看板娘という名の愉悦 Vol.106
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。
東急東横線の学芸大学。駅周辺に飲食店が密集するこじんまりとした街だ。
バスロータリーもないため、歩行者ファースト。商店街は活気に満ちている。

左右をキョロキョロしながら歩くこと約3分。注意していないと見過ごしてしまいそうな看板がある。

脇の階段を上がって……。

左手の黒いドアが目印で、店名は「Fin.(フィン)」。2019年11月にオープンしたばかりのバーだ。

一応、ドリンクメニューはあるものの基本的には出さない。「目に付いた中からお好きなものをご注文ください」というスタイル。せっかくなので、彼女がいつも飲んでいるお酒をいただこう。
看板娘、登場

こちらは店長の杏奈さん。年齢を聞くと「今年29の歳ですね」。これ、ずっと疑問に思っていた。今の年齢を聞きたいのに、なぜそのような答え方をする人がたまにいるのだろうか。
「28になったばかりなのか、もうすぐ29なのかで先輩後輩の関係が変わってくるじゃないですか。そういうのを気にする人もいるので、私はこう答えています」。
おお、なるほど。

「長崎の壱岐市は麦焼酎発祥の地ともいわれていて、母が長崎出身なので体に合うのかも」。
ところで、杏奈さん。さっきは何を一気飲みしていたんですか?
「二日酔いがひどいのでポカリを飲んでいました(笑)。もっと効くのはゼリー飲料。経口補水液の『OS-1』と『1日分のビタミン』の合わせ技が最強です」。
いいことを聞いた。

杏奈さん、今日のコーディネイトは別珍のジャンパーにバイソン柄のパンツ。男気に溢れている。

なお、この日訪れたのは18時の開店直後。杏奈さんが何やら買い物袋をがさがさやっている。
「これは常連さんがオムライスを食べたいと言うので、八百屋さんと100均で揃えてきました」。

飲食店のアルバイト経験が長かった杏奈さんは料理もお手の物。二日酔いの看板娘が作るオムライス。食べたかったが残念ながら1人前しかないとのこと。しかし、今後はコンロを置いてちょっとしたものを出す予定だそうだ。

さて、杏奈さんは神奈川県厚木市出身。中学から大学まで吹奏楽部に所属し、トロンボーンを吹いてきた。

吹いていていちばん気持ちいい曲を聞くと、スター・ウォーズの『帝国のマーチ』。「ターンタタターンタタターンタタターン」というダース・ベイダーのテーマ曲だ。
「もともと好きな曲で、それもあって下北沢の『Force』というスター・ウォーズバーでも働いていました」。
「Force」は酒好きが集まるバーで、休肝日なし、毎日二日酔いの日々を過ごしていたそうだ。


ちなみに、ここの店長に就任したきっかけは以前働いていた祐天寺のバー「VIZZ」での出来事。「VIZZ」のオーナーと常連客がふたりで新しいバーを出店しようという話になった。
「常連さんの方が仕事面でも接客面でも、やたらと私を褒めてくれるんですよ。『いっそ新店舗の店長を任せようか』という流れでした」。
また、3階のバー「sideway」のマスターにもかわいがられている。
「じつは、今朝も7時まで連れ回されて。私もお酒が好きなので楽しいんですけど、昨夜はもうかなり酔っていたので、ドアの外にこのメッセージを貼って帰ろうと思った瞬間にいらっしゃいました(笑)」。

ここで、杏奈さんが額装されたイラストを持ってきた。ガラスは割れている。
「友達のsali ainaiちゃんが開店祝いに似顔絵を描いてくれたんです。表の看板やショップカードに使いたくて。早く直してガラスの文字だけもう1回書いてもらおうかなと」。

もう1杯だけ飲もう。カウンターの端に試験管型のショットグラスが見えた。
「ハーブリキュールの『イエガーマイスター』用の販促商品です。酒屋さんがくれました」。

アルコール度数は35%。キンキンに冷えたショットが胃に沁みる。

人に愛され、酒に愛される看板娘でした。では、お会計を。「杏奈に似ている」といって店のスタッフが足利フラワーパークで買ってきてくれた犬の置物とともにお見送りです。

読者へのメッセージも書いてくれました。

【取材協力】
Fin.(フィン)
東京都目黒区鷹番2-8-21 プロヴァンスG・U審美館2F
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石原たきび=取材・文