看板娘という名の愉悦 Vol.73
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。
ふらりと入った店が当たりだと嬉しい。水道橋の「伊賀屋」もそんな一軒だった。しかも、看板娘がいる。本連載にぴったりだ。
会計の際、店長に取材オファー。快くOKをいただいた。
店頭では「もろこし天ぷら」の大看板が圧倒的な存在感を誇る。

ランチライムも営業しており、夜の部は17時半から始まる。

席に着いてメニューを開く。

どれにしようか。看板娘にオススメを尋ねると、囁くような声で「うちの日本酒は美味しいですよ~」。

「『豊盃』で知られる青森の三浦酒造さんが夏限定で出している『ビキニ娘』、飲んでみますか? 知る人ぞ知る大人気の日本酒です」
1合980円。いただきましょう。
NEXT PAGE /看板娘、登場

千代田区生まれ文京区育ちのアーバンガール、キャロさん(29歳)。
「高校時代に仲の良い女子グループで貴族みたいなあだ名を付けるのが流行って。私はキャロラインになりました」
この店は幼馴染の男性の紹介で働くことになったという。

フードメニューを見ていると、キャロさんがまた囁いた。
「前回は、『生牡蠣』と『とうもろこし天ぷら』を注文されましたよね」
すごい。1カ月ぐらい前なのによく覚えているものだ。
あまりの美味しさに感動した「とうもろこし天ぷら」(880円)はマスト。さらに、「生メカジキの串カツ」(420円)と、客のほぼ全員が頼むという「刺身盛り合わせ」(980円)も追加しよう。

とうもろこしは芯を外しているので、そのままガブッといける。

キャロさんによる刺身の解説にも感動した。もちろん、囁きボイスだ。

「インドまぐろの脳天、神奈川県の佐島漁港で揚がったヒラメと松輪沖で獲れたアジ、愛知産のトリ貝、銚子の金目鯛、島根の白イカ、宮城のホタテ。ヒラメとアジは朝締めです」
話すスピードがちょうど良く、言いよどむこともない。α波でも出ているかのようだ。
NEXT PAGE /ヘアスタイルを褒めると、「私、生まれたときからずっとショートなんです」。まあ、生まれたときはみんなショートだろう。
昔の写真も見せてもらったが、いちいち面白い。

「これは小学校1年生ぐらい。
「ちょける」とは「ふざける」という意味だそうだ。

「真ん中はサッカー部の男子。左は今でも仲良しのポンちゃんで、貴族ネームはヨ・ポン・ジュンでした」
もはや、貴族感はないがとりあえず楽しそうだ。ファッションが大好きなキャロさんは、高校卒業後に服飾系の大学に進む。

「大学時代に、先生や同級生たちとベルギーの王立芸術アカデミーのファッションショーを見に行ったんです」
NEXT PAGE /居酒屋バイトの経験が長いキャロさんは、こんなことを言う。
「料理に合うお酒や美味しい食べ方は社長が全部教えてくれます。さらに、調理場の2人の技術がすごいから、自信を持ってお客さんに提供できるんですよ。そう感じたお店は、ここが初めて」
プロ意識に頭が下がる。確かによく見ていると「メヒカリの塩焼きは頭から召し上がってくださいね」などと食べ方のガイドまでしていた。

「学生時代にラグビーをやっていたからがっしり体型です。A型看板のでっかいとうもろこしのイラストは社長作。私はメニューのあちこちに絵を描いています」
なるほど、アルファベットのAの形をしているからA型看板というのか。
ちなみに、店名の「伊賀屋」は社長の実家が営んでいた布団店の屋号。ロゴもそのままもらってオープンしたそうだ。

箸置きは社長の奥さんが手作りしたもの。

ホッと落ち着けるアットホームな雰囲気は、こうした部分からも生まれるのだろう。


「伊賀屋」、お酒も料理も、そしてスタッフも素晴らしい。やはり名店でした。
後ろのテーブルでは福島出身らしき女性が福島弁クイズを出している。「お腹がいっぱい」は「腹くっちぃ」と言うらしい。
こちらも腹くっちぃである。そろそろお会計をしよう。

店を出るときに「美味しかった? また会えるといいですね」と囁かれた。そんなキャロさんから読者へのメッセージです。

【取材協力】
伊賀屋
住所:東京都千代田区神田三崎町2-12-8 US水道橋ビル 1F
電話:03-3261-3158
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石原たきび=取材・文