連載「20代から好かれる上司・嫌われる上司」 Vol.6
組織と人事の専門家である曽和利光さんが、アラフォー世代の仕事の悩みについて、同世代だからこその“寄り添った指南”をしていく連載シリーズ。好評だった「職場の20代がわからない」の続編となる今回は、20代の等身大の意識を重視しつつ、職場で求められる成果を出させるために何が大切か、「好かれる上司=成果がでる上司」のマネジメントの極意をお伝えいたします。
おじさんは「過去の経緯」=「歴史」好き
私は結構な年になってようやく歴史や地理が好きになった口です。以前勤めていたライフネット生命で、当時の社長で現在は立命館APUの学長をされている出口治明さん(歴史の碩学。歴史の著書多数)に出会ってから、歴史の面白さに気づき、勉強しはじめて今に至ります。
歴史が面白いのは「今これがこうなっているのは、あのときにあれがああなったからなんだ!」と「過去の経緯」がわかるからです。例えば、京都の町屋が細長い「うなぎの寝床」と呼ばれる形をしています。豊臣秀吉が家の間口の広さに応じて課税をしたことから来るからと聞けば、「へえ!」となります。面白いですよね? 面白いですよね??
なぜおじさんになると歴史が面白くなるのか
しかし、なぜおじさんは「過去の経緯」がわかると面白いのでしょうか。それは、年をとっていくと、体調の劣化や親しい人の死などにより、人生が有限であることを「実感」していくことに関係があります。
人生の有限さを実感すれば不安になります。すると「どうせ死ぬのに何の意味があるのか」と虚無主義に陥る人もいます。そこで「アイデンティティ」概念の提唱者、心理学者のエリクソンは「世代性(Generativity)」つまり「自分が得たことを後の世代に譲り渡すことにコミットできること」を、壮年期(おじさん)の発達課題としました。そう考えることができれば不安感が払拭され、希望が湧いてくるからです。
NEXT PAGE /過去と現在がつながっていることに安心する
「世代性」を獲得するには、その前提として「現在という時間は孤立したものではなく、悠久の過去とつながっている」ということを確信しなくてはなりません。「時間の連続性」を感じることで、「今ここ」でやっていることは何かに影響を与えてきっと未来へとつながっていく、無益ではないと希望を持つわけです。
この確信を得るため、おじさんたちは過去と現在とのつながりである歴史を、必死で確認しているのではないでしょうか。
若者は過去にはあまり興味がない
ところが、若い人はどうもそうではないようです。思春期の息子に「ほら、これはこういう由来なんだよ」とドヤ顔で説明しても「ふうん。で?」と素っ気ない返事しかもらえず、寂しい思いをしています。
しかし、そう言えば、私も若い頃、歴史などには全く興味がありませんでした。「どうしてそうなったのか」なんて知っても意味がない。どうしてかはわからなくても「今こうなっている」のだから、そこから未来へスタートすればいいのではないか、原因究明という名の犯人探しをしても仕方がないと結構本気で思っていました。終わったことをあれこれ言ってどうなる、うざいな、と。まさに「ふうん。で?」です。
若者は「今を生きる」
古代ローマの詩人ホラティウスは、詩の一節で「今を生きろ」(原語”Carpe Diem”、英訳”Seize the day”)と言っています(今は亡きロビン・ウィリアムズの、全寮制の学校を舞台にした映画「いまを生きる」で知りました)。
どうなるかわからない明日を思い悩んでも仕方がない。今この素晴らしい瞬間を味わって生きようではないか、と。
不要な「過去の経緯」を聞かれれば鬱陶しいのは当然
つまり「過去の経緯」に対する感性がおじさんと若者ではまるで異なるのです。おじさんにとって過去は大切な宝物であるかもしれません。けれど、若者は将来宝物になるかもしれない「今」をまさに生きているのであり、直接的には自分と関係のない知らない過去どうだったかという話などどうでもよく、変な茶々を入れられたくないのです。
会社の歴史も、事業の変遷も、仕事の改善の経緯も、前任者のやってきたことも、どうでもいい。スタートラインさえわかっていればいい。それなのに上司が、特段必要もない「過去の経緯」を「ちなみに、この件ってどうしてこういうことになったんだっけ」と聞いてきたら鬱陶しいのです。
不安でも一緒に前を向いていきましょう
もちろん、重大な事故の後の再発防止を考える際など、問題の質によっては「過去の経緯」を振り返る原因分析は必要です。しかし、サンクコスト(埋没費用)のように「終わったこと」として諦めるしかなく、忘れてしまって前を向いて進む方が生産的な場合であっても、おじさんは心の不安ゆえに「で、なんでこうなったんだっけ」と言ってしまいがちです。
ですから、「この過去の経緯は本当に必要なのか」を自問自答してから、YESの場合だけ、恐る恐るメンバーに聞くか、あるいは今を生きる若者の邪魔を極力したくないのであれば、自分の不安の解消も兼ねて、上司自身が自分で「過去の経緯」を調べてみてはどうでしょうか。
曽和利光=文
株式会社 人材研究所(Talented People Laboratory Inc.)代表取締役社長
1995年 京都大学教育学部心理学科卒業後、株式会社リクルートに入社し人事部に配属。
石井あかね=イラスト