「血の抗争勃発」「山一抗争再び」「拳銃、防弾チョッキ高騰」
分裂騒動で揺れる山口組をめぐって、夕刊紙、スポーツ紙、週刊誌、ワイドショーなどが連日のようにこんな見出しで派手なニュースを報道している。山口組を離脱した組が、新たに「神戸山口組」を結成する動きが確実になったことで、30年前、317件もの抗争で双方に25人の死者を出し、警察官や一般市民なども含む70人が負傷したあの山一抗争が再現されるというのだ。
司忍6代目組長が支配する山口組と、それに反発して離脱した山健組、宅見組などの神戸山口組がシノギと縄張りをめぐって、幹部のタマを取り合い、銃撃事件が頻発し、神戸やミナミ、そして新宿や赤坂でも血の雨が降る――。
だが、ちょっと待ってほしい。たしかに、山口組が分裂状態になっているのは事実だが、今のところ「血の雨」どころか、一件の発砲事件も発生していないのだ。ほんとうにこんな恐ろしい状況なのか。長く暴力団取材を続けてきたベテラン記者も苦笑しながら、こう語る。
「もちろん、この先、シノギをめぐる小競り合いや跳ね上がりによる銃撃事件は起きる可能性はある。ただ、山一の時と違って、今は暴対法があるから。ちょっと派手なことをやったら、親分までパクられて、組はガタガタになってしまう。そんな状況で血の雨とか、山一抗争の再来とかはありえない。完全に情報が先行している」
もっとも、この記者はこんな分析も付け加えた。
「ただ、この情報先行状態は、ヤクザが裏で情報戦をやってるから起きている部分がある。山口組も神戸山口組も自分のところに有利な情報をどんどん流して切り崩しを図っているんだよ。
ヤクザによる情報戦――。たしかに、今回は始まりからして、その気配はあった。マスコミの第一報は8月27日、山口組総本部での緊急の執行部会だったが、実はその前日夜、「構成員20人ほどの某組長」と名乗る人物が、突如、こんなツイートをしたのである。
〈えらい事になった。ほんまに割れた。全部決まり。半数以上や。新名称決まった。「神戸山口組」〉
さらに、この組長は執行部会が開かれた27日にも〈盃終了、15団体でスタート。盃飲んだなら、腹括って下さい。〉〈2社脱落、13社。こんなもんやろ。
また、8月末には「九州」という別のアカウント名のツイッターが登場。9月5日に神戸山口組の幹部人事案を列挙したと思われる情報を公開、7日には「御挨拶」と題された神戸山口組の挨拶状らしき書面の画像をアップした。
他にも、未確認だが、離脱組系の組長らしきツイッターやFacebook、逆に山口組系の組長のツイートなども出回っているといわれている。いずれにしても、当事者のヤクザを名乗って、内情を暴露するツイートが飛び交うなんて、これまでにはなかったことだ。
「分裂騒動について本当のところを知っているのは、離脱組の13団体の組長だけ。3次団体や4次団体になってくると、ヤクザのほうも何が真実かわからない。だから、ヤクザ自ら身内に取材して情報を集めている。ヤクザもネットで情報を収集するという状況になっていて、それがまた2ちゃんねるやSNSなどでネットに出回り、まわりまわって警察や記者クラブに渡る」(前出・ベテラン記者)
もちろん、これらは事実でない情報もあり、アカウントも本物の暴力団構成員のものかどうかはわからない。ただ、その早さや詳しさを考えると、少なくとも、おおもとは山口組、離脱組、双方の内部から情報が出ていることはたしかだろう。
「週刊ポスト」(小学館)9月18日号の、フリーライター・鈴木智彦氏によるレポートには、山口組幹部のこんなコメントも掲載されている。
「嘘の情報を流せと指示された。具体的に名前や組織名を出せといわれた」
つまり、事実でない情報も暴力団が発信源となった攪乱情報の可能性が高いのだ。
もちろん、情報戦の舞台はSNSだけではない。「週刊実話」「週刊大衆」「アサヒ芸能」というヤクザ御用達週刊誌御三家をはじめ、夕刊紙、スポーツ紙、はてはワイドショーにも、双方からかなりの情報が流されているという。
「記事を見ていると、(司忍6代目の出身母体である)弘道会周辺や山口組から情報をとっているものと、山健組などの離脱組団体から情報をとっているものとに分かれてる感じがするね。ライターやメディアも結局、情報をとれたほうによって書くからね。ある種の代理戦争状態になっているかもしれない」(ヤクザ問題に詳しいジャーナリスト)
また、9月4日に流れた「離脱組がマスコミを呼んで記者会見を開く」というデマ騒動の背景にも、ヤクザ同士の情報戦があったといわれている。
「最終的にはデマということになったが、実際に離脱組が実話誌の記者にサービスで写真を撮らせるという、それらしき話があったんです。それが、警察の耳に入り、いつのまにか"記者会見"へと話が飛躍した」(週刊誌記者)
かと思えば、「この記者会見を想定して、山口組のある関係者が用意した質問状を記者に渡していた」という話もある。
9月4日、フジテレビ系のFNNが山口組の定例会で司忍組長が読み上げた手紙を独占入手して報道した一件も、この情報戦の一環だといわれている。
〈山口組には内紛、離脱、分裂などを繰り返して成長してきたその過程の中で有能な多くの人材を失ってきた歴史の反省と学習があった。人は誰も学習能力がある。
FNNが報じた手紙の文章は以上のように、直参組長に抗争抑止を訴える内容だが、前出のジャーナリストはこう分析する。
「8月末には離脱組がどんどん情報を出してたから、それに対抗した情報戦だね。それと、いざ抗争が起きた時に使用者(=組長)が責任を問われにくくするという思惑もある。『私は直参に抗争はやめろと言っていましたよ。報道されている物証があるでしょう』というのは、裁判になったときに有力な証拠になるから」
いずれにしても、実際は「銃弾」などではなく「情報」が飛び交っているというのが、この山口組分裂劇の実態なのだ。
しかも、この情報戦には、警察も乗っかってきている。実は、全面抗争を書き立てている新聞各社やワイドショーの背中を押しているのは、他でもない捜査当局なのだ。
「ようするに、警察当局としては、マスコミが"抗争近し!"というような記事を載せれば載せるほど、取り締まりがしやすくなるし、もっといえば、捜査の予算もとれる。だから、危険を煽るような情報をわざと流すんですよ」(在阪の社会部記者)
たしかに、新聞記事を注意深く読むと、「警察当局は抗争を懸念している」「捜査関係者は全国規模の抗争の危険性があると危惧している」など、明らかに警察が発信源になっているものが多い。
これに拍車をかけるのが、雑誌や新聞の「売らんかな主義」だ。彼らのほとんどは山口組分裂の実態や裏に気づいていながら、警察情報に乗っかり、「抗争勃発」「血で血を洗う戦い」と書き立てている。
「とにかく、こういう記事は売れますからね。先週号で山口組分裂騒動を報じなかったある週刊誌は売り上げで一人負けだったらしいですし。とにかく、今は抗争を煽れるなら、どんな小さなことでも膨らませて書いてる状態です。編集部では『早く派手にドンパチやってくんないか』などと冗談も飛び交っているほどです。スポーツ紙や週刊誌はもちろん、新聞の連中だって、建前上は『抗争に懸念』などといっていますが、本音はドンパチを期待しているんじゃないですかね」(週刊誌記者)
とくにひどいのが、フジサンケイグループの産経新聞と夕刊フジだ。夕刊フジは「山口組"2兆円抗争"勃発」「6代目激怒情報」と、まるで今日にもドンパチが始まるかのような記事を連日トップに掲げているし、産経新聞も「今日から安心という日はない」「銃弾の発射音必至」など、まるで実話誌のような見出しで抗争を煽っている。あげくは「仁義なき戦い」シリーズなどを手がけた大物プロデューサーを登場させて、「ドンパチがないと映画にはならん!」などという煽りインタビューを掲載する始末。
これが、普段、「犯罪を許すな」とエラソーに語っている新聞のやることなのだろうか。
一方、対照的なのは、当事者である暴力団だ。冒頭でも指摘したが、実際にはマスコミ報道とはちがい、山一抗争のような全面戦争になる空気はほとんどないという。
「今の幹部は山一抗争を経験してるし、暴対法など警察による締め付け強化も知ってる。現状、名古屋と神戸が互いに自分たちが本流だと主張していて、『こっちはドンと構えている』と話していると聞く。下はわからんが、上のほうは全面戦争をする気はないということ」(捜査関係者)
もしかしたら、売らんかな主義で抗争を煽るマスコミのほうがずっと"ヤクザ"だということなのか。
(編集部)