
12月5日、宇多田ヒカルの「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」さいたまスーパーアリーナ公演が行われた。デビュー20周年を迎え、実に12年ぶりの敢行となった全国ツアーの終盤戦であった、この日。
以下は、それを幾つかの事例で紐解いていく。
さまざまなセキュリティ下でもスムーズな入場

2020年の東京五輪を見据え、スポーツやコンサートのチケットを高値で転売することを禁じる「チケットの高額転売規制法案(正式名称:特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律案)」が先日、参議院本会議にて全会一致で可決、成立した。これにより、ここ数年、社会的な問題にもなり、不可抗力でもあったネット上でのダフ屋行為も含めた、高額転売等のチケットの不正転売が禁じられ、チケットの高騰に歯止めがかかり、「チケットを欲しかった者にキチンと適正の価格にて入手できる」方面へと向かいつつある。
「観たい人がキチンと適正で観れる環境づくり」。それはこれまでもアーティストやマネジメントや所属レコード会社、チケットを扱っている団体や各種関連団体が目指してきたところだ。それを実現させる為に各イベント毎に、さまざまな施策がほどこされてきた。
「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」に際しては、まず電子チケット方式が取られた。より観たい人に正規にチケットが行き渡るように、また転売防止、そして、より入場時のストレスや待ち時間減少の配慮だ。同公演の電子チケットは、当日入場の際に顔写真による本人確認が必要だった。
また、高価チケット売買の防止策として、本人や事前登録の同伴者以外の入場や転売、譲渡は基本NG。都合上、チケット購入後にやむを得ない理由により当日観覧できなくなってしまいそうな場合は、「譲りたい人」と、そのライブのチケットを「購入したい人」とを定価で仲介するシステムも導入され、正規の価格にて観たい人が観れる配慮がなされていた。
驚いたのは、その顔認証での入場所要時間であった。この日は開場18時、開演19時と、通例の同会場の入場タームよりもかなり短いもの。いや、このツアーは全て会場・開演のタームが全て1時間であった。通例、この規模の各会場だと、そのタームは少なくとも2時間はもっている。そんななか、この短時間かつ時間を要しそうな顔認証で入場させることが可能なのか? と疑問があった。しかし、当日は全く杞憂に終わり、逆に通例の紙チケットや本人承認の際よりもスムーズに入れたことには驚かされた。
事後調べたところ、同認証システムは、NECとNECソリューションイノベータがアーティストのチケッティング業務を行うテイパーズと協力して、顔認証AI(人工知能)エンジン「NeoFace」を用いた本人確認システムで、コンサートのチケット転売防止や円滑な入場に向けて開発されたものであった。
ライブ中の録音、撮影への配慮も

入場し、肝心のコンサートが始まってさらに驚いたことあった。多くの人がスマホにて、写真撮影や動画撮影を始めたからだ。特に場内では撮影OKのアナウンスもなく、かつ入場時の注意事項にも、撮影・録音の禁止事項があった。と同時に、
・一眼レフカメラやデジタルカメラ、ビデオカメラによる撮影、録音専用機材による録音は固くお断りします。
・カメラ付き携帯電話のご使用につきましては、コンサートの妨げにならないよう、また他のお客様にご迷惑にならないようご配慮の上ご使用下さい。(この「ご使用下さい」がポイント)
・フラッシュの使用ならびに通話は堅くお断りいたします。
・みなさまのご協力よろしくお願い申し上げます。
と書かれた張り紙も。こちらは決して奨励されたり、キチンとアナウンスがされたものではなく、あえてファジーな注意事項としてのアナウンス。それを受け手がどう解釈したか? に委ねられるものであった。
ここ最近ではプロモーションやトレンドを狙い、そこからより多くの一般の人に広げる目的として、SNSでの拡散を狙いに、スマートフォンでの撮影や動画撮影を許可している国内アーティストも増え出している。

しかしこの日は違っていた。この暗黙のルールが故か? 客筋の良さか? はたまたキチンとコンサートを楽しみ、心に遺したい気持ちも強くあったのかもしれない。撮影を行う際にも、せいぜい自分の胸の位置、且つ最低限邪魔にならない配慮や、撮影にしても終始ではなくキチンとメリハリをつけ、トピック以外はあまり撮影してない光景には、驚きすらあった。極めつけは、ライブ後半の「初恋」が歌われたシーン。曲中のブレイクの際、10秒近く間が空き、リプレイされたのだが、そのブレイクの無音時間にもシャッター音は一切なし。他の撮影OKアーティストのコンサートではあり得ない光景だった。正直その辺りの自主規制具合にも驚いた。
First Loveから初恋まで 20年を総括するセットリスト

肝心のライブ内容はと言うと、まさに20年を総括するようなセットリストと、アレンジや表現力は作品をトレースするものではなく、キチンと現行感やこの日ならでは感があった。
この日はニューアルバム『初恋』、前作アルバム『Fantome』からの楽曲を中心に、彼女の代表曲たちが縦横無尽に送り出され、まさにこの20周年の軌跡と、現在とこれからを伺うことが出来た。人気曲「traveling」では、ドライビング感が呼び込まれ、途中の歌詞を<さいたまスーパーアリーナ>と変えて歌うサービスも。


間にはお笑い芸人のピース・又吉直樹が共演、彼の脚本/演出によるショートムービーも用意されており、それはライブでの箸休めのみならず、場を和やかにさせる役割も担っていた。
その間に当の宇多田はアリーナ後のサブステージに移動。中盤では、ピンスポットに照らされたなかでハンドマイクで体全体で歌った「誓い」、ピアノを基調にストリングスが物語を広げていき、ゆっくりとした夜明け感が楽しめた「真夏の通り雨」、また「花束を君に」では、会場にパッと明るくなるのを感じた。

再び宇多田がメインステージに戻り、ラストの盛り上がりに入ると、「First Love」と「初恋」の近似タイトルながら出自的なナンバーと最新のナンバーを続けて披露。両曲に20年のタームがありつつも彼女の健在ぶりやデビューから早くも20年も経っていたのか…と感慨深い気持ちを誘った。本編ラストはニューアルバムから「Play A Love Song」が四つ打ちの躍動感、そして明るさと一緒に楽しさを乗せて会場のクラップと共に大団円へと広げていく。

アンコールでも新旧ナンバーが交互に炸裂。ウッドベースとやややさぐれた歌も特徴的な「俺の彼女」、デビュー曲「Automatic」では、なんだか切なさやキュンとしたところよりもなんかいい恋をした清々しさや心地良さがあり、宇多田もわざと崩して歌い、キチンと現行感を味合わせてくれた。
この日の後半のMCは会場に向け、このような言葉が宇多田から会場に贈られた。
「このツアーはみんなひっくるめて20年ありがとうを伝えるために行っています。集まってくれてどうもありがとう」
この日は彼女のコンサートに初めて来た人も多かった。場内の約半数がそうであった(ライブ中に宇多田からの会場への問いへの会場中の挙手から判断)。もちろん、その中にはこの8年間で新たにファンになったり、興味を持ったりした人も多かったかもしれない。

対して、これまでずっとファンだったが、これまでチケットが入手困難なこともあり、ようやく今回チケットを手に入れ、逢うことが出来た。そんな人々も少なくなかったはずだ。もちろんブランクを経てのコンサートが故の待望もあるだろうが、あの日、ステージに現れた時の「やっと逢えた」的に響いた歓声や歓迎の拍手。彼女がステージを降りていく際にも、まるでこちらが感謝しているかのようなありがとうの気持ちのこもった温かい拍手…。それらは上記を物語っているようにも映っていたし、また、お互い感謝に溢れていたコンサートに結びつけていた。

内容はもとより、事前事後も含め大勢で作り上げた、あのコンサート。その全体の素晴らしさを今、あらためて噛みしめているところだ。
※「Fantome」の「o」はサーカムフレックス付きが正式表記
取材・文/池田スカオ和宏
<セットリスト>
M1 あなた
M2 道
M3 traveling
M4 COLORS
M5 Prisoner Of Love
M6 Kiss & Cry
M7 SAKURAドロップス
M8 光
M9 ともだち
M10 Too Proud
M11 誓い
M12 真夏の通り雨
M13 花束を君に
M14 Forevermore
M15 First Love
M16 初恋
M17 Play A Love Song
EN1 俺の彼女
EN2 Automatic
EN3 Goodbye Happiness