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カシオペイアが亀であることに注目しましょう。亀は非常に多義的な生きものです。ゆっくり歩くことから時間の象徴であり、長生きすることから長寿の象徴でもあります。
『モモ』のカシオペイアも予言的な存在で、少し先の未来がわかるという能力を持っています。そんな能力を持ったキャラクターが亀だというのはうなずける設定です。
少し物語を先取りしてしまいますが、カシオペイアがモモを連れて行こうとしているのは、マイスター・ホラという老人のところでした。マイスター・ホラは、時間の国で時間をつかさどる人物。モモ、マイスター・ホラ、カシオペイア。
ここで、この三人の組み合わせについて考えてみたいと思います。物語のはじめに登場した三人組といえば、モモ、ベッポ、ジジでした。親友であるこの三人は、現実世界における三位一体であるといえます。一方、モモ(少女)、マイスター・ホラ(知恵のある老人)、カシオペイア(動物)の三人は、深層心理における三位一体を表しています。
心理療法の一つに箱庭療法というものがあります。
箱庭療法において、摂食障害の人、特に一昔前の拒食症の人がつくる箱庭には、しばしば少女と老人男性と犬が出てくることを河合隼雄は指摘しています。摂食障害になるのは圧倒的に女性が多いのですが、箱庭の少女は、大人とか性を排除した自分を表していると解釈できます。そして、多くの場合で女性性との葛藤(かっとう)があるため、母親や若い男性は登場しません。男性として出てくるのは老人で、これは知恵を象徴します。
摂食障害者のつくる箱庭に登場する三者と、『モモ』の後半で活躍する三人で、組み合わせが一致することは、とても興味深いことだと思います。摂食障害は現代の病で、しかもダイエットという形で現代の生活様式に組み込まれています。ですから、摂食障害者のこころの深層に生じてくる三者の組み合わせが、同じように現代の問題である時間の支配の解決のために生まれてくるのは必然的であって、『モモ』が本質をとらえていることを裏付けていると思います。
■『NHK100分de名著 ミヒャエル・エンデ モモ』より