邦ロック界で一二を争う映画論客とも言われるBase Ball Bearの小出祐介が部長となり、ミュージシャン仲間と映画を観てひたすら語り合うプライベート課外活動連載。

【動画】『his』予告編

俊英・今泉力哉監督の新作『his』は同性愛のふたりが主人公だが、これはフラットに恋愛映画として観ればいいのだろう。
ただ……。LGBTQへの社会的理解が進むなか、それぞれの立ち位置が映画の感想に違いをもたらしているのかもしれません。
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みんなの映画部 活動第61回[前編]
『his』
参加部員:小出祐介(Base Ball Bear)、オカモトレイジ(OKAMOTO’S)
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■宮沢氷魚、藤原季節が主演。田舎暮らしをしていたら元カレが子供を連れて……

──『みんなの映画部』第61回です。今回は『愛がなんだ』の大ヒットで一気にメジャーになりました、俊英・今泉力哉監督の新作『his』。恋愛劇の名手と呼ばれる監督が、初めて同性カップルの物語を手がけました。
まずは小出部長、恒例のひと言からお願いします。

小出 うーん。ごめんなさい、まだ“ひと言”は無理だなあ。なんか自分の気持ちがまとまらなくて。しゃべりながら整理していきますね。

レイジ 俺はめっちゃ良かったです。
久しぶりに“良い映画”をまともに観たなあって感じですね。

──いきなり評価が分かれましたね。

レイジ なんかね、「子供がいると……」って話になっちゃうとアレなんですけど。

──お話はかつて付き合っていたゲイカップルの迅(宮沢氷魚)と渚(藤原季節)が再会するところが起点なんですけど、渚は結婚して一児の父になっているんですね。彼は奥さんと離婚調停中で、しばらく渚と迅が6歳の娘・空ちゃん(外村紗玖良)と一緒に田舎で暮らす形になります。

レイジ 子供ってほんと全部わかってるんですよね。
オトナのやっていることとか、本質をよく見ているなって。それは生活の節々で俺も感じることがよくあるんです。幸いウチは家庭環境的に仲良くやってるし、喧嘩することなんか一切ないけど、やっぱり俺も奥さんも仕事で家を空けることもあるから、子供をおばあちゃんちに預けなきゃいけないときがあるわけですよ。そのときもおばあちゃんの言うことをちゃんと聞くし、全然泣いたりしない。それは単におばあちゃんちが楽しいだけかもしれないけど、子供って親の事情も全部わかったうえで行動してんだろうなって思う。

そういう自分の実感からしても、あの女の子、空ちゃんの反応はすごくリアルだった。
オトナがごちゃごちゃ考えてたり、面倒臭い体裁を気にしているときに、これが真理だよな、ってことをズバッと言い当てたりするんですよね。こっちが「うわっ」って思うくらいに。あと、宮沢氷魚さん演じる迅がカミングアウトするシーンの台詞が印象的で。

──「世界が優しくないと思ってたけど、自分が優しくなかった」っていう。

レイジ 自分の周りにもゲイの友達は多いんですよ。結構いまだに、映画でもドラマでもゲイの人の描写ってステレオタイプなパターンに傾きがちじゃないですか。
でも実際はカミングアウトの問題ひとつ取っても、いろんなタイプがいる。

例えばゲイのコミュニティでしかカミングアウトしなくて、一般の職場とか生活の場所ではずっと隠していて、親にもいまだに言えてない人もいるし、もう中学生ぐらいからカミングアウトしてオネエみたいなバイブスの人も全然いる。

だからもし“ゲイっぽい”なんていう括りがこの世にあるとしたら、それはよくわかっていない人たちの浅い偏見とかイメージにすぎなくて、本当はそんなもんないんですよ。この『his』のふたりも、いわゆる“ゲイっぽい”お芝居って全然していないじゃないですか。そこにメッセージがあるというか、またちょっと新しいベクトルで同性愛を描いている作品かなとも思いました。

もう10年くらい前ですけど、『おそいひと』(2008年/監督:柴田剛)って脳性まひの人が連続殺人を犯す映画があって、それを観たときとある意味似た感じがあって。
一見弱者と思われがちな人が凶暴に襲いかかってくることもある。自分の狭い価値観とか一般的な社会の尺度だけで人を判断することはできない。

例えば『his』では後半、それまでゲイカップルを責める側だった渚の奥さん(松本若菜)の事情がバリバリ立ってくるじゃないですか。

──あの流れは素晴らしいですね。働く母親としての葛藤が赤裸々に語られて、自分の母親(中村久美)との関係まで描写が及んでいく。

レイジ すごい公平な視点だなって。裁判のシーンとかも“人と人”のフェアな関係、一対一で人間同士が向き合うっていうところにいくじゃないですか。そうなると渚も普通に反省すべき点がたくさんある。従来の社会派っぽい映画だったら“同性愛者が勝って感動”みたいな感じだったと思うんですけど、ありがちなパターンに全然ハマってなかったのが良かったです。

■素晴らしい視点があると思うんだけど……

小出 なるほどね。僕もレイジが言ったことに全く異論はないし、同意見です。そのうえで、どうにも乗り切れない自分がいて。

引っかかるのは、これは恋愛ドラマです、家族ドラマです、物語の大枠だけ取り出せばメインとなるのは三角関係と親権争いですよね。そこで主人公のふたりが同性愛者じゃなかったら、この映画はどう見える? っていうところなんですよ。それを考えてしまった。

──同性愛という設定がトッピングのようになっちゃってると?

小出 そうなんです。自分がゲイの人に偏見がないからなのか、この映画がフラットに描きすぎてるからなのか難しいところなんですけど、途中からドラマの軸足が動いてしまっていると思ったんですね。

ふたりはこれまでたくさんの葛藤をしてきたんだと思うし、それがうかがえてグッと来る場面もある。過去にハラスメントを受けたときのシーンとか、本当に腹が立ったんですよ。

でも、その葛藤やふたりの切実さよりも、ふたりに理解のある人たちが多いことや多様性の受け皿にだいぶ目がいったんですね。その優しい目線のほうが強く伝わってきた。だから、この葛藤は主題ではないってことなのか? そもそもリテラシーがありますっていう世界で始まった話なのかな? とか考えて。

そう思うと、ドラマを加速させるのは係争中である母親の葛藤にあったなぁと。もしかすると、芝居のトーンが全体的にそろっていない気がしたところにも原因はあるかもしれないです。熱量というかね。

レイジ それはわかる気がします。

小出 主演のふたりにもっと自分の気持ちを惹きつけてほしかった。映画のテーマやメッセージとしては素晴らしいと思うんですよ。フラットで優しい目線そのものはいいと思う。「本当の家族ってなんだろう?」ってことも言っていて、家族は別に血が繋がってなくてもいい、性別が男女じゃなくてもいいとかすごく本質的なことですよね。

でも、フラットで優しいがゆえに、ドラマの軸足が動いてしまっているようにも感じたのも確か。このジレンマを回避する方法は何かあったんじゃないかとも思うんです。

TEXT BY 森 直人(映画評論家/ライター)

[後編]のめっちゃ泣いたレイジくんの話に続く