[PAGE-START-1][TITLE]老化は成長と同じ 遺伝子のプログラム[/TITLE]
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1300点以上の新書の中から優れた一冊を選ぶ「新書大賞2022」」(中央公論社主催)で2位に選ばれた『生物はなぜ死ぬのか』。東京大学定量生命科学研究所・小林武彦教授が著した本書は、これまでの「死」のイメージを変えると話題をさらっている。

生物学から考えると、老化や認知症はどのように捉えることができるのか、小林教授に伺った。

良くなることがないのが介護のつらさ

みんなの介護 本日はお忙しい研究の合間をぬって取材に応じて下さりありがとうございます。早速ですが、先生は介護についてどんなイメージをお持ちですか?

小林 つらいイメージですよね。私は介護と子育て両方経験しました。子育ては成長が見られますが、介護は最終的には亡くなることになる。それはすごくつらいですよね。

―― 当時どんなふうに介護をされていたのですか?

小林 妹とともに母の介護をしていました。老健に入っていたのですが、そのうち病院に移りました。老健で転んで足を骨折したことが良くなかったです。

病院へは頻繁に食事の介助に行きました。でも、だんだんごはんが食べられなくなっていく。それを見るのがつらかったですね。担当医に「お母さんもうごはん食べられないんですよ」と言われたときはショックでした。

だって、もう永久に食べられないわけだから。

―― 大切な人が弱っていく姿を見るのは、本当につらいことだと感じます。

老いは生物にプログラミングされているもの

―― 生物学から見た老いや認知症などについてもお話を聞いていきたいと思います。先生は“老い”というものをどう考えていますか?

小林 老いというものは成長と同じ。最初からプログラミングされていることだと考えています。

東大教授 小林武彦氏 「日本人は“絶滅”に向かっている」

人間は中学生ぐらいになると思春期を迎え、成人する頃には性的な成熟を迎えます。そこから中高年になって白髪が生えるのは、成長期に声変わりが起こったり、髭が生えたりすることの延長だと思います。

成長し、老化し、死に至る。その過程すべてが、遺伝子に刻まれたプログラムです。

―― そのように考えると、ある意味老いも自然に受け入れられるのでしょうか?

小林 違和感は覚えると思います。例えば、身長が伸びたり、声変わりが起きたりすると、気になるでしょう?それと同じで、老化によって毛が抜けると、とまどいがある。でも「そういうものだ」と思うしかないというのが、生物学的な考え方です。

生まれた瞬間からプログラムに従って生きているので、変化を受け入れるしかないのです。

―― ちなみに、何をもって“死”だと考えますか?

他の動物の死については生物学で考えられるけど、人間の寿命は最終的には社会が決めます。だから、寿命が短い国もあれば長い国もある。食糧や医療が十分出ない国は短い傾向があります。

日本では多くの方が病院のベッドで亡くなる。あるいは誰かに介護されながら自宅で亡くなる。かたや、戦争で亡くなる人が多い地域もあります。人間の死に方というのは社会が決めている部分も大きいと思います。

認知症もがんも老化が原因

―― 認知症になるメカニズムについて教えていただけますか。

小林 多くの場合は老化が原因です。身体の機能が低下してくると避けられなくなる。85歳以上の4分の1が、認知症あるいはその予備軍ですからね。

しかし、認知症もがんも、老化が原因だとわかったからと言って治せるものでもない。なぜなら、がんの原因が遺伝子の変異ということは、50年ほど前からわかっています。

治せるがんは増えましたが、治せないがんもまだたくさんあります。

認知症もがんも老化が原因。そう考えると、長寿の人が増えたことで、それらの病気になる人が目立っていると言えるでしょう。平均寿命が50歳ぐらいだった時代には、認知症になる人は少ないですから。

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認知症の診断
写真:AdobeStock

認知症の人の割合やがんの人の割合が増えたのは、寿命が延びたことが原因の1つと言えるかもしれません。でも、老化研究自体は進んでいるが、認知症の治療薬は効果的なのはまだありません。

―― 長生きすると認知症になる可能性が高くなる。ある種避けられないものと考えると、認知症とどんなふうに付き合うのが良いと思いますか?

小林 病気になるのは自然なことです。だから、それを「不幸」と捉えるか、しょうがないことと捉えるかの問題でしょう。

認知症もがんも、ある程度避けられないものです。例えば70歳以上の人の半分はがんになる。そのうちの半分近くはがんで亡くなっています。

―― 先ほど「プログラミング」という表現がありましたが、そうすると「人間も認知症になるようにプログラミングされている」と言えますか?

小林 それは少し違いますね。プログラミングで考えると、人間は(認知症になる前に)心不全など循環器系のトラブルで死にます。

長く生きるほどに血管や心臓に負荷がかかる。だからこそ使用期限が迫ってきて、脳の血管が切れたり、心臓が止まったりして、最期を迎える。それはプログラミングされていると言ってもいいかもしれません。

でも人間の場合は、なぜかやたらと心臓が丈夫になった。野生の動物のように心臓が止まることが原因で死ぬ人は、かなり減った。がんや認知症で亡くなる人が多い状況は、社会環境が生み出したと言えます。

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生物学で考えると、人間は一人では生きていけない

社会性のある生き物は一匹になると死ぬ

―― 人間は社会的な生き物だというお話がありましたが。人間以外で、一匹になると弱い動物はどんな動物でしょうか。

小林 群れで行動する生き物は概してそうです。一匹になってしまうとダメですよね。

また、昆虫も同様で、アリにも社会性があって役割分担がある。

一匹で飼ったらすぐに弱って死んでしまいます。でも集団で飼ったら結構長生きです。群れで生きる魚もそうです。要するに集団で一つの個をつくっているようなものです。

―― 人間もグループ行動を取る生き物に近い。

小林 その権化のようなものです。家族を中心としたコミュニティの中で進化してきました。でも社会に生かされているというのが、都市部を中心に今の人たちはわからなくなってきています。

昔は、家族や地域のコミュニティに属していないと必要な情報やものを得ることができなかった。そういうことが今はないじゃないですか。

今の社会にはコンビニもあって、食べ物をどこでも仕入れることができる。スマホを叩けば情報もすぐ出てきます。

それで済むのであれば、無理して他人とコミュニケーションを取らなくなくても生きていける。一人で生きることができると思ってしまいます。でもそれは、すごく危険です。

若いときから一人でファーストフードばかり食べてきた人は、60歳、70歳になった自分をイメージできますか。なかなか難しいんじゃないかと思います。

若いときはそれでよくても、健康に対して自信がなくなってきたときにどうするか。人との関わり合いが少ないと生きる元気が無くなってくる可能性がありますよね。

生物学的に考えても、一人でいることを良しとする風潮は危険だと思っています。

少子化・婚姻率の低下は絶滅への道?

―― 短期的には楽でも、長い目で見ると大きなマイナスにつながる。

小林 人間は社会の中でしか生きていけない。それなのに、今は一人で生きることを選ぶ人が増えています。実際に婚姻率もどんどん下がっていっているし、少子化も進むでしょう。明るい要素はあまりない。高齢社会がますます進み、人口は減少していく。このままでは日本人は絶滅に向かっていると考えても大袈裟ではないかもしれません。

いろんな生物が絶滅しながら今の私たちの存在があります。恐竜は6千5百万年前に絶滅しました。恐竜たちは絶滅する気はなかったんです。

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でも、隕石が落っこちてきてしまったせいで絶滅してしまった。同時に、地球上にいる70%の種が消えました。

その中で、哺乳類は運よく消えなかった。恐竜が絶滅し、哺乳類のご先祖様が生き残ってくれたおかげで、われわれは進化できたんです。だから絶滅そのものはしょうがないことです。そのおかげで私たちも存在するわけですから。

そうは言っても、絶滅するということは、大変なことです。どんどん人が減っていく過程でいろんなインフラが間に合わなくなる。特に高齢者の比率が高い一次産業つまり食料の供給が足りなくなる。最後は物の奪い合いで戦争になるかもしれません。

それって最悪です。それに、人間が絶滅する環境は、他の生き物もかなりえらいことになります。絶滅する種に依存して生きている生き物も絶滅します。絶滅のドミノ倒しが起こるのです。

―― どうしたら絶滅を止めることができるんでしょうか。

小林 情報化社会においては得した感がないとダメです。結婚したり子供を持ったりすることにメリットがなければダメですよね。いくつかの先進国がやってるのは、とにかく養育費・教育費はただにして国が補助金を気前よく出す。

例えば2人目のお子さんには月5万円、3人目以降には一人につき月10万円を18歳になるまで差し上げたらどうでしょう。3人以上産んだらとりあえず働かなくていい感じになります。もちろん産む/産まないは自由です。それぞれの価値観を尊重しなければいけません。

健康寿命を延ばすための研究に注力

―― 先生は今どんな研究に力を入れているのでしょうか?

小林 ピンピンコロリの実現を一つのモチベーションとして、健康寿命を延ばす研究をしています。

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写真:本人提供

具体的にはゲノムの研究です。歳をとって細胞が分裂していけばいくほど、DNAに悪影響が出てきます。それが細胞レベルの老化を引き起こして、がんも起こるし、アルツハイマーも起こる。

DNAが壊れにくいようにしていくと、細胞の機能が死ぬ直前までずっと低下しないのでは、という夢を抱きながら研究を続けています。介護に関しても、それが必要になる期間は、短ければ短いほどいいじゃないですか。

―― 他に明るい兆しのある研究があれば教えてください。

小林 いくつかあります、私が直接取り組んでいる研究ではないですが、老化細胞除去技術という研究です。

老化細胞が増えていくことによって、フレイルという虚弱(ヨボヨボ)状態になっていく。筋肉にしても内臓にしても、老化細胞がたまって組織の機能が低下していく。

赤ちゃんのときから常に細胞は古いものと新しいものとが入れ替わっています。それが年をとると、なぜかスムーズに入れ替わらなくなる。残留老化細胞が諸悪の根源なわけです。女性などは、美容において耳にすることもあると思うのですが、ターンオーバーが起こらなくなります。

若いときの老化した細胞は、リンパ球などによって食べられたり、自分自身が老化したりすることで壊れていきます。それが年を取ると、綺麗に食われなくなって残っていく。死ぬに死ねなくて「俺を早く食ってくれ」と言わんばかりに老化細胞が炎症性サイトカインという「白血球を呼びつけ、暴走させる物質」をばらまき、全身の健康な組織まで傷つけてしまうんです。

怪我をしたときや感染症に罹ったときにも同じことが起こります。老化細胞が白血球やリンパ球を集めて「周りを消毒してくれ」というような指令を出し続ける。それが腎臓や肝臓、筋肉などのいろいろな場所で起こるわけです。そして腎臓病になったり、肝臓の機能を低下させたり、筋肉を弱らせたりする。

炎症の程度は血液検査をすればわかります。100歳を超えた高齢者は炎症反応が高いです。これがフレイルの一因となってます。

老化細胞にうまくぶっ壊れてもらう

―― それを防ぐためにはどうすれば良いのでしょうか?

小林 老化細胞にうまくぶっ壊れてもらう必要があります。それを薬などでうまく促進するのが一つの老化症状を緩和する方法です。元々壊れるようにできているものを壊すだけのことです。何かを新たにつくることに比べると、まだ実現のハードルが低い。

そのことを可能にする科学物質がいくつか見つかっています。

マウスによる実験では、腎臓や肝臓の機能が向上して元気になります。筋力も上がる。同じことが、人間でもほぼできるだろうと考えられています。

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フレイルは治療できる時代へ向かっている

実現まで最低10年かかる

―― フレイル治療が実用化されるのはいつ頃になりそうですか?

小林 いずれの方法も人間で実現するまでには、最低10年程度はかかるかもしれません。いろいろな安全性の基準がクリアできてからでないと、人間には使えないので。

―― フレイルが介護状態のキッカケになることはよくあります。でも、そこが消せるのであれば、かなり光になりますね。

小林 私が取り組んでいる老化の根本原因、つまりDNAの傷を治す方法でも、フレイルの状態は明らかに軽くなると思います。幹細胞が長生きになるので、健全なターンオーバーがずっと続きます。例えていうなら髪の毛がずっと生え変わり続けるようなものです。がんにもなりにくい。

実際に寿命が長い生き物ほどDNAの修復能力が高いということが、最近の論文でも発表されています。

寿命が2年ほどしかないマウスの場合、人間の10倍、DNAに傷がたまりやすいです。長生きする象はDNAが壊れにくいし、がんにもなりにくい。

―― 実現まで最低10年ということですが、すでにフレイルが進んでいる状態からその治療を受けたとして、症状は改善できますか?

小林 炎症状態が取り除かれたら症状が軽くなることは期待できます。炎症による腫れが引くようなものです。もう少し研究のためのお金と研究者の数がいれば何とかなるんですよ。だからこそ、定年制を見直してシニア人材に残ってもらう必要もあります。
?

定年制度はやめて、働きたい人が働ける世の中に

―― 現代は、寿命が延びたことを前向きに考える人がいる反面、そうは思えない人もいますよね。

小林 そうですね。社会の環境がそうさせてしまっている側面もある。

今の日本の制度では、65歳までに多くの人は定年退職で職場を離れざるを得ません。人間は社会的な生き物だから、社会の中で役割がなくなった瞬間に元気がなくなるのは、自然なことです。

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働くことに疲れた人は「これでラクができる」と考えるかもしれません。でも、生きがいを失ってしまう人もいる。65歳を過ぎても働きたいかどうか“本人の意思”で決められる余地が今の日本にはありません。

社会が年長者にどう役割を割り振るかが大切ですよね。

人口が減少し続ける中で年長者を社会から排除していたら、この国が持ちません。それは研究者の世界でも明らかです。入って来る人より出ていく人の方が圧倒的に多い。早急に定年制度を見直してもらわないと、日本の研究者がいなくなってしまいます。

―― 少子化から考えると「定年」とは言っていられなくなっていますね。

小林 日本は世界で一番寿命が長い国です。今から50年ぐらい前、100歳以上は130人しかいませんでした。でも、今は9万人いるわけです。要するにシニア人材が豊富だということですよね。今の日本にとって世界に誇れるのは、長寿ということです。そこの人材を有効利用しなかったら、逆に支えられる側として計上される高齢者の数が増えていく一方です。

高齢者が社会で求められるから長寿になった

―― 話は戻りますが。寿命が今のように長くなかった頃は、認知症で悩むこともなかったのですかね。

小林 ないです。人間と遺伝情報が似ている動物にチンパンジーがいます。チンパンジーの遺伝情報は、人間と98.5%一緒です。彼らは認知症やがんにほぼならない。50年ぐらい生きると、ピンピンコロリで亡くなります。

そしてメスは生涯生理がある。生涯子供が産めるのです。子どもが産めるということは、若い頃の身体の状態から変わっていないということです。

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これが本来の大型霊長類の死に方なんだと思います。ゴリラもそうです。

でも人間の場合は、90歳ぐらいまで生きるじゃないですか。同じ大型霊長類に比べて3-40年は長く生きます。これは人間だけの特徴です。人間の場合、なぜ生物学的な限界を越えても生きているかといえば、理由は簡単。社会の中では高齢者が必要だったからです。

猿の赤ちゃんは、生まれた瞬間から自分でお母さんに抱きつきます。だから、お母さん猿は赤ちゃんがいてもフルに両手が使える。一方、人間の場合、自分でお母さんに抱きつくようになるまで数年かかる。その間、お母さんか誰かが赤ちゃんを抱っこしなければいけなくなる。

そうすると、元気なおばあちゃん・おじいちゃんがいた方が子育てに有利です。安心して子どもを育てられる環境があるから、子沢山になる傾向がある。

そのほかにも、後進の育成など高齢者が社会にとって必要な理由はたくさんあります。だから、生理が終わってからも生き続けるように進化したと考えられています。

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撮影:花井智子

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