どのような場所で、いかにして「職遊融合」のライフスタイルを確立すればいいのか。その疑問への回答を見つけるべく、ひと足お先にを実践している4人の生活を覗き見する企画第2弾。

名古屋でアンティークショップを経営する杉戸さんは、長野県八ヶ岳に遊び心の詰まった別荘を持つ。「仕事と遊びもすべて地続き。ライフスタイルの循環のなかに、自然な形でこの家があります」。

第1弾 神奈川県葉山の家も併せてチェック


時間とともに美しさを増す家

遊びに溢れた “森の家” で、趣味に没頭するひとときを[セカ...の画像はこちら >>

「この別荘は両親が建てました。残念ながら、こんな家を建てられる稼ぎは僕にはありません(笑)」。

杉戸伸行さんはそう言って招き入れてくれた。八ヶ岳連峰のほぼ中央部、天狗岳西麓の森の中。竣工から20年の時を経て、その森に美しく溶け込む別荘である。

室内には畦地梅太郎の版画、鍛冶職人・山内東一郎作のピッケル、山岳写真家・田淵行男のモノクロプリントなどが飾られている。実は杉戸さんは、名古屋でアンティークショップ「コンパス」を経営。その目利きはまさにプロフェッショナルなのである。

遊びに溢れた “森の家” で、趣味に没頭するひとときを[セカンドハウスのある生活 CASE.2]
相棒のボーダーコリー、アックスとともに。名前の由来は登山用具のピッケルから。英語圏ではピッケルのことをアイスアックスと呼ぶのである。北海道の友人が製作したハンドメイドのバンブーロッドを手にして。多数の電球が付いた個性的な照明はアメリカのハリー・アレンのもの。

「キッチンや家具なども僕が調達しました。建てた当時は、東京で、海外の家具を扱う輸入販売会社に勤めていたんです。

システムキッチンはドイツのポーゲンポール。テーブルはジャン・ヌーヴェル。ここぞとばかり自分の趣味に合うものを選びました(笑)」。

チェアにもソファにも照明にも、モダニティとクラフトの温かみが同居する、通底したセンスを感じる。どの家具もこの家にとてもマッチしていると思う。

「実を言うと、この家を設計した建築家も友人に紹介してもらったんです。そもそもこの家自体がクラフト的なんですよね。

上から見るとS字形の、厚い二重壁で屋根を支える構造。その二重壁の間に収納や階段、浴室をうまく配置しているんです」。

遊びに溢れた “森の家” で、趣味に没頭するひとときを[セカンドハウスのある生活 CASE.2]
リビングルーム全景。「S字構造の壁」とは、写真の焦げ茶色の杉板部分。右サイドの壁がそのまま前方の外壁につながっているのだ。


仕事と遊びの境界が消えた!?

東京時代を経て、生まれ育った名古屋に戻ったのは2011年のこと。その翌年に「コンパス」をオープンし、’14年に両親からこの別荘を引き継いだ。今は月1回のペースで、名古屋の自宅から車で訪れる。いったいここでどんなふうに過ごしているのか。

「ほとんど釣りをしてますね。すぐ近くに川があるので、今日もこのあと行こうかと。今いちばん興味があるのがフライフィッシング。イギリスやアイルランドへ仕事の買い付けに行くときも、現地での釣りの日程はきっちり別に組みます(笑)。国内では地元の愛知や岐阜の川、北海道にもよく行きます」。

遊びに溢れた “森の家” で、趣味に没頭するひとときを[セカンドハウスのある生活 CASE.2]
いざ川へ。お出かけを察したアックスは助手席に鎮座。ドアミラーに掛かっているフィッシングベストは年季の入ったヴィンテージのシムス。ランディングネットは杉戸さんの手作りだ。

ビルダーの友人が作ったバンブーロッドに、オービスやハーディーなどのヴィンテージのフライリール。自分が見つけてきた道具で釣りを楽しむ。そしてときにはその道具が店に並ぶこともある。仕事と遊びの境界は、限りなく曖昧だ。

「名古屋に店を開いてから、公私の区別がまったくなくなってしまいました。仕事も遊びもすべてが地続きで、ひとつのライフスタイルになっている感じなんです」。

遊びに溢れた “森の家” で、趣味に没頭するひとときを[セカンドハウスのある生活 CASE.2]
広々としたベッドルーム。イタリアのヴィコ・マジストレッティのベッドは、東京で働いていたときに格安で購入したのだとか。


頼りになる“ご近所さん”の存在

家族は奥さまと小学生の娘さんが2人、そしてボーダーコリーのアックスだ。この日は平日だったのでアックスとの“男2人”旅。

取材中もおとなしく杉戸さんのそばに控えていた。

「4歳で元気な盛りですが、わりと言うこと聞いてくれますね(笑)。こっちの自然のなかで散歩するのがうれしいのだと思います」。

遊びに溢れた “森の家” で、趣味に没頭するひとときを[セカンドハウスのある生活 CASE.2]
補充したいパターンや試したいパターンがあれば随時フライを自ら巻く。

近隣のお気に入りの店は、長野県産小麦と自家製酵母でカンパーニュをはじめとする素朴なパンを作る「カルパ」。また料理研究家の山戸ユカさんがオーナーシェフを務める小淵沢の「ディル」にもよく行くそうだ。

「それからご近所に、マウンテンバイクライダーの檀 拓磨さんが住んでいるんです。共通の友人を介して知り合い、仲良くさせてもらっています。釣りはもちろんアウトドア遊び全般が得意なほう。子供たちを連れて遊びに行くと、バーベキューをふるまってくれたりもします。とても頼りになる先輩ですね」。

新たな出会いもまた、別荘ライフの魅力のひとつだ。


変わる働き方と、変わらない働き方

遊びに溢れた “森の家” で、趣味に没頭するひとときを[セカンドハウスのある生活 CASE.2]
北海道出身の画家、坂本直之が描いたカナダのコロンビア氷原とアサバスカ山。

「名古屋に戻った大きな理由は東日本大震災です。

働き方、生き方を改めて考えさせられた出来事でした。東京で十分に経験を積み、自分がやりたいことで食っていく自信がつき始めた時期でもありました」。

店を構えて8年。個性溢れるアンティークショップとして地歩を固め、着実にファンを増やしてきた。今回のコロナ禍は、仕事にどんな影響があったのか。

「2カ月近く休業しました。協力金が給付されましたが、その間は無収入でしたから正直厳しかった。実はちょうど、店の移転を決めたところなんです。

今の場所は名古屋のど真ん中なので、家賃も高い。このまま新型コロナウィルスの影響が続くのであれば、高い賃料を払って続けるのは現実的ではありません。

昨日も檀さんと話していたのですが、今回のコロナ禍で地方に移住する人が増えるだろうと。また地方にいてもできる仕事へと、働き方も変わるだろうと」。

遊びに溢れた “森の家” で、趣味に没頭するひとときを[セカンドハウスのある生活 CASE.2]
リビングの一角を占めるタイイング(フライを巻く)スペース。マテリアルやリールなど釣り関係の道具は机の近くの収納スペースに。そのほかのスペースには民藝系のさまざまなオブジェが飾られている。なかでも目を引くのが、柴崎重行の作となる左上の木彫りのクマ。熱心なコレクターたちが愛してやまない逸品である。これらがすべてショップ、コンパスにこの先並ぶ可能性もあるのだ。

杉戸さんもまた、この先、アンティークショップ経営以外の仕事に就く可能性はあるのだろうか。

「いや、ショップをオープンして以来、一度も辞めることを考えたことはありません。どういう形になるかはわかりませんが、なんとしてでも店は続けます。この件に関してはなぜか自信があるんですよね(笑)」。

自分の本当にやりたいことを信じて働き、森の家で遊ぶ。杉戸さんのライフスタイルはこの先も変わらず、さらに時間を重ねて円熟味を増していくのだろう。

HOUSE DATA
竣工:2001年 構造・規模:木造高床式地上2階
敷地面積: 1036㎡(313坪)
建築面積:151.3㎡(45.6坪)
設計:ライフアンドシェルター www.lifeandshelter.org
間取り:オリジナル調合の甘い焦げ茶色に染色された杉板で作られた外壁が特徴。1階は玄関と倉庫を中心に構成。高床式の2階にリビングルーム、ベッドルーム、キッチン、浴室。シンプルで広々とした贅沢な間取りだ。

柏田テツヲ(KiKi inc.)、PAK OK SUN(CUBE)=写真 前中葉子、宮原友紀=文 小山内 隆=編集・文

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