今月21日、たった16日間の会期しかなかった臨時国会が閉会したが、このわずかな会期中、この国が重大な危機的状況に追い詰められていることがあらためて可視化された。それは、安倍政権や菅政権では動かなかった憲法改正が、いよいよ数の力によって強引に進められようとしている、という危機だ。
臨時国会では予算審議中にもかかわらず異例となる憲法審査会が開催されたが、臨時国会閉会を受けて21日におこなわれた会見で岸田文雄首相は、憲法審査会がおこなわれたことを踏まえて「通常国会ではさらに議論が深まることを心から期待する」と発言。さらに同日、岸田首相は自民党「憲法改正実現本部」の会合に出席したが、この場で安倍晋三・元首相と麻生太郎・自民党副総裁らが同本部の最高顧問に就任。改憲に向けて地方組織に実現本部を設置する方針を決定し、本部長である古屋圭司・元拉致問題相は「(衆参両院の)憲法審査会でしっかり審議せざるを得ない環境(づくり)を党をあげてやっていこう」と発破をかけた。
あらためて指摘するまでもないが、国会ではコロナ対策や生活困窮者支援など喫緊の課題が山積している。挙げ句、安倍政権時から基幹統計が改ざんされていたという検証・真相追及が必要な重大な問題まで判明した。にもかかわらず、世論もまったく盛り上がっていない憲法改正の議論を進めようというのは優先順位が滅茶苦茶だ。だいたい、2015年に憲法審査会で憲法学者が安保法制を違憲だと指摘すると、自民党はその後、約1年半も憲法審査会を開こうとはしなかった。それを自民党改憲案を押し通すために「しっかり審議せざるを得ない環境をつくろう」などとご都合主義で国会を動かそうとは、はっきり言って言語道断だ。
しかし、岸田自民党は改憲の最大のチャンスがやってきたとし、来年の通常国会で一気に弾みをつけようとしていることは明らかだ。
自民党が改憲に本腰を入れてきた背景にはふたつの要因がある。まずひとつ目は、岸田首相にはリベラルのイメージがあるため、改憲への世間の警戒が緩い点だ。実際、安倍元首相は13日に『深層NEWS』(BS日テレ)に出演した際、「リベラルな姿勢を持っている岸田政権だからこそ、可能性は高まった」と発言。
だが、最大の要因となっているのは、先の衆院選で議席を伸ばして野党第2党となった日本維新の会の存在だ。衆院選の結果、自民・公明・維新の改憲勢力は改憲発議に必要な3分の2の議席を確保したが、選挙後から松井一郎代表や馬場伸幸・共同代表、遠藤敬・国対委員長らは声高に憲法改正の必要性を謳ってきた。さらには同じく議席を増やした国民民主党が維新と急接近、玉木雄一郎代表も「『憲法審査会を開くな』『議論をするな』の勢力とは一線を画したい」などと発言、同じく改憲に前向きな姿勢を鮮明に。これを追い風にして自民党も前のめりになっているのだ。
ちなみに、自民党「憲法改正実現本部」本部長である古屋圭司・元拉致問題相は極右団体「日本会議」の国会議員懇談会の会長であり、衆院憲法審査会の与党筆頭幹事である新藤義孝・元総務相、維新の馬場伸幸共同代表は同副会長を、維新・遠藤敬国対委員長は同議連の事務局長を務めている。つまり、維新の躍進によって自民党は願ってもない「改憲シフト」を組むことに成功した、というわけだ。
そして、この改憲シフトに追い詰められたのが、野党第一党である立憲民主党だ。ご存知のとおり、立憲の新代表となった泉健太は「批判ばかりではなく政策提案型」「護憲ではなく論憲」などと打ち出しているが、そのせいで憲法審査会を強引に開催しようとする自民・維新・国民民主党の標的となった。実際、自民党の茂木敏充幹事長は8日におこなわれた衆院代表質問で「(改憲議論に応じないのは)国会議員の責務、国会の役割を果たしたと言えるのか」と批判。維新の馬場氏も9日に「立民が(憲法審を)『やらない』ということであれば立憲主義の標榜はやめてほしい」などと発言した。
揃いも揃ってふざけるな、という話だろう。
このように自民・維新の主張は筋違いにも程があるイチャモンでしかなかったのだが、さらに維新と国民民主党は憲法審査会の与党協議に参加するなど外堀を埋められ、泉代表が「提案型」を標榜する立憲は衆院憲法審査会の開催と自由討議の実施に応じてしまったのだ。
そして、こうして開催された16日の衆院憲法審査会は、改憲への「地獄」のはじまりを予感させる、恐ろしい展開になったのである。
というのも、この日の憲法審査会では、与党筆頭理事である自民の新藤元総務相は、緊急事態条項の創設や9条への自衛隊明記を示した自民の改憲案4項目を議論のたたき台として活用することを求め、「緊急事態条項は議員任期延長やオンライン国会など国会機能維持の論点を含む。国民の関心も高い」などと発言。政府のコロナ失策の戦犯でもある西村康稔・前経済再生担当相も「衆院議員の任期が迫るなか、緊急事態宣言の発出中に選挙をどのようにおこなえばいいのか私なりに思考をめぐらせていた。新たな感染症が発生したら、適正な選挙の実施が困難な場合があり得ることはコロナの経験から明らかだ」などと言い出した。
自民党改憲案の緊急事態条項は、大災害時には国会議員の任期を伸ばして選挙を先送りすることを可能にし、さらには法律と同じ効力を有する政令の制定権を内閣に与えるという独裁を可能にする危険なシロモノだ。それをコロナ対応で失敗を繰り返してきた西村氏を筆頭にした自民がコロナにかこつけて緊急事態条項の創設を憲法に盛り込もうもうと主張するとは、火事場泥棒以外のなにものでもない。
だが、これに対し、維新や公明のみならず、国民民主党の玉木代表も「緊急時に任期の特例を定める議論は速やかにおこなう必要がある。
言っておくが、玉木代表は衆院選直後に「憲法審査会では維新と国民民主党は緊急事態条項の創設を強く主張してきた」とするTwitterユーザーの投稿に対し、わざわざ〈緊急事態条項はそうでもないですよ〉と返信していた。ところが、この日の憲法審査会では完全に緊急事態条項の創設に賛成する側に回ったのである。
玉木代表といえば、東京都武蔵野市が提出していた外国籍の住民にも住民投票の参加を認める条例案が否決されたことを受け、「こういうことが(外国人に対する)地方参政権の容認につながっていく。否決されて安心したというのが率直な思いだ」「憲法に外国人の権利をどうするのかという基本原則が定められておらず、ここが一番の問題」などと発言。極右と見紛う排外主義と人権意識のなさをあらわにして批判を浴びているが、緊急事態条項の創設を認めようという姿勢からも、あらためてこの男の憲法に対する姿勢がいかに粗雑で危険であるかがはっきりしたと言えるだろう。
それだけではない。この日の憲法審査会で立憲は「改憲ありきであってはならない」という従来の立場をとり、憲法改正が発議された際の国民投票運動中のCM・ネット規制問題の議論を優先するよう主張。これはCM規制がないままで憲法改正が発議されれば170億2100万円(2021年度)というダントツの政党交付金を受け取っている自民党をはじめ、国会で多数を占めて潤沢な広告資金を抱えている改憲派がCMを使った広報戦略では圧倒的に有利となり公平性が担保されない危険があるためで、当然、議論が優先されるべき重大事だ。
しかし、国民民主党の玉木代表は「具体的な憲法上の論点が複数あるなかで、論点を絞った議論も必要不可欠だ」としてテーマごとに「分科会」を設置して議論を進める方式を主張し、「国民投票法と憲法本体の議論は同時並行で進めていける」と発言。維新の足立康史衆院議員も「(国民投票の)CM規制に関する分科会もつくったらいい」と言い、立憲の奥野総一郎・野党筆頭幹事に対して「今日この場で(分科会方式で)やろうと合意していただきたい」などと迫ったのだ。
こうした強引な議論に対し、立憲の奥野議員は「分科会をやる段階で一定の価値観が入る。
実際、維新の馬場共同代表は「野党第一党は憲法審の開催に労をとるべき立場にある。役割を果たせないなら野党第二党が引き受ける」などと乱暴極まりないことを言い出す始末。立憲の泉代表は、来年の通常国会で憲法審査会を週1回の定例日に開催するという改憲勢力の要求を「『憲法審査会だけを動かせ』というのは国民をだます行為だ」と批判したが、「提案型」を掲げたことによって基幹統計改ざん問題でも追及が鈍ったように、こうした要求を通常国会で撥ね付けられるかは不透明だ。
このように、自民党政権や維新、そしてメディアによる「野党がだらしない」「批判ばかり」という的はずれな批判に唯々諾々と従い、立憲が政権の暴走を監視・批判すべき野党第一党としての責務を放り出せば、来年、危険な改憲への道は一気にひらかれることになるのは間違いない。いま、改憲に向けて安倍政権時よりも危うい状況に陥っているということを、けっして忘れてはいけないだろう。