「ミリタリーウォッチ ブートキャンプ」とは……
かつて軍が時計メーカーに要望した条件を満たことで生まれたすデザインやディテール、機能の数々。それは現在ヴィンテージとしての付加価値を与えるポイントに生まれ変わった。
それらは、当時の資料から正しい情報を入手できることもあれば、いまだに謎が解明されていないことも多い。
なかでも裏蓋に施された“マーキング”は、チェックリストに必ず加えられる項目。
時計の仕様を示すスペック、軍の管理コード、シリアル番号などを時計に記すことによって、各国の軍隊が管理体制を取っていたことから、今日では個体のオリジナリティを調べる判断材料のひとつとなっているのだ。
アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス軍の時計の紹介とともに、一部の事例を取り上げていこう。
今回は、アメリカ、イギリス軍より。
1.まずは知っておきたい「アメリカ軍」のマーキング
始めにアメリカ軍のマーキングを例に挙げてみよう。ざっくり2つの傾向に分けると、ひとつはミルスペックや契約番号などが記載されているもの、もう一方はシンプルに記号だけが表記されているものとなる。
年代によって表記のテイストが異なる点も面白い。
■ロンジン アメリカ陸軍航空隊 タイプA-11

こちらのロンジンの時計は、第二次世界大戦でアメリカ陸軍航空隊(U.S.Army Air Corps)に支給された「タイプA-11」の最初期のモデルだ。

裏蓋の全面に記されたマーキングは独特の雰囲気。ホワイトダイヤルは大変稀少で、1942年まで生産されたと言われている。手書きでのマーキングはこの時代ならではの味わいが感じられる。
■エルジン アメリカ陸軍 ホワイトダイアル OF

前述の「タイプA-11」と同時代のエルジンの軍用時計。

量産用の時計であったためか、マーキングは必要最低限の情報で収まっている。このモデルは一般兵に支給された時計で「OF」は防水時計を示す。
■ウォルサム アメリカ空軍 タイプA-17 MIL-W-6433

第二次世界大戦後に登場した「タイプA-17」は、「タイプA-11」の後続機にあたるパイロットウォッチだ。
この頃になるとアメリカ軍のマーキングはほぼ完成され、「ミルスペック」が表示されるようになる。

手書きの時代と比べるとマーキングの可読性は飛躍的に向上している。
マーキングの情報は、時計のモデル名、ミルスペック番号、時計製造社パーツ番号、時計製造社番号、軍契約番号、時計製造社名、アメリカ合衆国官有品などが記されている。
2.ブロードアローが示す「イギリス軍」の矜持
17世紀末からイギリス政府によって、政府所有の官給品に刻印された「ブロードアロー」は、イギリス軍の象徴として広く認知されている。
裏蓋のマーキングについては、陸・海・空軍を簡単に判別できる情報が記載されるものが多い。
第二次世界大戦と1950年代以降で内容は大きく変わリ、第二次世界大戦時のイギリス陸軍専用の防水時計「W.W.W. (Waterproof Wrist Watch)」を始め、いくつかのバリエーションがある。
■オメガ イギリス陸軍 W.W.W. ダーティ・ダース

第二次世界大戦でイギリス陸軍が使用した防水時計、通称“ダーティ・ダース”。マーキングでも見受けられる「W.W.W.」は、“Waterproof Wrist Watch”の略称である。
こちらは大変人気が高いオメガのモデル。標準的なサイズ感の35mm径のケース、手巻き名機“30mmキャリバー”を搭載と、トータルバランスに秀でている。

3段目の頭文字の「Y」はオメガに与えたれた特別な管理コード。イギリス軍の象徴である「ブロードアロー」は、文字盤、ケースバックの両面の3箇所に入る。
■レマニア イギリス海軍 H.S.9 クロノグラフ シリーズ1

レマニアのワンプッシュクロノグラフの初期モデル「シリーズ1」は、イギリス軍が初めて採用したクロノグラフだ。

ケースバックには、必要最低限のマーキングが入る。文字盤にはブランドロゴなども一切入らない。ケースバックの情報から「HS(Hydrographic Survey)」「ブロードアロー」などの刻印から出自を判断できる。
■オメガ イギリス空軍 ウィームス Mk.7A 6B/159

第二次世界大戦時にイギリス空軍は、ロンジン、ルクルト、ゼニス、モバード、オメガらのブランドに、「ウィームス」を発注。
秒針を止めるハック機能がなくても、回転ベゼルを秒針に合わせることで時間の経過を秒単位で読むことができる機能は、空軍のミッション全般に適していた。

味のある書体が刻まれた雰囲気抜群のケースバック。「6B」の刻印から空軍のモデルであることがわかる。
この個体は、ロンドンの宝石店「ゴールドスミス&シルバースミス」が仲介に入り、軍に納入された希少種だ。「A.M.」は空軍省(Air Ministry)を表し、のちにモデル名の書き換えが行われている。
■ハミルトン イギリス空軍 ラウンドケース Cal.S75S 後期型

「マーク11」と酷似したデザインを持つ、イギリス空軍のパイロットウォッチ。
文字盤には、夜光塗料にトリチウムを使用したことを意味する「T」マークと「ブロードアロー」をプリント。

成熟された時代の時計ゆえ、マーキングも洗練されたレイアウトに。前期と後期があり、1967年から支給された後期は「Cal.S75S」を採用。ケースバックに刻印されたNATOコード「9614045」は、ハック機能を示している。
そこからも当時の最先端を行くモデルであったことが見て取れる。
しっかりとした知識がないと何を表しているのかわからない「マーキング」。しかしそこには知れば知るほど楽しくなるヴィンテージミリタリーウォッチの魅力が詰まっているのだ。
次回はフランス。ドイツ軍のマーキングを見ていこう。

[取材協力]
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軍用を出自とするミリタリーウォッチは、国や時代、用途などによって驚くほど奥が深い。そんな一朝一夕には語れない世界に飛び込む“新兵”へ向けた短期集中訓練(ブートキャンプ)。 上に戻る
※本文中における素材の略称:SS=ステンレススチール
戸叶庸之=編集・文