徐々に露になったヤングケアラーの存在、動き出す支援策
日本におけるヤングケアラーの実態
昨今、ヤングケアラーが報道などで頻繁に取り上げられており、その存在が広く認知されるようになってきました。厚生労働省の定義によれば、ヤングケアラーとは、「家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている18歳未満の子ども」です。
これまでも、大学などの教育機関を中心として調査と研究が行われてきましたが、近年、ようやく厚生労働省による全国規模の実態調査が行われました。
ヤングケアラーにおいて問題になるのは、学業に専念できないことによって進路が狭まったり、働かなくてはならなくなったりすることにあります。本来子どもが担うべきではない役割を与えられてしまうことで、社会との繋がりが早いうちから断絶され、ケアが終了しても通常の社会生活を営むことが困難となるケースが多いのです。
また、親の精神的な支えになり話を聞いたり、幼いきょうだいの面倒をみるという、可視化されづらいケアを行っているヤングケアラーもいます。こうしたケアは「家族想い」という美談になりがちで、自治体や公的機関の支援の対象の手が及んでいませんでした。
前述の調査によると、「ヤングケアラーと思われる児童や生徒に対し、学校外の支援につないでいないケース」は中学校で37.9%、全日制高校で62.9%に上ります。
出典:『ヤングケアラーの実態に関する調査研究』(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)を基に作成 2021年12月24日更新国がまとめた3つの支援のポイント
この実態調査の結果を受けて、国ではヤングケアラー支援の拡充に向けて動き出しています。厚生労働省では、2021年5月に連携プロジェクトチームを立ち上げ、支援策の土台となる3つの柱を打ち立てました。
1.早期発見・把握介護や家族の世話は、家庭内のデリケートな問題であり、本人や家族に自覚がないことも多く、支援が必要であっても表面化しにくい構造になっています。また、家族の状況を知られることを恥ずかしいと感じる子どものいるとも考えられ、自ら相談をしたことがあるケースは、ヤングケアラーのうち2~3割程度にとどまっています。
そのため、学校・福祉・介護・医療などの機関が積極的に介入し、自治体レベルで実態を把握することが大切だとしています。
2.既存の支援サービスの活用 実態を把握するためにも悩み相談を受ける窓口などを設置して、しかるべき公的サービスにつなげるための体制づくりを重視。すでに支援を実施している民間団体などとも協力して、既存の「家事育児支援」や「介護サービス」の提供などを整えていく方針です。ヤングケアラーが自ら相談し、支援を求められるように認知度の向上を図ることを掲げています。中高生におけるヤングケアラーの認知度はわずか2割程度にすぎず、自身が支援を必要としている状態であるにもかかわらず、誰にも相談できないという状況が考えられます。
そこで、2022年度から3年間を「集中取組期間」として、ヤングケアラーの認知度向上キャンペーンを実施。啓発イベントなどを開催して、中高生だけでなく、成人や教育機関にも広く認知度の向上を図っていくことを目的としています。
海外に学ぶ具体的な支援への取り組み
難しいヤングケアラー支援、なぜ進まないのか
ヤングケアラーは未成年であるために、家庭の収入へ貢献できないため、家族をケアする役割を自然と担うことになります。また、大人の介護者であれば、介護サービスの利用を考えることができますが、ヤングケアラーはそういったサービスや情報を知らないケースがほとんどです。そのため、介護や自身の生活に何らかの困難を抱えていても、誰にも相談できず、ケアラーとしての役割をこなすことが当然だと捉えてしまう傾向にあります。彼らが「未成年」であるがために状況が見えづらく、そもそも「問題」として取り上げられてこなかったことが、支援の遅れに繋がっていたのです。
さらに、日本においてヤングケアラーという定義が、法律に明記されていない点も問題です。生活に困難が生じている子どもを支援する法律として、児童福祉法がありますが、この法律でヤングケアラーを支援するのは困難だと専門家らから指摘されています。
児童福祉法では、虐待を受けて保護を要する「要保護児童」が優先され、不適切な養育環境に置かれている「要支援児童」は後回しにされてしまうからです。ヤングケアラーを虐待として緊急性が高いケースと捉えることは難しく、児童福祉法で支援の対象とすると、優先度が下がる分対応が遅れてしまいます。
そのため、ヤングケアラーに対しては、ヤングケアラー支援に特化した取り組みが必要になりますが、現在においてそうした取り組みを行っていない自治体は、全体の82%を占めています。

いち早く法整備を進めたイギリスの支援
ヤングケアラーに対して、先進的な取り組みを行っているのがイギリスです。2014年に法律でヤングケアラーを明記したことで、地方自治体が積極的にアセスメントを行えるようになっています。
画期的なのは、ヤングケアラー自身や親族などが申請をしなくてもアセスメントを受けられるようにした点です。条文の中に、「地方自治体から見て、その子どもが支援を必要としていると思われるとき」と記されており、教育機関や福祉などから直接自治体にアセスメントを申し出ることができるようになりました。
また、教職員やソーシャルワーカーなどが専用のアセスメントシートを使って、休みがちだったり、宿題の提出が遅れていたりしている生徒や児童に対して、定期的に聞き取り調査を行っているそうです。官民学が一体となって、見過ごされやすいヤングケアラーを早期に見つけ出し、適切な支援に結びつけているのです。
イギリスのヤングケアラー支援の過程で最も注目すべき点は、支援の対象を「家族全体」として捉えている点です。子どもや若者がケアを担っていることが発見されたとき、まずはケアを要する大人のニーズに関するアセスメントが行われ、ヤングケアラーのニーズに関するアセスメントを実施するかどうかが検討されるそうです。
しかし、これだけ法整備が進むイギリスにおいても、支援が不十分だとされています。イギリスでヤングケアラー研究の第一人者と呼ばれるソール・ベッカー教授は、NHKのインタビューに対して、「国内にいると推計されるヤングケアラー100万人に対し、支援につなげられているのは5万人ほどでしかない」と指摘しています。ヤングケアラーを適切に支援するためには、さまざまな側面から継続的にアプローチすることが必要なのです。
各組織を横断した包括的な支援が必要
日本でも始まったヤングケアラー支援への取り組み
埼玉県は、日本でいち早くヤングケアラーへの実態調査を独自に行い、国内ではじめて条例を制定した自治体です。条例では、教育機関のヤングケアラーに対する支援のあり方が明記されています。しかし、現状では相談窓口の設置と、周知活動の実施にとどまっており、直接的な支援に結びつくのはまだまだ時間がかかりそうです。
一方、群馬県高崎市ではより具体的な支援を表明しています。市内に少なくとも50~60人はいるとされるヤングケアラーを対象に、ヘルパー2人を1日2時間、週2日まで無料で派遣する取り組みを実施する方針を示しました。
自治体だけでなく、民間による支援体制構築も進んでいます。日本財団は継続的な支援を表明しており、その第1弾として日本ケアラー連盟、ケアラーアクションネットワーク協会に約1,475万円の助成を決めました。この助成によって、自治体や学校関係者を対象にヤングケアラーに関する研修などを実施し、ヤングケアラーを支える人材育成を目指しています。
学校や介護事業者とも協力して家族単位の支援を
こうした取り組みを加速するためには、何よりもヤングケアラーの把握が大切になります。ベッカー教授によると、「ヤングケアラーの早期把握は学校などの教育機関が最も可能性が高い」そうです。しかし、日本の学校では、ヤングケアラーに対する認知度が依然として低いままです。
前述の大規模実態調査で、ヤングケアラーの認識について尋ねたところ、「言葉は知っているが、学校としては特別な対応をしていない」と回答した学校が最も高くなっており、全体の37.9%を占めています。「言葉は聞いたことがあるが、具体的には知らない」と合わせると、およそ半数の学校が、「ヤングケアラーという存在を知っていても、何をしたらいいのかわからない」状況にあることがうかがえます。

まずは学校での認識を深め、そこから医療や福祉、自治会などの地域団体へと支援の輪を広げていくことが大切です。今後も高齢化の進展によって、ヤングケアラーは増加することが予想されているからです。
現在、日本では在宅医療・介護が推進されており、ケアが必要な高齢者が自宅で過ごす機会は増えています。高齢者の生活の質向上には欠かせない試みであることは確かです。
しかし、その一方で在宅医療・介護が進めば進むほど、同時にヤングケアラーが増加するリスクもあります。そこで、訪問・通所系の介護サービスを実施している事業者や、ケアマネジャーが利用者の家族全体を見守って、子どもがヤングケアラーにならざるを得なくなる前に、支援を行えるような体制を整えることが必要です。
国では2022年度の診療報酬改定で、「ヤングケアラーの早期発見および適切な支援へつなげること」を評価する仕組みを設ける方針を示しています。さまざまな機関からのアプローチを促進し、さらに法律や条例でヤングケアラーに対して積極的にアセスメントを実施できる仕組みをつくることが、彼らを置き去りにせず、社会の一員として迎え入れるために必要なことなのではないでしょうか。