原作の主人公リック・デッカードは、結婚生活が上手くいっていない甲斐性なし。大義名分はあったとしても、警察の依頼に従い無抵抗なアンドロイドを撃ち殺すのが仕事なので、〈警察に雇われた人殺し〉と妻から軽蔑されています。
〈生まれてこのかた、おれは1人の人間も殺したことはないぞ〉と言い返しても、〈かわいそうなアンドロイドを殺しただけよね〉と、もはや取り持つ術なし。そんな妻の機嫌を、感情を望んだ方向にもっていける「ペンフィールド情調オルガン」で治そうと設定したりしていて、文句無しでダサい男選手権優勝候補だったりもします。
映画にする際、この設定を変更したのが、当時はまだ売れない俳優で後に『ブレードランナー』の総指揮を務めるハンプトン・ファンチャーです(最初の脚本を書いたのもこの人)。ファンチャーが考えた像は、未来のフィリップ・マーロウ。作家のレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』などでおなじみの私立探偵です。シリアスでありながらユーモアがあり、酒と女が好きな男の中の男。ハリソン・フォードが眉間にしわを寄せながらウイスキーを飲む、あのデッカードはマーロウなのです。
リドリー・スコット監督は、このコンセプトをいたく気に入り、さらに『エイリアン』の原作者であるダン・オバノンとバンド・デシネ界の巨匠メビウスの未来モノ私立探偵漫画『ロング・トゥモロー』の世界観をたすことで、『ブレードランナー』の完成図を頭の中に描き出したのでした。
そこから後に語り継がれる強固なスタッフ陣を形成し、2019年に堕ちたったマーロウを作り出していくわけですが、なんとスコットは本当の原作である『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』は読んでいないそうです。
しかしながら、原作にこだわりがなかったからこそ、デッカードの職業をバウンティハンターから専任捜査官ブレードランナーにしたり、アンドロイドの呼称をレプリカントにできたわけで、あっぱれというしかありません。原作者のディックからもお墨付きをもらい、SFの金字塔とまで言われる作品を作ったのですから、何も問題はなかったようです。
◆ケトル VOL.36(2017年4月14日発売)
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