柴川淳一[著述業]

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筆者がまだ銀行の現役行員だった時のこと。筆者にAと言う若い銀行員が部下にいた。


営業担当のAはノルマに苦しんでいたが、或る工務店の社長に気に入られてから、営業成績を上げ始めた。工務店の社長から、通常なら住宅ローンの審査に合格しないような御客を紹介されても、彼は強引に審査を通した。いわば「顧客情報の粉飾」である。

源泉徴収票の改ざんをしたり、有りもしない給与振込口座が有るように操作したり、また、住宅資金の見積金額を過大に書き換え、自己資金ゼロの客に全額貸し出しまでした。

工務店の社長としては工事代金さえ回収できれば、後は顧客がローンを延滞しようが、破産しようが知ったことではない。当初、Aはローンのノルマの苦しみから逃れようと小さな粉飾を始めたが、やがて書類の偽造という犯罪行為に手を染めていった。

【参考】<銀行とはドラマより奇なり>自己破産の仕組みと取り立てのルール

そんな彼が、ある日、Bさんと言うお客の住宅ローンの稟議を提出してきた。実は、上司である筆者はBさんの名前に記憶があった。なぜなら彼は5年程前の自己破産事件の当事者だったからだ。しかし、既に5年経過してBさんは復権を得て(再び銀行借入等が可能になること)いたので受け付けていた。

そして事件はその後で起こった。

工務店の社長がA行員とBさんを訴えると銀行に怒鳴り込んで来たのだ。
聞けば、Bさんは自宅完成間際になって工事の不備や不満をあげつらい新築代金の大幅値下げを要求したと言う。

また、A行員がBさんを工務店に紹介するにあたって過去の自己破産歴を隠して紹介したというのだ。銀行の身勝手の為に素性の良くない客を押し付けられて損害が発生した、という主張だ。

工務店側が抗議した時は住宅ローンは実行済みでBさんの口座に全額入金されていた。銀行に抗議されても当事者は、Bさんと工務店であり、両者で意を尽くしてお話し合いし、納得しあうより方法はない。

レア・ケースだが、こういった訳あり案件は当初、顧客、工務店、銀行の三者で協議して、互いの利益が損なわれることのないように、住宅ローンを分割実行したり、住宅ローン資金の受け取り人を工務店に指定する方法、銀行の支払小切手を活用する方法、顧客の同意を得て口座にガードをかける方法がある。

この件は幸いなことにお互いに譲り合い、双方納得の上、代金支払、建物引き渡しは完了した。

ただ、不正の常習者だったA君には懲罰人事が下され、二度と営業マンに戻されはしなかった。本件はコンプライアンスが厳しく叫ばれる以前のバブル期の頃の話である。

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