終着駅で飲む vol.3
終電まで飲むことはある。しかし、終点で飲むことはあまりない。
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謎の短期連載もいよいよラスト。第1回は武蔵五日市で元暴走族のお兄さんと語り合った。第2回は西馬込で梅干し入りレモンサワーの美味しさに打ち震えた。
そして、今回の舞台は京急大師線の小島新田駅。聞いたことがない駅名だが、知人いわく、「川崎の小島新田も終着駅だよ。叔母さんが住んでたから何度か遊びに行ったけど、ディープな飲み屋があった気がする」。
さっそく向かう。


「小島新田」という駅名は江戸時代後期に小島六郎左衛門さんがここを干拓し、新田開発を行ったことに由来するそうだ。

以前は工場が多く集まるエリアだったが、現在は大規模マンションもぽつぽつ建っている。

アルバイトのお兄ちゃんが発する「いらっしゃいませ」の声がか細いため、ベテランのおばちゃん店員に怒られていた。
駅前には居酒屋が数軒。今ひとつピンと来ないので、ぐるぐると歩く。しかし、そもそも飲食店がほとんどない。ピンチだ。通りすがりの神社で祈願する。

さらに歩くと酒屋を見つけた。缶ビールでも買って公園で飲むか。そう思って店に入ろうとした瞬間、気づいた。

取材許可も難なく下りた。神様、ありがとう。



すばらしい。将棋会場の隣に座って、スーパードライの生(400円)とピザ(800円)を注文した。
ママいわく、「ウチの生ビールは息子が毎日ていねいにサーバーを洗っていて、アサヒの人が『こんなきれいなサーバーは見たことがない』って褒めてくれるほどなの。ピザはお父さんが生地から作ってるのよ」。

ご主人が言う。「俺が今77歳で、爺さんが戦前にこの酒屋を始めてね。だから、店の歴史は50年以上。終着駅? 今はそうだけど昔はここから4駅ぐらい先まで繋がってたんだよ」。

お次はママに勧められた八海山の搾りたて特別純米醸造。

八海山の普通酒は320円で、常連はこちらを好むらしい。ここで声がかかった。「お兄さん、これも撮らないと。八海山の蔵元が作ってる焼酎。珍しいだろ」。

「文章を書くお仕事なら、あの人を紹介してあげるわよ。東京新聞に勤めてらっしゃるの」と言って、ママが和装の紳士を連れてきた。彼は余った夕刊を毎日こうして届けに来るそうだ。「どうせ廃棄処分になるやつだから、もったいないでしょ」。たぶん、只者ではない。

ママが「あっ、あれも見てほしいな」と言いながら店の外へ。

店内に戻ると、皆さんじつに楽しそうに酔っている。そろそろ、おいとましようか。そう思って帰る準備をしていると、一人のマダムが近づいてきた。「私がおごるからもう1杯飲んでいきなさいよ」。

「あなた、寂しそうな顔で入ってきたから『こっちに混ざりなさいよ』って言おうと思ったの」
家はこの3軒先。出身は大分県中津市。そこで従姉妹がスナックをやっている。帰省の際は時給1万円で手伝う。「スナックの店名は?」と聞くと、「あれ、何だっけ。ちょっと待って」と従姉妹に電話をかけた。

スナックの店名もわかったところで、本気で帰ることにしよう。マダムが「電車賃あげる」と800円くれた。指に光る大きなダイヤモンドは「形見がわりに息子のお嫁さんにあげるの」。

終着駅を巡る短期連載も終着駅に着いたようだ。生ビール3杯、八海山2杯、ピザでお会計は2800円。マダムがくれた800円を引くと実質2000円で気分よく酔った。

別れ際にママが言う。「大したことは何もできないけど、少しでも仕事で疲れた皆さんの癒しになってもらえれば」。その後、なぜか英語で「See you」と言って僕の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

取材・文/石原たきび