TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)
ある朝、充電スタンドの上の初代Apple Watchに何気なく目をやると、ディスプレーの部分が持ち上がっているように見えた。少し離れていたので最初は見間違いかと思ったが、近づいて見ても確かに浮いている。
とはいえ、筆者はさほど慌てなかった。初代Apple Watchのバッテリーが劣化して膨れ上がる問題はすでに世界各地で発生しており、レポートも目にしていたので「ああ、やっぱり。しかもほぼ同じタイミングで発生するのだな」というのが、素直な感想だった。
すでに日常使用はSeries 2のナイキモデルに移行しているが、初代も予備や緊急用としていつでも使えるようにはしておきたい。そこで、すぐにApple Storeにジーニアスバーの予約を入れることにした。修理で時間がかかっても問題ないが、この程度のことならば、その場でバッテリー交換してもらって帰れるかもしれないという淡い期待もあった。
いずれにしても、話題になるほど発生しているのであればリコール扱いになってもおかしくはないし、標準の保証期間が過ぎているとはいえ最低でも無償修理になるだろうと思いつつ予約を入れようとしたところ、空きがあるのは最低でも3日後だった。すぐに直らなくても支障はきたさないが、正直なところ膨れたバッテリーは気持ちが良いものではないため、コメント欄に「破裂の危険はないでしょうか?」という旨のことを書き込んで予約を完了した。
当日、指定の時刻にジーニアスバーに行ってみると、これも想定済みだったが、15分ほど待たされて自分の順番となった。担当スタッフは、一通り話を聞いた後で、少し待つように告げて、どこかに消えた。
約1週間後、荷物が届いて開けてみると、薄いがしっかりとしたロゴ入りの白いパッケージが入っており、その中にきちんと傷つき防止のフィルムが貼られた新品のApple Watch本体が収められていた。同梱されていた説明書(公式にはリプレースメント・レターと呼ばれているようだ)にもあるように、整備品の可能性もあるが、いずれにしても完全に交換された真新しい状態のものだ。もしや、CPUが初代モデルのS1チップからS1Pチップへと変更され、Series 1として戻ってきたのではとも期待したが、そこは律儀に(?)初代モデルのままだった。
販売用並みの交換商品返送パッケージ
同梱されていた説明書
さて、今回の顛末をどのように評価すべきだろうか? まず日本のメーカーならば、すべての製品に起こる問題ではないとしても、初代モデルのユーザーにはメールや書簡を送って注意を促すだろう。筆者は事前に問題を把握していたので慌てずに済んだが、一般には、急にディスプレーが外れかかったApple Watchを見れば驚くはずだ。同じようにバッテリーを内蔵した製品であっても、普通の腕時計ならば考えられないことだからである。メーカー自らが状況を明らかにした上で、今は大丈夫でも希望するユーザーには無償点検を行うようなことがベストの対応といえよう。
次に、「破裂の危険はないでしょうか?」という問いに対する回答がジーニアスバーの予約日までに戻ってこなかったことは大きな問題だ。そのまま充電を続けてしまうユーザーが居ないとも限らず、最悪、破裂・発火する可能性もゼロではない。
さらに、ジーニアスバーにおける応対は基本的にはスムーズだったが、2つ気になったことがある。1つは、交換品が送られてくるまでの1週間のダウンタイム。そして、単なる住所記入を3回も行う必要があった点だ。
前者は、筆者のように初代モデルが予備機であれば良いが、日常的に利用している場合には長すぎるブランクといえる。特に、アップル自身がApple Watchを手放せない存在にしようとしている以上、少数でも交換用バッテリーをApple Storeに在庫し、その場での修理にも応じられるようにすべきではないだろうか。後者も、住所はApple IDと紐づけられているはずなので、送り先と登録済みの住所が同じで良い場合には、自動入力を行ないユーザーに確認させて済ませることも可能なはずだ。
最後に、交換されたApple Watch専用のパッケージを販売用並みのクオリティで用意していることは、実にアップルらしいブランディングの一環だ。それに比べて、(顧客対応に直結する部分ではないが)説明書の英字と日本字の並びは、デザインを重視するアップルらしからぬアンバランスさであった。英字には線の細いフォント、漢字や仮名文字にはそれよりも太いフォントが使われているため、文面の視覚的な濃淡が一様ではなく、英字がかすれ気味に見えてしまう。ここからアップル品質は感じられない。
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大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。