上質でベーシックな服を作るブランド「ノア」。
男のワードローブに相応しい服が揃うこのブランドには、サステイナブルな精神が根付いていた。
サーフ、スケート、音楽や映画からインスピレーションを得た服
原宿に旗艦店となる「ノア クラブハウス」をオープンし、本格的に日本上陸を果たしたのは2017年のこと。当時ノアというブランドはオーシャンズを含め多くのメディアから注目された。その主な理由は、創業者であるブレンドン・バベンジンさんの経歴による。
それは「元シュプリームのクリエイティブディレクター」。25年にわたりストリートファッションの頂点で仕事をしてきた男が手掛ける新ブランドであったから、耳目を集めたのは当然のことだった。
ではそこから約4年という時間を経た現在、ノアとはどういうブランドだと認識されているのか。それはおそらく「上質でベーシックな服を作るブランド」である。
テーラードの基本を押さえたスーツがあり、アイビーの系譜に連なるスイングトップやラガーシャツがあり、はき込むほどに味わいが増すデニムがある。選ぶ人たちはきっとブレンドンさんの経歴を知らない。知っていたとしても、経歴に惹かれて購入したわけじゃない。
服そのものに魅力を感じて、ノアのアイテムを自分のワードローブに加えたのである。ブレンドンさんは「ノアは決して“アートプロジェクト”ではありませんからね」と言う。

「私自身、アーティスティックな気質のデザイナーでもありません。
現在ノアには、多くのサステイナブルなアイテムが用意されている。だがサステイナブルであるという以前に、我々大人が惹かれる服が十分に揃っていることを書いておきたかった。
決して気取らないが、どこかNYの洗練を感じさせる服。それが、ノアというブランドを語るうえで最も大事なことのような気がするのだ。
40年を経た今も鮮明に思い出すサーフショップのボスの言葉
ブレンドンさんの出身はニューヨーク州ロングアイランド。そのほぼ中央に位置するグレート・サウス・ベイで育った。大都会マンハッタンからクルマで約1時間ほど。子供の頃は多くの時間をビーチで過ごしたという。サーフィンを覚えたのも、もちろんこの場所だ。
「環境問題について興味を持ったのは14歳の頃でした。
1980年代半ばの話である。そのボスは「サーフィンに関わる企業は、環境を守るために先陣を切って行動しなければならない」と、常々話していたそうだ。その行動ひとつで、環境は復活もすれば悪化もするのだと。彼は大手アパレル企業が発送の際に毎回詰めてくる「発泡スチロールの緩衝材」について、心底怒っていたという。
「そもそも服はワレモノではありませんからね(笑)。あの緩衝材は何の理由もなくゴミとなる“公害そのもの”だったと思います」。

こうしたブレンドンさんの実体験は、ノアのモノ作りに大きな影響を与えている。第一にサーフィンそのものから受けた影響だ。ボードショーツのラインナップはサーフアパレル並みの充実ぶり。服だけではなく、オリジナルのサーフボードやサーフワックスまで販売している。
サーフィンは、海や水に関する環境問題にセンシティブに反応する心を育むアクティビティでもある。

「もちろん私たちの取り組み自体は小さなものです。でも“ペットボトルを購入しない”という選択が少しずつでも増えていけば、大企業はペットボトルの生産をやめざるをえないでしょう」。
またアパレル企業は宿命的に、流通から販売の段階までプラスチック由来の大量の梱包材や緩衝材を使う。ノアも例外ではないが、過剰包装をやめ、輸送時のビニールは土に還る素材などを試しているという。
また購入時のショッパーにはリサイクル紙を使用。きっと14歳の頃に聞いたサーフショップのボスの怒りの言葉が、ブレンドンさんの頭のどこかに引っかかっていたのだろう。
リサイクルをキーワードとした“サステナ服”も多数ラインナップする。リサイクルキャンバスを使用したトートやボストンバッグに、リサイクルナイロンとリサイクルカシミヤの中綿を使ったパフジャケット。
カラーバリエーション豊富なリサイクルコットン100%のTシャツは、今やノアを代表するアイテムと言っていい。

「モノとしてのクオリティも素晴らしいと自負しています。
環境問題への配慮と、リサイクル素材の積極的な活用。そしてサステイナブルに対する視点として大事にしているのが「長く着られる服を作る」ことだ。つまりトレンドに左右されない、高品質でタフな服。
例えば定番商品のラガーシャツやデニムがそれだ。

ひとつの服を長く大切に着れば、おのずと無駄な消費が減るというわけである。
利益の追求のみにこだわらず新しいタイプのビジネスを目指す

冒頭に書いたとおり、ノアの服はとても洗練されている。サステイナブルに対する取り組みを知らずとも自然に手が出る服だと思う。だがその取り組みを知れば、より深い満足感が得られるはずだ。ブレンドンさんは、ブランドとしての哲学と考え方を、こんなふうに説明してくれた。
「消費量を少なくすることが、最も重要だと信じています。ビジネスとしてはある意味逆説的なのですが。言い換えれば“より少ないモノで幸せになるべき”だと思うんです」。
この言葉に打たれる人は少なくないはず。オーシャンズを読まれる諸兄には多かれ少なかれ服に対する収集欲があり、新しいモノに対する好奇心があるからだ。限りなく膨らむワードローブに自己満足と自己嫌悪を同時に抱くファッション好きという人種にとって、この言葉はストレートに刺さる。

「根本的な問題はふたつあります。まず個人個人がすべてを欲しがり、あらゆるモノを手に入れることが幸せだと思っている点。そしてあらゆるビジネスは経済的な成功という観点でのみ構築されているという点。それが私たちの生きているシステムの大きな欠陥だと思います」。
つまり「個人は必要以上に欲せず、企業は利益のみを追求しない」という意識を持てば、この根本的な問題は解決の方向へ向かうのではないか。
サステイナブルに関する多くの問題の解決のためには、システムとテクノロジーの整備・進化以上に、社会全体の意識改革が重要なのかもしれない。
「だから、私たちにとってノアは新しい種類のビジネスなんです。私たちがパートナーと考えるすべての関係者、スタッフ、消費者と利益を分かち合うこと。今までのビジネスの成功の意味を再考すること。社会格差から環境汚染までその状況を変えていく一端を担うこと。
世界をより良い場所にするために、すべての人たちと学び合うビジネスにしたいと思っているんです」。
NOAH ノア
創業者:ブレンドン・バベンジン
本社所在地:アメリカ・NY
店舗:NY、東京、大阪(ロンドン、LA、銀座の各ドーバー ストリートマケット店舗内にも)
ドネーション:「1% for the Planet」加盟
Sustainable Keywords
・「長く着られる服」には価値がある
・リサイクル素材の積極的な活用
・消費者とともに学び合う新しいビジネス
鈴木泰之=写真 加瀬友重=編集・文