プラごみによる海洋汚染のニュースが多く流れる昨今。2018年の夏には、神奈川県・鎌倉市の由比ガ浜に打ち上げられたシロナガスクジラの赤ちゃんの胃の中からもプラごみが見つかった。

県はこれを「クジラからのメッセージ」と捉え、「プラごみゼロ宣言」を発表。それに即座に賛同した自治体が葉山町である。町長として運動を牽引する山梨崇仁さんは何を考えるのか。

渋谷で生まれ育ち、ウインドサーフィンにのめり込んだ学生時代、今取り組む「はやまクリーンプログラム」について聞いた前回に続き、セカンドキャリアとして町議会の道を選んだ後編の始まりだ。

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プラスチックを多く廃棄してきた世代がすべきこと

——アテネ五輪では日本代表候補になるほどウインドサーフィンにのめり込んだ山梨さんが、なぜセカンドキャリアとして町議員の道へ?

葉山の「プラごみゼロ宣言」が変える未来。渋谷出身の町長の挑戦

都内のベンチャー企業を経て、2007年に出馬して葉山の町議員となりました。

出馬した理由のひとつに、ウインドサーファーの先輩が逗子で市議会議員を務めていたことがあります。またほかにも市長、のちに国会議員をされた方もいますが、そのような方々が身近にいたこと。

そして私自身、ウインドサーフィンを通じて人生に前向きに挑む姿勢の大切さを知りました。海に身体も心も鍛えられ、選手時代にはスポンサーからのサポートもあり、何か恩返しをしたいなとずっと思っていたんです。

そんな話を先述した方を含めた先輩たちと何度もしていたところ、議員を勧められて。

——ウインドサーファーのキャリアが町政に役立っていることはありますか?

まずは自然の優しさや厳しさを、身をもって知っているということでしょうか。ただそれ以上に大切にしたいのは、私たち世代ならではの感覚です。私たちは常になんでもある便利な時代を生きてきて、ポケベルから携帯電話へ進化したような経済的な利便性を享受してきた世代です。

上の世代は豆腐をボウルで買っていたけれど、私たちはプラスチック製のパックに入ったものを買うようになっていった、いわばプラスチックを多く使い廃棄してきた世代。今、こうしたプラスチックが海を汚している。

次の世代の子供たちは水筒を当たり前のように持っていますから、彼らの親世代でもある私たちは最も責任感を抱いて変化していく必要があるだろうと思っています。

——「葉山の海はきれい」という印象がありますが。

水質もそうですが、西向きの海岸なため潮回りが良く、浮遊物は少ないですよね。でもそれは一般的な見方によるきれいさであって、マイクロプラスチックは漂着していますし、海中では磯焼けが進んでいます。

藻がまったくないんです。

子供の頃に見ていたような美しいビーチではないですね。だから最近はダイバーとも協力して、海中の汚れを情報発信していこうという話をしています。

葉山の「プラごみゼロ宣言」が変える未来。渋谷出身の町長の挑戦
サンセットタイムの森戸海岸。奥には富士山が見える。

——海をきれいにしていくことで葉山には何が還元されるのでしょう?

海はグローバルなものですから、葉山という小さな町がどれだけ頑張ろうと、地球規模で見たら大したことはないのでしょう。ただ、そのような動きをするとほかの自治体が連動して動き、大きなムーブメントになる可能性があります。

葉山はその活動においてリーダーシップを取りたいと思っています。

例えば昨年11月には、ロックフェラー財団の会長であるデイビッド・ロックフェラーJr.氏が設立した、海洋環境保全のための活動を行うNGO団体「セイラーズフォーザシー」と協定を結びました。

ロックフェラー財団との連携が、グローバルに慈善活動をする層の人たちの呼び水になる。そういうつながりを築くことができるというのは、環境問題に取り組むにあたりとても価値のあることだと思っています。

世界のスタンダードを、まず葉山に紹介する。そして日本の各自治体とつながっていく。そのような流れを作っていきたいと考えています。

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「葉山のために」が、いずれ世界を変える

——グローバル基準を満たす葉山の資源とは何でしょうか?

アメリカのCNNによる「世界のビーチ100選」に、2013年、葉山の一色海岸が選ばれています。御用邸のあるビーチという背景も選ばれた理由でしょう。また葉山は日本のヨット発祥の地で、前述のロックフェラーJr.氏もヨットをしに来ました。

葉山の「プラごみゼロ宣言」が変える未来。渋谷出身の町長の挑戦
夏の一色海岸。きれいな海を求めて、多くの観光客が集まる。

今も大使館の方々が対抗レースを行なっていたりなど、国際交流を育める環境が葉山にはあります。ちなみに英国セーリングチームが、来年の東京オリンピックに向けた事前キャンプの地に葉山を選んでくれました。受け入れ側の町民にも、国連で働いていた方、長野オリンピックやハリウッド俳優の通訳をしていた方など、国際感覚を持つ方が多くいらっしゃいます。

そうした方たちが「葉山のためになるなら」といった思いでサポートしてくれる。葉山の土地柄の良さは人によるところが大きいと思います。

——町民意識が高いと町政が難しくなる面もあるのではないですか?

むしろ意識が高いがゆえに、助かっていることが多くあります。何より駅から遠い葉山は交通の便が良いとは言い難い町です。その人なりの理由がないと住み続けるのは難しい。それでも東京などから移り住む人がいる。総じて好きで住んでいるんだというマインドが根底にあるので、「葉山に良いことなら」という点で必ずまとまるんです。

葉山の「プラごみゼロ宣言」が変える未来。渋谷出身の町長の挑戦
里山での稲刈り体験も実施。海だけでなく、山も近くにあるのが葉山の魅力だ。こうした環境で育った子供たちが、葉山をもっと好きになっていく。

成人式実行委員の方々なんて20歳ですよ。「俺ら葉山好きなんですよ。スピーチで葉山が好きって語ってくださいよ」と言ってくる。すごい20歳だなと思うんです。

——町民が抱く最大公約数的な葉山の魅力は海や山がきれいということ?

圧倒的にそうですね。町のアンケートでも「自然の豊かさ」が1位になっています。フォルクスワーゲンジャパンのティル・シェア社長も、葉山の海岸は西向きで、アメリカ西海岸のカリフォルニアのようなムードがあると高く評価していました。

サンセットが見られて、北と南からの風がどちらも抜けていくので空気がいつもクリア。そして富士山を眺められる。温暖で穏やかな風土でもあり、だから別荘地として栄えたのでしょうね。

葉山の「プラごみゼロ宣言」が変える未来。渋谷出身の町長の挑戦

——最後に、葉山の展望を教えてください。

実は、行政にいると行政の無力さをすごく感じるんです。ある企業の社長さんは「企業が動いて世の中が変わる」と言っていました。社会を作っているのは我々だと。ある意味、そうだと思うんですね。

行政ができるのはセーフティネットを作ること。生活を、生きるを、福祉を支えることです。そしてこの点に、私たちは力の弱さを感じています。ぜひ社会をリードしうる経済界の方たちには、この点を敏感に感じていただけると嬉しいですね。

改めて今回、葉山は自動販売機でのペットボトル販売をやめたわけですが、経済活動に比べれば、削減できるペットボトルの数なんてわずかなものです。ただ「もう使わないぞ」という姿勢を示し、リーダーシップを取ることで、環境に優しくない製品を産業界が作っても葉山では売れない、神奈川県では売れない、という流れを生み出せればいいなと思っています。

また経済界の人が今の世の変化をキャッチし企業活動を展開し世論を巻き込めば、政治と行政はついていくものです。

きっとこの記事を読まれる方々は、社会を作っていく世代の方だと思いますので、自分たちの子供の世代のためにも、より良いリーダーシップを発揮していただけたらと思います。

 

>前編「プラごみゼロ宣言した町・葉山。渋谷出身の町長が考えていること」を読む

 

熊野淳司=写真 小山内 隆=取材・文