日本でのレゲエ、ジャマイカのイメージは一体どんなものだろうか? ボブ・マーリー、ガンジャ、ドレッドヘア、赤黄緑のラスタカラー。どことなくちょっとヒッピーなイメージで、政治的なものとは結びつかない人がほとんどだと思う。
親が轢いてくれたレールを歩いてきただけ。ミュージシャンになろうなんて思っていなかった
海と山に囲まれて育った、神奈川県横浜市出身のミュージシャンKon Ryu。ダンスホールやレゲエを主に音楽プロデューサーとして活動している父、Kon Kenのもとに生まれ、息をするかのように音楽活動をスタート。2016年には、父とレゲエバンド「Youth Of Roots(ユース・オブ・ルーツ)」を結成する。「初めてステージに立ったのは8歳の頃。父のバンドにのっかって歌いましたね。周りの大人たちにそそのかされながら、仕方なくっていう感じでした」 生まれたときから目の前には音楽があり、音楽をやらない選択肢はなかった。ただ、幼い頃から音楽活動をしているにも関わらず、当時の夢はミュージシャンになることではなかったそうだ。「音楽は好きだったけど、当時はやりたいことではなかったです。それよりも、サッカーばかりやっていました。音楽は“家業”に近い感覚でした」 親がひいてくれたレールを、思いのままに歩きながらも、音楽を続けることにずっと疑問を持っていたKon。

人は何も知らずに生まれてくる。人種、家庭、性別、環境。生まれた瞬間は何も選択をすることができず、産み落とされたそのときから大きな社会システムのなかに放り出され、いろいろな角度からさまざまな情報を与えられ続けられていく。 “学校”という場所で義務教育を受け、 “社会”は会社勤めが良しとされ、“政治”は国民と大して対話せずに重要なことを可決し、“差別”は必ずどこかで起こっている。あらゆる人のあらゆるものが積み重なって、社会から“洗脳”されているこの現代で、与えらえた道に何も疑問を持たず、進んでいくことはできない。疑問をもたずに流れるように過ごしていくと、いろいろなことが何も変わっていかないままで、止まり続けてしまう。与えられた道を歩き続けることがダメなのではない。まず、その道へ進んでいくべきか、“思考”をすることが大事なのだ。
ジャマイカでの時間は、第二の人生のはじまり
Konが初めてジャマイカの地に足をつけたのは14歳のころ。家族旅行でジャマイカを訪れ、そのとき起きていたムーブメント「Roots Revival*1」にて、本場のレゲエアーティストたちのパフォーマンスを目の当たりにした。「今まで見てきた景色と全然違ったんですよね。
「2回目のジャマイカは、レコーディング、制作活動と観光で行きました。父とジャマイカでスタジオをブッキングして、現地のミュージシャンとレコーディングしたんです。今思うと、相当恵まれた環境です(笑)。この経験からやっぱり自分は音楽が大好きだと感じました。ジャマイカのスタジオはラフだけどタフな雰囲気で、音楽の魅力が溢れていました」
同年には、そのジャマイカで録音した演奏をバックに「THEME OF YOUTH OF ROOTS」をリリース。
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Konは全ての曲を自身で作詞している。政治的なメッセージや社会のあり方に対する歌詞が目立つが、言葉を書く際に影響を受けたのは、やっぱりレゲエミュージシャンからだった。「レゲエに興味を持って、みんなどんな言葉をのせて歌っているんだろうと調べたら、政治、世の中への指摘、それを本質に基づいて説いていた。それがすごくかっこよくて、大事なことだなと思いました。
自由とは、自らの足で進んでいくこと
高校卒業と同時にKonはジャマイカの芸術大学、エドナマンリー大学の音楽コースへ進学する。「高校を卒業するときに日本の大学には興味を持っていなくて、そこでジャマイカのエドナマンレーの存在を知ったのでこの大学に行きたいと。ほとんど一択でした」 大学では、基本的にはジャズを学び、ピアノの演奏やダンス、アーティストになるための倫理の授業など、さまざまなカリキュラムが組まれている。大学内でアジア人はKonだけだった。
「本当に怒涛の音楽生活でした。英語が完璧にできるわけでもないので、歌詞を覚えるのにも人の3倍の時間はかかるし。みんなが知っていることを知らないし。打ちのめされ続ける日々だったけど、その分スキルはどんどん上がっていきましたね」
ミュージシャン・ZendaManがKonの大学を訪れたときのYouTubeビデオ ※動画が見られない方はこちら
そんなジャマイカでの学校生活を送るなかで、彼が違和感を覚えたことがある。「今までどうしてもただの優等生になっていたんです。テストの点数がとれてれば大丈夫、授業中に立ってはいけない、みたいな考えに自然と慣れていて、けど、ジャマイカに行って気付いたんですよね。
Rastafarianismとは、1930年代に起こったアフリカ回帰を唱えるジャマイカの黒人による思想運動のこと。自由であるために、争わず、全てが平等であることを考えとする。そして、「me」や「you」「we」といった人称代名詞を「I」に置き換え、「You & I」(あなたと私)ではなく「I & I」 (私と私)と、お互いを自分のこととして思いやる気持ちが大切だと掲げている。そこには人種、国境、宗教などの違いはない。「最初は流されるように音楽を始めたし、本当にずっと枠にハマりっぱなしでした。ちゃんと自分の頭で考えて、行動に移して、自分の足で歩いていくことが、本当の自由に繋がっていくんだと、ジャマイカで過ごした時間で気付いたんです」
自分を自由にさせるために音楽をやっている
世界中で未だ猛威を奮い続ける、新型コロナウイルス感染症。Konも帰国を余儀なくされた一人で、大学は現在休学中。一年前に日本に戻ってきた。

Rastafarian の考えの一つである、「I & I 」(私と私)は、現代が必要としているものだと思う。政治、性別、人種、生き方、それぞれが自分のことしか考えられずに、自分と違うものを排除する傾向にあり、破綻し続けていくこの世の中で、“あなたのことも私”として、“あなた”の立場に立ち、思いやることが、平等への近道となる。「みんなが喜ぶ音楽を作っていきたいです。Youth of Rootsのメンバーは、50代のKon Kenから40代のまゆみちゃん、30代のSatta C、ゆうきくん、20代の僕とほぼ全世代を網羅しているので、たくさんの年代の人々に届くと思っています。また演奏する場所を選ばずレゲエ以外のシーンにも行けたらいいなと思います。そこからレゲエに興味を持った人が、『I & I 』の考えやRastafariに辿りつくことができるかもしれないですし。日本ではなかなか知られていない文化、考え方の窓口のような存在になりたいですね」

神奈川県横浜出身のレゲエミュージシャン。2014年14歳のときに家族でジャマイカ旅行を体験してからレゲエバンドに魅せられ、音楽の道を歩み始める。2016年に父親とレゲエバンドYouth Of Rootsを結成。

「Nah Judge (2000years riddim)」Kon Kenの旧友Donovan Joseph ”2000years”(’89)のオリジナルトラック(High Times Record)をジャマイカにて本人から買い付け、Youth of Rootsがブラッシュアップ。その“2000years riddim”コンピレーションアルバム(’21.8月リリース予定)からYouth of RootsとARIWA(ASOUND)のコンビネーションチューンを先発リリース!何者にも支配されないライオンが狭い籠の中のカナリヤを自由の大空へ羽ばたかせるというストーリーのフリーダムアンセム。 7/30(金)各デジタルプラットフォームにて配信開始!Youth of Roots▷Instagram / YouTube