俺のクルマと、アイツのクルマ
男にとって車は名刺代わり。だから、いい車に乗っている人に男は憧れる。
■22人目■
阿部訓諭さん(45歳)
アベサトシ。ファッションデザイナー、パブマスター。名刺にはマジシャンという記載も。「パブでお客さま相手に喜んでもらうためで、大した手品はできません(笑)」。
現在コロナ禍のためキッチンカーに改造したミニ・トラベラーでのお酒の販売も行っている。Instagram:キッチンカー @ipcresstraveller
■モーリス ミニ・トラベラー■

天才技術者アレック・イシゴニスが作った、世界的名車「ミニ」。そのホイールベースが伸ばされて荷室が備えられたのが「ミニ・バン」で、ミニ・バンをベースとしたワゴンがこの車だ。
登場したのは1960年。モーリスでは「ミニ・トラベラー」として、オースチンブランドからは「カントリーマン」として販売された。ミニ・バンと大きく違うのは、荷室部分にも引き違い式の窓が備えられたことと、ボディのサイドとリアに取り付けられたウッドフレームだ。
コロナ禍のピンチを救う救世主に
阿部さんにとって、愛車は人生の救世主だ。
現在乗っているのはモーリスのミニ・トラベラー、購入した理由は「コロナ禍を生き抜くため」だという。
「1968年式からはマークIIになってバンパーが異なるんです」。女性スタッフも運転出来るようにとAT車を探し、ようやく見つけた木枠の腐っていない、程度の良いマークI。
「たぶん、世界最小の自走式ロンドンパブですよ」。

東京・向島でパブを営んでいる阿部さん。1Fはロンドンパブ風の、2Fはサイケデリック風の店だ。格安で貸してくれている大家さんは、内装のリノベーションも自由にやらせてくれた。
「凝り性なんで、他人に任せるのが嫌なんです」と賃料を払ったまま店を開けずに約1年間、DIYで内装を仕上げた。

2011年にお店をオープン。周囲に若い層がお酒を飲める店があまりなかったこともあり、あっという間に常連がたくさんできた。
ところが昨今の新型コロナである。
「休業要請、時短要請、酒類の提供禁止、感染予防のため席の間引き……とてもじゃないですが、商売にならないんですよ」。
しかし阿部さんはめげなかった。「キッチンカーを試してみよう」。それも料理ではなく、お酒専門の。
「キッチンカーはまず見た目が勝負だと思ったんです。お客さんは『何だろう? 何か可愛いから寄ってみよう』それで初めて利用してくれて、あとは味や金額でようやく判断されます」。
確かに、お客からすればまずは見た目、そのあと口に入れて気に入るかどうか判断するものだ。

だからこそのミニ・トラベラー。昨年の夏頃に購入した。ところが納車わずか1週間後にトランスミッションが壊れてしまった。
修理工場に持っていくとエンジンも怪しいから、合わせて100万円はかかると言われた。「何とか60万円は工面したのですが、コロナ禍でとてもそれ以上は……」。
しかし、ここでも阿部さんは諦めなかった。クラウドファンディングで修理代を集めようと考えたのだ。
「お礼に私のデザインしたTシャツと、パブで使えるドリンクチケットを用意しました」。すると常連さんたちを中心に支援が集まり、1カ月間で130万円近く集まった。改めて昨年10月からキッチンカーをオープン。
「おかげで今は快適に走れます」。現在は週末の公園でビールやカクテルを販売している。
初めての車は、モッズ好きが高じたボルボ・P1800S
実は阿部さん、本業はファッションデザイナーだ。「高校生の頃は周りと同じくアメカジだったのですが、女友達から『阿部くんは細いから、アメカジよりもモッズのほうが似合いそう』と言われたのがきっかけで、モッズカルチャーにハマっていったんです」。
高校卒業後はファッション系の専門学校へ入り、卒業後に自らのブランドを立ち上げた。しかし世の中そんなに甘くはない。

「そこで食べるためにまず通信関係の営業を始めたんです」。すると自分でも知らなかった才能が開花!?したのか、お客さんが別のお客さんを紹介してくれるという好循環に。
モッズがボルボ?と思うかも知れないが、実はザ・フーのボーカル、ロジャー・ダルトリーが乗っていたことでモッズファンの中では有名な車。
またイギリスのテレビ番組ではロジャー・ムーアの愛車として毎週登場していた。「しかも見つけたのがダルトリーと同じ1964年式でした」。
一方で営業成績も相変わらず好調だった。「けれど、一生続ける仕事ではないと思っていました」。ある程度の資金が貯まると、営業の仕事をやめ、向島でパブを開くことに。
「パブは、ファッションデザイナーとしてのショールームを兼ねられるし、そこでカスタムオーダーで服や靴を作ろうと思ったんです」。

ところがパブを開業して間もない頃、資金がショートしてしまう。
慣れないパブと、ファッションの仕事の両立。見通しが甘かった。
購入したときよりも高く売れ、ようやく資金ショートの穴を埋めることができた。ボルボが阿部さんを救ったのだ。
そして今度は、コロナ禍の阿部さんをミニ・トラベラーが助けようとしている。
ミニの次は、ビートルズのツアーバン!
パブ同様、ミニ・トラベラーも阿部さんはDIYでキッチンカーにした。もちろん保健所の審査も通った。思惑通り「何これ?可愛い!」と人が集まっている。
「凝り性なので、あれこれ仕様を整えているのですが、リプロダクト品が嫌いで(笑)」お金はかかるが、これも客寄せのためと、少しずつステアリングやブレーキランプ、フォグランプ、フェンダー……と変えている。
そんな夫を阿部さんの妻はどう思っているのだろう。「実は妻がこの車を気に入ってしまい、運転したいと今免許を取りに行ってます」。

キッチンカーとして使うのは土日がほとんど。
「腰を痛めそうなのと、あと屈んで作業をするのでお客さんの顔がよく見えないんです。だから常連さんが来ても、声をかけてもらえないと気づかないし、気づいてもその人の目を見て挨拶しようとすると、かなり大変なんです」。

そこで阿部さん、またも動いた。
「キッチンカー商売を1年やってみて、ある程度自信が生まれたこともありますが、もう1台買いました」。え? 買いますじゃなく、買いました!?
「ビートルズが初期の頃に、ツアーバスとして利用したルーツ社のカマーという商用バンがあるのですが、それをインターネットで見つけてイギリスから輸入しました」。何でも取材日の翌日に横浜へ上陸するのだという。モーリスのミニ・トラベラーキッチンカーはスタッフに任せて、今後は2台体制に。

阿部さんにとって、車に乗ることやカスタムすることは仕事でもあり趣味でもある。自身も認める凝り性な性格は、今後もどんどんミニ・トラベラーとの関係を深め、自分とお客さんを喜ばせていくだろう。
そして今頃は、新しいカマーのキッチンカーも東京のどこかで見かけることができるかもしれない。「ミニ・トラベラーもカマーもちょっと気になるな」と思ったら、彼のインスタグラムをチェックしてみて。
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鳥居健次郎=写真 籠島康弘=取材・文