▶︎すべての画像を見る「昔話は好きじゃない。今を生きるのが僕の哲学だから。
サーフィンも次の波がどうなるかわからないから楽しいんだ。それは人生も同じだろ?」。穏やかな口調で、少し気恥ずかしそうに語ったのはサーフィンの神様、ジェリー・ロペスだ。ジェリーは映画『ジェリー・ロペスの陰と陽』のジャパンツアーで来日し、8月28日には東京会場のユーロライブで上映後のトークショーに登壇。映画を振り返りつつ、サーフィンとヨガを通じて会得した人生哲学を自らの口で語った。
映画のセットはパタゴニア本社に組んでいた
映画『ジェリー・ロペスの陰と陽』はジェリー・ロペスの半生を描いた長編ドキュメンタリーだ。制作は「パタゴニア・フィルムズ」が手掛け、監督はカリスマスケーターでもあるステイシー・ペラルタが務めた。ジェリー・ロペスは攻撃的なサーフスタイルとヨガで身につけたプラーナ(=呼吸)で世界中の波を攻略。シェイパーとしても超一流で、ロングボードが主流だった時代にショートボードを生み出すなど、サーフィンを新開地に導いた第一人者として知られている。また、サーフブランド「ライトニング・ボルト」を立ち上げたり、俳優として数々の映画に出演するなど、そのマルチな才能で世界中のサーファーたちに甚大な影響を与えてきた。その過程はいずれも映画内で詳しく触れられている。
トークショーに登壇したジェリーは、今回の映画について「ハリウッド映画と違って、ドキュメンタリーは本当の自分が出てしまう。恥ずかしかったし、大変だったよ」と苦笑した。
「この映画のために撮影したシーンはほとんどないんだ。これまで撮りためてきた素材をたくさん使ったからね。でも実は、映画に出てくるシェイプルームはベンチュラのパタゴニア本社に作ったセットで、そこに仲間たちを呼んでインタビューも撮ったんだよ。だから、今回の映画ではあの空間がいちばん重要な場所かもしれないな」。--{}--
大切なのは「何度も何度も失敗すること」
撮影中にもっとも大変だったのは、「自分のことを何度も話す作業」だったとジェリーは言う。「昔話をするのは好きじゃない。今を生きるのが僕のフィロソフィー(哲学)だから。それに、監督のステイシーに『あの話をしてくれ』と言われても覚えていないんだ……(笑)。サーフィン中は目の前の波に集中してるから、乗り終わった波のことは忘れちゃうんだよ。次の波がどうなるかわからないから、サーフィンは楽しい。それは人生でも同じだろ?」。
確かにジェリーは雄弁ではない。それは映画を見てもトークショーを見ても明らかだ。
しかし、胸に秘めた激情は、その挑戦的な生き方を通じて表出している。今年74歳になるレジェンドは現在、新たにフォイルサーフィンにチャレンジしており、映画では何度となくトライと失敗を繰り返す姿が映し出されている。「人生は、新しいチャレンジがあればどんどん前に進めるからね。そして、失敗する自由がないと、次のステップにも進めない。失敗はとても大事なんだ。何回も何回も失敗しながら磨くことで、だんだん良くなっていく。これはサーフィンも人生も一緒だと思う。『できない』と思ったらそこで終わり。失敗して、失敗して、失敗して、やっと成功できる。ブルースを歌うためには人生経験が必要だよね。お金を払ってギターを買えばブルースが歌えるわけではない。失敗と経験が必要なんだ」。
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サーフィンとヨガは表裏一体。陰陽の哲学
サーフィン同様、ジェリーの人生にはヨガの存在が欠かせない。ヨガとの出合いは約半世紀も前に遡るが、当時のハワイでヨガはあまりにもマイナーだった。しかし、ジェリーはヨガの動きや呼吸は必ずサーフィンの上達に役立つと確信。すぐさまヨガの本を買い漁り、ライフスタイルに取り入れた。実際、ジェリーはヨガの呼吸を実践することで、普通のサーファーでは到底乗りこなせない荒波を制した。パイプラインの大波に乗るその姿は驚くほど優雅で、まるで写真で切り取ったかのように静かである。
「“ハタヨガ”(ヨガの一様式)はスピリチュアルな部分も多かった。今のヨガには足りていないけど、僕はスピリチュアルな面もとても大事だと感じている。サーフィンで役立っているのも、基本的にはヨガのメンタル的な部分なんだ。例えば、ワイプアウトして息ができないとドキドキしてしまうけど、ヨガの“プラーナ”という呼吸があれば、落ち着いて海面に向かえる。呼吸をするということは、周りにあるエネルギーを体内に入れることなんだよ」。
もちろん簡単に真似できることではないが、理屈としては意外にシンプルである。「肉体は疲れていても、体内にエネルギーが入っていれば何度もトライできる。クタクタで帰宅しても、友達から遊びの誘いがきたら一気に元気になるでしょう? ヨガは、そういうスピリチュアルな部分を大事にしているんだ」。激しいサーフィンの動きと静かなヨガの呼吸は一見、正反対に見える。しかし、実は陰陽(Yin Yang)を表す太極図のように表裏一体なのだとジェリーは話す。
「陰陽のコンセプトは、左右の異なる力をひとつにすること。男性と女性、火と水、生と死、海と山……これらは本当は反対の力ではなく、本来ひとつになろうとしている力。もしひとつになれれば、ただ足し合わせるよりも大きな力になる。陰と陽のハーモニーが健康を保つし、常にそのバランスは動いているからチューニングし続けなけばならない。太極図のマークには、それぞれの領域にお互いの要素が“点”となって入り込んでいるでしょう? それを忘れずにバランスを取ること。人間も自然の一部として、そのバランスが求められているんだよ」。◇ジェリー・ロペスの人生観を描いたドキュメンタリー映画『ジェリー・ロペスの陰と陽』。
フィルムは9月22日(木)、パタゴニア公式サイトおよびYouTubeにて公開予定となっている。昔話の苦手な男が精一杯に語った伝説の数々を、その目に焼き付けよう。