きっかけは1999年にリリースされたDragon Ashのシングル「Grateful Days」。90年代から日本語ラップをリードしてきたキングギドラのZEEBRA による「俺は東京生まれHip Hop 育ち 悪そなやつはだいたい友達」というフレーズが有名な同曲の大ヒットにより、それまでアンダーグラウンドなものだったヒップホップをお茶の間に届けることに成功したのです。
こうして幕を開けたゼロ年代の日本語ラップシーンからは、KICK THE CAN CREWやRIP SLYME といったメジャーで活躍するグループやMCが誕生します。カラオケの人気チャートに日本語ラップの曲がランクインすることも増え、ヒップホップが身近なものになっていきました。
一方、日本語ラップのメジャー化に対して、インディーズにこだわり、自分たちの流儀を貫くラッパーたちも数多く存在していました。そうしたラッパーたちがスキルを競い合ったのがMCバトル。
90年代までの日本語ラップのシーンはZEEBRA が「東京生まれHip Hop 育ち」とライムしたように、長らく東京が中心でした。しかしゼロ年代に入って日本語ラップがチャートを賑わせるようになると、東京から地方に波及し、それぞれの地元感覚に根付いたラップが生まれていきます。そうした日本語ラップの多様化がメジャーとインディーズの双方からシーンを活性化させ、近年ブレークしたMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」につながる流れを生み出していくのです。
◆ケトル VOL.44(2018年8月17日発売)