アバルト 595は、いわゆるホットハッチと呼ばれる車種だ。刺激的な走りが特徴だが、コンパクトサイズということもあって決して扱いづらいものではなく、むしろ気持ち良さがウリ。
大人4人が乗れるし、荷室容量(185L)が許容できれば、これほど楽しい車はほかにはないのだ。
ABARTH 595 アバルト 595
アバルトはもともと、主にフィアット車をベースにチューンした競技車両の開発やパーツ販売をしていた会社で、今ではイタリアを代表するブランドに。昔から得意としてきた「走ることの楽しさ」を最優先する造りは、今や“エンスー”だけでなく、多くの人に受け入れられていることを右肩上がりの販売実績が証明している。
この車、大まじめに遊んでます
日本におけるアバルトブランドの販売台数は、フィアット傘下においての展開開始から10年余、ほぼ伸びっぱなしなわけですが、その当初から看板を支えてきたのがフィアット500をベースとしたアバルト500系、現在のアバルト 595となります。
さらに特徴的な数字を挙げると、販売におけるMTモデルの比率は約5割。つまり道端のアバルト 595の2台に1台は、わざわざクラッチとシフトレバーを操作して走っているわけです。そんな車はほかにマツダ ロードスターやホンダ S660くらいではないでしょうか。つまり非常に趣味性が高い銘柄のひとつとして受け入れられていることになります。
確かにMTを駆使して走るアバルト 595はめっちゃ楽しい。街でも山道でもサイズとパワーを思い切り活かして自由自在に立ち回れる、この小兵ぶりが好き者心をくすぐります。そう、最近のスポーツカーは車線に収めるだけでも大変なくらい肥大化してしまいました。それらに比べるとこの車は素っ裸で素振りしているような開放感や爽快感が味わえるんですね。
可愛い見た目にガチの中身。

渡辺敏史
出版社で自動車/バイク雑誌の編集に携わったあと、独立。自動車誌での執筆量が非常に多いジャーナリストのひとり。車の評価基準は、市井の人の暮らしにとって、いいものかどうか。
イタリア人の良さが濃縮された車
20代の頃、1カ月だけのつもりでフィレンツェに行ったのですが、居心地が良すぎて結局3年いました(笑)。イタリアの何がそんなに気に入ったかといえば、やっぱり「人」なんですよね。今の東京人からは消えてしまったイタリア人の人懐っこさというか優しさみたいなものに、とことんやられてしまったんです。
以前アバルト 500に乗っていましたが、アバルト 595を見て思うのは「イタリア人のいいところが濃縮されてる車だな」ということです。彼らは、内面的には実は根暗だったりもするのですが、表面上はとても明るいというかサービス精神が旺盛で、そして伝統を重んじる。だから、アバルト 595の先祖にあたる昔のフィアット 500も、今なおすごく大事にされてますよね。
アバルト 595は、往年のフィアット 500から続く伝統を十二分に重んじながら新しいモノを上手に融合させている。
そういった意味で、もしもアバルト 595を料理に例えるとしたら「唐辛子を多めに利かせたアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」。ニンニクとオイルのイタリア伝統のソースをベースに、ピリッと唐辛子でアクセントを加えたパスタ。これは日本人がざる蕎麦を愛する感覚に近いかも。だからきっと、日本人もアバルト 595に乗れば好きになると思います。

須田祐司
東京・四谷にあるイタリアンレストランのオーナーシェフ。「フィレンツェの裏通りにあるトラットリア」が店のコンセプト。アバルトを専門にチューンする会社に勤めていた経歴も持つ。

“激辛”がお好みの諸君へ
暑いっすね。この原稿を書いている時点でも暑いけれど、これをお読みになる頃のほうがもっと暑いはずだ。で、唐突ですが、今日の昼飯、何を食べます? 素麺と冷奴でさっぱりと済ますというのも一案だ。
一方で、激辛カレーや麻婆豆腐、熱くて辛い“ホットな食べ物”で立ち向かうという手もある。
乗り心地はビシッと引き締まっていて、エチオピア(神保町の名店です)の50倍カレーのようにガツンとくる。足回りを締め上げているのには理由があって、ハンドルをちょこっと切っただけでもビビビッと反応するようなセッティングなのだ。
ビビッドに反応するのはエンジンも同じで、アクセルを踏む右足の親指に力を入れただけでグイッと前に出ようとして、乾いた快音が鼓膜を震わす。
ハンドルとアクセルの電光石火のレスポンスと対決しながら走らせていると、腹の底から元気が湧いてくる。さすがにエアコン完備だから汗をかくようなことはないけれど、運転を終えるとひと汗かいたような爽快感がある。スカッとするぜ!
もし、もっと辛いモノがお好みなら、オプションのエキゾーストシステム、レコードモンツァ(税込み18万1500円也)をどうぞ。音と加速感の刺激がマシマシ、50倍カレーが70倍カレーに変身する。

サトータケシ
出版社勤務を経て独立、フリーランスのライター/エディターとして活動。愛車シトロエン C6のエアコンのガスがダダ漏れ、窓を全開にしてアバルト 595とは別の意味でホットな夏を過ごしている。
100点満点ではないところがいい
ある時期からイタリア車が大好きになって、今は1957年型の古いアルファロメオに乗ってますし、アバルト 695 Cリヴァーレも所有しています。
アバルト 595は、日本人には造れない類いの車だと思いますね。欠点も多いんですよ。でもエンジンの楽しさやデザイン、色使いなどに関しては突出してます。ダメな部分もあるんだけど、突出している部分はものすごく突出して素晴らしいんです。
それって服においても同じだと思います。日本の服って、細かいところまで本当にビシッと几帳面に縫われてますが、イタリアの服は必ずしもそうではない。いい意味で、力の抜き加減がうまいんです。でもその代わり、こだわるところにはとことんこだわる。だから、一本筋の通った遊びの利いた服が生まれるんでしょうね。
すべてにおいて100点満点を目指すと、だいたいは「平均で80点」みたいになってしまう。でもアバルトはそもそも「すべて100点満点」なんか目指してないんですよ。だからその分、デザインの美しさやエンジンの気持ち良さに関しては、ほかとはちょっと次元が違います。
万人受けはしないかもしれませんが、イタリアの服やカルチャーのことがわかる人なら、アバルトの良さもきっとわかるはずです。

小林 裕
タリアトーレやバグッタなど、イタリアの人気ファッションブランドを取り扱うトレメッツォ代表。イタリアで毎年開催されるクラシックカーレースの祭典、ミッレミリアにも参戦経験あり。

ヒエラルキーなんて関係ない
さるクラシックカーイベントに帯同するためにモナコを訪れた際、フェラーリやベントレーなどの超高級車たちに交じって、現地ナンバーを付けたおびただしい数のアバルト 500、あるいは595や695が、街中をキビキビと快走していることに目を見張った。
今回の主役である「595」を含むすべての500系アバルトの魅力は、自動車業界に今なお残るヒエラルキーとは一線を画した「特別な世界」を構築していることにある。かつて数年間にわたってアバルト 500を愛用していた筆者は、そう確信している。
アバルト往年の名作を現代に昇華させたルックスのみならず、絶対的な速さよりも感覚的な速さを追求した走り。そして、劇画の擬音を思わせる「ブロロロッ」という排気音にいたるまで、すべてがスペシャル。フィアット500という可愛いコンパクトカーをベースとしつつも、アバルト固有の世界観を日常でも体感させてくれる。
だから、たとえ路上でフェラーリやランボルギーニなどと並んだとしても、引け目を感じることなどない。「スペシャルな車」という点においては、まったく同等という自己満足に浸ることができる。
往年のレースシーンで大排気量車と対等に渡り合ったアバルトの伝説は、現代の日常においても味わうことができるのだ。

武田公実
フェラーリの日本総代理店で勤務したのち渡伊。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所を経て、ライターとして独立。各種自動車イベントに参画するほか、自動車博物館の企画・監修に携わる。
アバルトに乗って人生に転機が!
先日湘南に引っ越しました。都内に住んでいたときは、移動はタクシーを使えばそれでよかったのですが、湘南から都内まで通うとなると、やっぱり“通勤車”が必要になる。そのために、アバルト 595を買ったんです。
で、なかなか素敵な車だとは思ったのですが、もうちょっと刺激が欲しい。少しだけ速く走れるようにチューンしたいなと思って、いろいろと調べてたら、英国のとあるチューナーに行き着きました。で、そこに各種パーツを直接注文して、日本の業者に取り付けてもらったのですが、まぁとにかく素晴らしい一台に仕上がりました。その英国製パーツ、本当に最強です。
そしてふと思ったんです。「こんなにいいモノは、日本のみんなにも知ってもらいたい!」って。なのでこのたび、アバルト 595用パーツを輸入販売するビジネスもやることになりました(笑)。
ビジネスというよりは「ライフワーク」かな? ファッションビジネスとある意味同じで、海外の、自分が本当に「イイ!」と思ったものを買い付けて、それを日本で広めたいという。自分の、これまで培ってきたPRの経験や技術を活かしてみたいと思います。
だから今は、儲けは度外視でアバルトに熱が高まってます。デモカー置いて、好きな人たちの溜まり場にもなる実店舗も造る。これぐらい心が燃えるのは、やっぱりアバルトだからなんでしょうね。つまらない車だとやっぱり燃えませんよ、男は。

岩田 吾
不動産業界からファッション業界へ転身後、PRやブランディング、イベントディレクションなど多岐にわたり活動。ドライビング技術向上のためにと、カートレースを趣味にするほどの車好き。

谷津正行=文