「昨年の12月くらいに、2020年の夏までは東京オリンピックもあるからツアーするのは難しいだろうという話をしていたんです。だから、移籍第1弾は西寺郷太のソロにしよう、と。3月から5月くらいの2カ月間でレコーディングして7月くらいに出そうと決まっていた。それが結果的にコロナ禍でステイホームと言われた期間に重なった感じです。なので、今回はすべての楽器を自宅スタジオで録音しました。10年前に自宅スタジオを充実させて、ほぼすべての楽器を録音できるようにしてきた。
アルバムは、プロデューサーやエンジニア、ゲストミュージシャンなどを自宅に招き、密室的な体制で作られたのだそう。80年代の音楽通として知られる西寺だが、サウンドにはそれは表れていないという。
「サウンドとしては、今までの自分が作ってきたものをいったん否定してみようというのが今回のスタート地点でした。これまでの自分、特にNONA REEVES で『未来』というアルバムを作った去年の自分が選ばない道をあえて選ぼう、ということをすごく意識して作った。ジョー・ラポルタにマスタリングを頼んだ理由もそれですね。なにより本物を作っている人に頼もうと思った。
そうやって完成した『Funkvision』には、「バンクシー」「高輪ゲートウェイ」「予防接種」といった単語が含まれた曲も収録されている。2020年を、そして未来を見通すかのような作品について、西寺はこう述べている。
「本を書いたり、連載したりするたびに、自分なりにこのアーティストはどういうふうに考えて音楽に接していたのかを思い浮かべるんです。そうやっていろんなアーティストの人生を追体験してアウトプットするのを繰り返してきた。そういう風にやってきたことが、音楽家としての自分にも影響していると思っていて。
画一的なサウンドのアルバムが世にあふれかえる中、オリジナリティに満ちた作品を生み出せるのは、多彩な活動や、積極的なインプットとアウトプットがあるから。“ポップ・ミュージックの伝統師”が作り上げたアルバムは、あらゆるジャンルの音楽ファンに愛されていきそうだ。
◆『クイック・ジャパン』vol.151(2020年8月26日発売/太田出版)