「失敗から学ぶ移住術」とは……▶︎すべての画像を見る平日はフルタイム会社員として、週末は複業で地域のコミュニティ運営などに携わるアドレスホッパーの西出裕貴さん。アドレスホッパーとは、定住する家を持たずに移動しながら生活する人のことを指すが、西出さんは歴2年半の筋金入りだ。
「この暮らしに満足するまで1年半かかりました」と語る西出さんに、真のアドレスホッパーになるまでに経験した4つの失敗を振り返ってもらった。
西出裕貴●31歳。大阪府出身。株式会社ニット社員。複業で地域コミュニティづくりに関わる。2020年2月から定額制住み放題サービス「ADDress」で多拠点生活を開始。
生活を180度転換したきっかけは父
都内の会社に勤め、一人暮らしをしていた西出さんが生活を180度転換したのは、父親の病気がきっかけだった。「父親が末期がんを宣告されて、一緒に過ごす時間を確保しながら収入を得るには働き方を大きく変えないといけませんでした。当時、働いていた会社を辞め、400人がフルリモートで働く株式会社ニットに転職し、東京と実家のある大阪で2拠点生活を始めたんです」。しばらくして東京の家を引き払うと、大阪とホテル暮らしの2拠点にシフトし、2020年2月から定額制住み放題のサブスクサービス「ADDress」に入会。多拠点生活がスタートした。「昔から多拠点生活に憧れはあったんですけど、僕は人見知りだし、人と一緒に住むのに抵抗もあるタイプなので、まずは2カ月だけお試しで『ADDress』を利用するはずだったんです。でも、生き方がバラバラな人たちとの出会いが面白くて、やめられなくなりました(笑)」。
「ADDress」は全国にホテルやシェアハウスを210拠点展開し、水道・光熱費、Wi-Fi、家具家電の使用料込みで月々4万4000円。利用しない月は休会も可能だ。
サザエさん症候群で憂鬱だった日々
「東京で一人暮らしをして普通に出社して働いていた頃は、サザエさん症候群だったんです。日曜日の夜に『あぁ、明日からまた月曜日が始まるのか……』って毎週、憂鬱でした。今は転職もして、多拠点生活で好きな場所で仕事ができて、自分が納得して選んだ人生を送れているので満足してます」。いちばん好きな拠点は? と聞かれたら、決まって答えるのが長野県白馬村だという。40~50人の知り合いがいるほど通い詰めた場所で、何より白馬村の四季折々の風景が圧巻だという。「夏の晴れた景色はスイスかなと思うくらいの絶景で、川の水できゅうりやトマトを冷やして食べることもあります。秋は三段紅葉といって、雪の白、紅葉の赤、木々の緑が一度に見られるんです。冬はスキーが楽しめますし、春は桜がきれいだし、自然のスケール感が圧巻ですよ」。三段紅葉を眺めながら仕事する。なんとも幸せな環境だが、アドレスホッパーという特異な暮らしに西出さんが適応するまでには数々の失敗があった。--{}--
失敗① 会話がストレスになる “人疲れ”
「始めたばかりの頃は出会う人たちが面白くて、楽しかったんです。同世代なのに生き方がバラバラで刺激的でしたし。
上は80歳、下は1歳までいて、コロナ禍なのにまったく孤独を感じない2年間でしたね。ただ、時間が経つにつれ、自己紹介が続く毎日に疲れてきたんです。相手の話を聞く時間が増えれば、自分の時間も減るし、会話がストレスになってきちゃって」。刺激に慣れていくと、新鮮な気持ちも消えていった。会話に疲れている自分に気付いた西出さんは、自分の状態に合わせて拠点を選ぶようになった。
「一人になりたいときは個室のあるホテルを選び、みんなでワイワイしたいときはドミトリーを選ぶようにしています。京都は銭湯やサウナが多いので、没入できる場所としておすすめですね。今、自分は何にストレスを感じているのか、なぜあのとき、あの人に言われたひと言で悔しいと感じたのか、逆に嬉しいと感じたのか。自分が抱えている課題を一つひとつ洗い出し、改善していくようにしています。アドレスホッパーは、内省する時間をしっかり取ることが大切です」。
教訓① 自分の課題と向き合い、拠点を選ぶべし!失敗② 年間50回におよぶ”移動疲れ”
これが多拠点生活を続ける西出さんの全荷物! スーツケースとボストンバッグ、リュックサックの中に洋服や仕事道具が収まる。最近は太り気味だといい、体重計も必需品だ。
西出さんが利用する「ADDress」のサービスは、同じ拠点に連続で滞在できるのは7日間と決まっている。
つまり、少なく見積もっても年間50回は移動を繰り返す計算になる。「北は新潟、南は鹿児島まで33都道府県を移動しました。数でいうと90拠点にのぼります。始めたばかりの頃は、行きたいところへ行ける自由が楽しかったんですが、大阪から長野、大阪にまた戻り、次は大分に行くといった極端な移動が日常になるとかなり辛いですね。その都度、荷物も運ばないといけないので」。
交通手段は公共交通機関もあれば、飛行機、新幹線やレンタカーの場合もある。目的地に合わせて最適な方法をその都度選んでいるという。「公共交通機関が少ないエリアの場合はレンタカーが必須で、逆に駐車料金が高い地域には公共交通機関で行くようにしています。遠距離なら飛行機というケースも。行く先々の環境で効率のいい手段を選んでいます」。とはいえ、2年半で培った移動のコツもある。「たとえば東京から長野に行くなら、間にある富士吉田、甲府、八ヶ岳に滞在するんです。
最終目的地までにいくつか中継地点を挟むことで、一回の移動距離を短くする。50km圏内を目安にすると移動はラクになりますね」。
教訓② 中継地点を設けて一回の移動距離を短くするべし!--{}--
失敗③ 根なし草がゆえの“孤独感”
何かあったらいつでも戻れる場所がある。それがつまり「家」という存在なのだが、家を持たない西出さんの場合ホームがない。心の拠り所がないという問題があるという。「全国に知り合いがいて、いろいろな地域コミュニティに所属してるとはいえ、そこに根を生やしているわけじゃないので、関わり方は限定的になります。相手も『西出はいなくなる存在だ』って思っているでしょうし。気の持ちようだとは思いますが、ふとしたときに孤独を感じることはありますね」。まさに今、西出さんはホームがないゆえの孤独感をどうにかしようと、新しいチャレンジを試みている。
ご近所さんからもらった新鮮な野菜で鍋を作ることも。
「実は今、長野県塩尻のシェアハウスに滞在していますが、ここを実家のような拠点にしようと思ってます。『ADDress』外で個人契約を結び、アドレスホッパーは引き続き継続する方法。塩尻はご近所付き合いがあり、お向かいさんから野菜をいただいて調理することもあります。
のどかでいい場所ですよ。実家的な存在ができれば精神的な安定が高まり、塩尻から持続可能な仕事をもらうチャンスも増えると思います」。
教訓③ 長期アドレスホッパーは実家的な拠点を作るべし!失敗④ 多拠点生活の意味がなくなる忙しさ
平日、週末関係なく一日10~12時間働く西出さんは、忙しすぎて外に一歩も出ない日が続くこともあったという。「せっかく地方で多拠点生活をしてるのに、忙しすぎて部屋からほとんど出ないなら、都内で暮らしているのと変わらないですよね(笑)。そういうことはありました。だから、今は一日のルーティンを決めています」。朝は気分転換を兼ねて外へ出て仕事をし、日中は拠点やコワーキングスペースを利用してオンライン会議などをこなす。夜はカフェやシェアハウスの共有スペースで仕事をしたりとまちまちだが、健康のためにサウナにも通うことも欠かさない。「一日のスケジュールを決めてリズムが整えば、場所が変わる影響はほとんどなくなります。働き方も安定しますね。あとは、余白の時間をあえて作って、付き合いで飲みに行ったり、サウナに行ったりします。アドレスホッパーになる前は、月に1回は高熱を出していましたが、サウナに通うようになって体調も良くなりましたね」。
教訓④ 一日のリズムを作るべし! ◇ちなみに、アドレスホッパーの生活費はADDressの月額料を除いて月々12万円が相場だという。都内のひとり暮らしとそう変わらないはずだ。そこで西出さんから提案がある。「もし、昔の僕みたいに日曜日の夜に憂鬱になるサザエさん症候群の人がいたら、一週間だけでも場所を変えて仕事をしてみると、それだけで気分が変わるのでおすすめです。家と職場を往復するだけのライフスタイルの人にも、ぜひ試してほしいと思いますね」。