11月19日(日)

関連リンク
HACHI
公式X(旧Twitter)
https://twitter.com/8HaChi_hacchi

YouTube
https://www.youtube.com/c/HACHIVSinger