看板娘という名の愉悦 Vol.42
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。
また、名店を見つけてしまった。埼玉県川口市。キューポラ(鉄の溶解炉)のある街として知られ、駅前にはモニュメントも立っている。
駅から徒歩数分の場所に居酒屋「たぬき」がある。

地元の人々に愛されている店で毎日16時からオープン。店内を覗くと看板娘の姿が見えた。


オススメのお酒を聞くと「生ぐさ」(450円)。


こちらは愛理香さん(22歳)。川口生まれ、川口育ちの看板娘だ。

アジは水槽で泳いでいるものを活け締めしており、皿の上でビクンビクンと跳ねている。


「うちは来月で創業42年。女性スタッフは10人いますが、なぜか昔からかわいい子が集まるんですよ」

豚肉と玉ねぎで作る串カツは創業時からレシピを変えていない。「たぬき」という店名は京都の狸谷山不動院からいただいたという。

さて、愛理香さんのアルバイト歴は高校時代から始まる。
「高校3年生から19歳までメイド喫茶で働いていました。中学生のときに秋葉原のメイドカフェに行って以来、ずっと憧れていたんです」

その後、原宿の雑貨屋に移ったが「キツすぎる」という理由で3日で辞めた。
「雨が降っているのに呼び込みをさせられるのが嫌だったんです。お昼の休憩時間にそのまま家に帰りました」
平成生まれならではのフレキシブルな思考である。
「ここで働き始めたのは2年ぐらい前から。タウンワークで見つけて、お父さんと一緒に下見に来ました」
雰囲気も良く、ご飯も美味しい。結果、父から「いいんじゃね?」というお墨付きが出た。
「スタッフ同士も仲がいいし、楽しく働いています。あ、でも、1回だけ辞めようと思ったことがありました。混んでるときに同じ注文が入ると、どこのテーブルに先に持っていくかがわからなくなるんです」

しかし、看板娘の評価は高い。先の森岡さんは「こう見えて、意外と人思いなんですよ。僕がシルバニアファミリーを好きなのを知っていて、誕生日にキーホルダーをくれました」と相好を崩す。

こちらの後輩も「韓国のアイドルみたいでかわいい。あと、インスタ映えするスポットに詳しいですね」。川口のインスタスポットを尋ねると「ありません」と即答だった。
実際に愛理香さんは韓国の男性アイドルにハマっていて、つい先日もソウルに旅行に行っていたそうだ。
「Wanna Oneというグループの大ファンで、ソウルでは駅中の広告や彼らが行きつけの焼肉屋さんを巡ったりしました」

そんな愛理香さんに最近うれしかったことを聞くと意外な答えが返ってきた。
「私が中1の時にママが亡くなったんですが、パパはすぐに再婚して知らない女性と暮らすことになりました。そのストレスがひどくて」
10年間抗議し続けた結果、その女性がようやく家を出て行くことになったそうだ。なるほど、人はさまざまな事情を抱えて生きている。愛犬の「ひなこ」ちゃんは13歳なので、愛理香さんにとってはこちらのほうが付き合いは長い。

10年分の拍手を送りつつ、改めて店内を見渡すと「細字用眼鏡」が目に入った。
「あ、これ最初は『老眼鏡』にしていたら誰も手に取ろうとしないんです。『細字用』にしたら、みんな使うようになりました」

さて、看板娘の栄えある前途を祝しつつ、お会計を。読者へのメッセージもお願いします。

【取材協力】
たぬき川口店
住所:埼玉県川口市栄町3-11-6
電話番号:048-256-7185
石原たきび=取材・文