FUN! the TOKYO 2020
いよいよ来年に迫った東京オリンピック・パラリンピック。何かと “遊びざかり”な37.5歳は、 この一大イベントを思い切り楽しむべき。
現在、タレントとして活躍する男子柔道100kg超級のシドニー五輪の銀メダリスト、篠原信一。彼がタレントとしてここまで活躍するようになるとは、選手時代に想像できた人は少ないのではないだろうか。
だが、あらためて篠原のシドニー五輪の印象的なシーンを思い返すと、彼が愛されるというか、周囲の人々に認められ、慕われるのは当然かもしれない、とも感じる。
その印象的シーンとは、金メダルをかけて戦い、そして敗れた決勝戦である。そう、「世紀の大誤審」で知られる一戦である。
のちに国際柔道連盟も誤審を認めた、不運という一言では片付けるには、あまりにも残酷な敗戦。だが、篠原自身は、当時、誤審については一切語らず、
「(自分が)弱いから負けた。それだけです」
というコメントを残しただけだったのだ。
のちに篠原は、この試合について、審判の判定など関係なく、相手にポイントでリードを許したあと、気持ちを切り替えられず、攻めきれなかった自分の弱さが敗因と語った。そのリードこそ、誤審で許したものであるにも関わらず——。
「審判の判定で負けた」といった恨み節を述べず、自分の弱さを原因に、負けを認めた篠原。
人を責めず、自分の弱さを見つめ、負けを認める。人間の真価、強さ、本性は、逆境で試されるものだ。こうした篠原の姿勢は、人の信頼を集める。タレントとして成功しているのは、笑いを誘うコメントのうまさなど、選手時代は隠れていた才能の開花が第一の理由であろう。だが、それだけではなく、きっとあのコメントが示す、優れた人間性も高い評価を得ているのだと思う。
このように、世界最高峰のレベルで、極限の勝負が行われるオリンピックの戦いは、選手たちのさまざまな名言が生まれる。その多くは、私たちに勇気と学びを与えてくれる。そんなオリンピックの名言を振り返ってみたい。
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「すごく楽しい42.195キロでした!」
印象に残る名言といえば、やはり金メダルを筆頭に、選手たちが目指す結果を得られたときのコメントである。「ちょー気持ちいい」と新世代のアスリートらしい名言を残した水泳の北島康介、「最高でも金、最低でも金」という強い決意を示す言葉とともにオリンピックへと臨み、厳しい戦いを切り抜けて、逃し続けた金メダルを初めて手にした柔道の田村(現姓・谷)亮子などが象徴的だ。
そのなかでも、注目したいのは、2000年のシドニー五輪、オリンピックの女子陸上で日本人初となる金メダルを獲得したマラソン・高橋尚子の勝利後のコメント、「すごく楽しい42.195キロでした!」である。

マラソンはハードな競技だ。
競技を問わずスポーツでトップを極めるには、どれだけその競技が「好き」かが問われると言われる。その競技が好きだから、もっと上手くなって、もっと楽しくプレーをしたい。好きで好きでたまらないからこそ、競技の向上のために必要なことが、日々の生活、生きていくなかで、何よりも優先される。
たとえそれが、いかに苦しく、困難なことであっても。その苦しさや困難に耐えられるのもまた、その競技を心から「好き」で、「上手くなりたい」「楽しく感じたい」という気持ちを心の底から味わえるであろう、「世界一」を目指しているから。
高橋の「すごく楽しい42.195キロでした!」という言葉は、シンプルだが、トップアスリートの本質と凄みが詰まっているように感じる。
金でも名誉でもなく「もっと上手くなりたい」
トップアスリートを支える「好き」の気持ち
その観点で見ると、例えば以下のような言葉も似たような印象を受ける。
「もう何も出ないところまで出し切って取れたので、うれしいより幸せ」
2016年リオデジャネイロ五輪 男子体操・個人総合金メダル 内村航平
「僕は五輪でまた成長させてもらった。
2012年ロンドン五輪 男子競泳400メートルメドレー銀メダル 北島康介
「このまま試合が永遠に続けばいいな、なんて考えていたんですよ」
2008年北京五輪 女子ソフトボール金メダル 上野由岐子
「20年かけて銀メダルがとれた。あと20年かけて金だね」
2004年アテネ五輪 男子アーチェリー銀メダル 山本 博
最後に挙げた山本の言葉は41歳のときのもの。言葉のもとになった銅メダルを獲得したのは21歳で参加したロサンゼルス五輪だった。そして東京五輪を来年に控え、56歳となった現在も、山本は引退を表明しておらず、東京五輪出場を目指している。名誉や成功、あるいは経済的安定だけがモチベーションならば、こんな挑戦はする必要がないだろう。
トップアスリートの「もっと上手くなりたい」「もっと強くなりたい」という気持ちの根源にある競技への愛。それは「好きこそものの上手あれ」という言葉を体現している。
来年のTOKYO2020では、スポーツだけではなく人生の支えや指針になる数々の言葉とも、また出合えるのではないだろうか。
田澤健一郎=編集・文