〈前編の続き〉
自給自足の生活を文字どおり手探りで目指す、山田孝之の新プロジェクト「原点回帰」。
前編では、山田さんが自然農法にこだわる理由や、ネガティブをポジティブに変える“仕事の流儀”を深堀りした。
後編では、畑に足を踏み入れたことで見えてきた現実や、“理想の島”で実現したいことなど、山田さんが描く未来とその原動力の源泉に迫った。
畑だけじゃなく、森や海とも繋がっていた
「原点回帰」では、山田さんが各業界の匠を次々に訪ねて対談し、メンバーと一緒に自給自足に必要な知識や技術を学んでいる。
その匠というのが、畑で自然農法を教えてくれている“菌ちゃん先生”こと吉田俊道さんや、「野口のタネ」の野口 勲さんだ。

「自然農を始めるにあたって、吉田先生や野口さんと対談しましたが、2人が口をそろえて言ったのは、『農業のことだけを考えれば済む話じゃないんだよ』ってことでした」。
一体、どういうことか。
「僕は農薬を使いたくないから自然農を選びましたけど、このあたりは鹿が降りてくるんですね。畑を荒らす存在だから、僕らにとっては “獣害”になるんですけど、なんで鹿が降りてくるかというと、森に食べものがないからなんです。
じゃあ、なんで森に鹿のエサとなる植物が育たないのかと考えると、日本の森が抱える問題に辿り着くんですよ。そして、森は雨をとおして海に栄養を供給し、プランクトンを増やす存在でもある。だから、森に問題があれば、海の生態系にも影響するんです」。
畑も森も海も、自然界では深く繋がり合っている。当たり前のことなのに、その当たり前のことを忘れ、人間は自分たちに都合のいいペースで生きてしまう。
便利さと引き換えに、人間が失ってしまった原点に回帰する――これこそが、山田さんのプロジェクトの目指す先なのだ。

「地球で生きてるってことを、つい忘れませんか?」
山田さんは我々にそう問いかける。
「例えば、田舎に行くと自然だけしかなくて、何もないように見えるじゃないですか。でもそれって、人のスピードで生きてるから見えてないだけなんですよ。木だって息をしているし、草も毎日成長している。枯れて倒れた木が土に還るとか、森の実を鳥が食べてフンが土の栄養になるとか。
都会だと、人と人が気を遣い合いながら生きてるだけに感じてしまう。もう少し地球のペースで生きるほうが僕は健全だと思ってます」。
日本の6割以上が森林なのに、国産の木材資源は20%台

畑と森の関係に話を戻そう。
「森の中に入ったら分かりますが、一本一本の木がすごく細い。こんなに木が生えていても、木材の資源として使うこともできてないんですよ。本当はちゃんと間伐して、太陽の陽が当たるようにして、一本の幹を太くしないといけないんです」。
間伐していない森は、お互いがぶつからないように、上へ上へ伸びるしかない。幹も細く根も浅く、根同士も絡まり合っているという。
また、国土の6割以上が森林なのに、木材資源として利用できているのは20%台で、年間に利用する木材の7割以上を東南アジアなどに頼っている。現地では過剰な森林伐採の影響による砂漠化も起きていて、原住民の住む場所を奪ってしまっているという現実も無視できない。

「畑を始めていろんなことを学び始めたら、食料自給率の問題だけじゃなく、予期せぬ規模の問題が立ちはだかってきちゃって……。これはいろいろ勉強しないといけないし、みんなでやれることをやって行くしかないなと思っています」。
「ネガティブはまったくない。ただ、生きるためにやる」
安全なものを口にしたい。自分で畑をやってみたい。最初はそんな思いで農業を始めた山田さんだったが、次第に膨大で深刻な問題に直面してゆく。
それを煩わしく思い、投げ出したくなることはないのだろうか。

「ネガティブは全然ないですよ。このままだと世界はああなっちゃう、こうなっちゃう……ってネガティブに捉えるんじゃなく、何があっても大丈夫なように“これを学んでおこう”、“あれをできるようになっておこう”って考えています。
あそこを飛んでいるツバメもそうですが、昆虫も動物も、みんな生きるためにしか行動してないですよね。それって、すごい素敵じゃないですか。今、こうして畑をやってるのも、問題を知って学んで実践しているのも、ただ生きるためにやってることなんです」。

畑も森も海も、繋っているからこそ、負の循環が生まれれば、人間の生死に関わる環境問題を引き起こす。解決の糸口が見えず途方に暮れてしまいそうだが、循環をプラスに転じさせる方法はいくらでもある。やれることも、まだたくさんある。
そう笑顔で話す山田さんは、どこか楽しんでいるようにさえ見えた。
「これからもワクワクしながら、みんなで一緒に畑を耕したり、学んだりして生きていきますよ」。
生きるうえで“ワクワク”するかどうかは“超”重要

「ワクワクしてないと死んでしまう」。
テレビでも似たような発言をしていたが、山田さんは度々そんなことを口にする。
「俳優の仕事もCMもそうですが、オファーを受けるときにワクワクするかは超重要ですね。企画書を見て、『あぁ、これは面白くなりそうだな』とか、『面白くできそうだな』って思ったら、一回担当者に会ってみたりします。
そう話す表情は、至って真剣だ。
「僕は俳優になってからの22年間、ずっと架空の逃げ道を作り続けてきたんです。俳優しかやらずにいたら、嫌なことも我慢してやり続けちゃうかもしれない。でも、俳優の仕事って自分じゃない人間を作ることだから、やりすぎたら精神がおかしくなる職業でもあるんです。我慢してやりたくないし、むしろやったらダメだと思います。
なので、芝居よりももっと楽しめることがあるはずだって、それを見つけるまでは芝居を続けようって、そうやって架空の逃げ道を作ることで俳優を続けてきたんです」。

ひとつのことにしがみつかず、しなやかに生きていけるよう作り出した架空の逃げ道。
「原点回帰」もきっとそのひとつで、俳優の仕事で疲れたら畑に戻って地球のペースを思い出せばいいし、パワーチャージできたら、俳優の仕事もまた頑張ればいい。
もし芸能界から明日必要とされなくなっても、自分で食べ物を作って生活できるし、それを一緒に楽しめる仲間もいる。山田さんのなかのサイクルは、とてもきれいに循環しているようだった。
“理想の島”に辿り着く日、描く未来図のカタチ

「原点回帰」というプロジェクトは、 “理想の島”で自給自足をすることを目標としており、今はその舞台となる島を探している最中だ。
「僕の感覚では2年以内に島が見つかると思ってます。自給自足と言っても、みんなでそこで暮らそうっていう話じゃないんです。
都会から来た人が地球の循環のことを学んだり、何があっても生活できるための知識をつけたりする場にしたい。で、それを自分の住環境に持ち帰ってもらう。自宅のベランダでもプランターを使えば自然農はできるし、日本中、放置されている畑もめちゃめちゃある。そこで、自分で食べる分の野菜を農薬に頼らず作れたら、安全・安心じゃないですか」。

アートが好きな山田さんには、“理想の島”にアートビレッジを作るという構想もあるそうだ。
「まだ知られていないアーティストに、1カ月くらい島に住んでもらって、農業をやりながら絵を描いてもらう。それで、帰るときにひとつだけ絵を置いていってもらえば、どんどん島にアーティストたちの絵が集まりますよね。それを見にくる人もたくさんいるでしょう。考えるだけでワクワクしませんか?」。
◇
日本を代表する名俳優、山田孝之。
それでも今は、海に囲まれた大地で土にまみれる彼の笑顔が浮かんでやまない。

「原点回帰」第二期帰人の募集スタート!

佐藤ゆたか=写真 ぎぎまき=取材・文