「献身的」で、なくていい! 突然、働き盛りの夫を襲った脳卒中と半身の後遺症。何の知識もなかった私は、ゼロから手探りで夫の復帰までを「闘う」ことになる――。
発症、麻痺の悪化とセカンドオピニオン~夫は『ゼロ・グラビティ』の境地へ⑩
そのまま坂の上脳神経外科病院に向かった。
行けばトドロッキーのサイドテーブルの引き出しにおしめが詰め込まれていた。
夜の尿瓶の扱いに失敗しておしめをつけられたらしいが、こんなものはいらないと憤慨していたため、おしめをとり、いつものトランクスを穿かせた。
そもそも尿瓶を左手だけで扱うのは高難易度なんだから失敗もあるだろうに。尿瓶だって満タン状態になるまで尿を処理してもらえないのだ。既に入っている尿をこぼさないようにしながらさらに放尿するなんて、両手でも難しい。
「3回分入るよ」
トドロッキーはそう言うが、いやいや、そういうことじゃない。夜の看護師の手が足りないなら、おしめじゃなくて尿瓶を3つ置いてあげればいいだけの話だ。
「俺捨てに行けるんだけどさ」
だからおかしいって、やっぱ。そもそもトイレに一人で行けるのだ。
「3回分入った尿瓶を左手で持つんだよね?」
「だね」
「車椅子はどうやって動かしてんの?」
いつもは左足と左手を駆使している。
「足で」
「足一本で?」
「動くよ」
「こぼれない?」
「大丈夫だね」
自慢してる。いよいよ話が曲がってきている。
「トイレに捨てるんだよね? トイレのドアはどうやって開けるの?」
自動ドアではない。左手で尿瓶を持ってるのであれば、ドアを開ける手がない。
「まあなんとか」
なんとかやれているならいいか。おしめどころか尿瓶も不要でいいんじゃないの、ってのはもう面倒になったので提案ナシだ。
トドロッキーにセカンドオピニオンの報告をしたが、トドロッキーはとくに反応せずに聞いていた。
「ありがとう、分かった」
とだけ、トドロッキーは言った。
二志野医師に時間をとってもらい、診察室には私一人で出向いた。
イカレ三河医師から「左も麻痺しますよ」「どんどん悪化します」と言われたことを伝え、ご自身はどう考えるかを聞くと、二志野医師は目を丸くしてこう答えた。
「そんなふうに言われたんですか?」
「そうです!」
誇張も脚色もしていない。
イカレ三河医師がそういうことを言う医師だということを、二志野医師は初めて知ったのだろうか。まさか。けれども初めて知ったような顔をしている。そして、私にこう言ってくれた。
「僕らはそうならないように、なんとか食い止めようと今、一生懸命治療してるんです。
そうなのか。ってことは三河医師は正式にイカレているということで良さそうだ。二志野医師と話してよかった。
三河医師は自分の言葉にどれだけの破壊力があるのか分かっていて、患者と家族の反応を楽しんでいるんじゃないだろうか。サイコでホラーだ。もう三河医師とは言葉を交わさないぞと決めた。
とはいえ決めたところで三河医師も主治医チームの一人。病室に来るし問診もある。トドロッキーにはイカレ三河医師のことはくれぐれも気にしないよう強く訴えた。
治療が終わるまではここにいようと気持ちを据えることができたのは、セカンドオピニオンの医師から意見をもらえたおかげだった。どっちみちここの治療は2週間で終わるのだ、あと少しだけイカレ三河医師を我慢すればいい。あと少しだけなら我慢できる!
結局は5週間いることになるのだが、このときはそう思っていたのだった。
その間、もちろんイカレ三河医師だけではなく、一部の要注意看護師についても警戒は続いたのだが……。
点滴続きで風呂に入れないトドロッキーの背中を拭いていたとき、一倉医師の怒鳴り声が聞こえてきた。
「昨日の夜勤は誰だ!」
スタッフステーションのあたりで声を荒げている。そういえばさっきまで一倉医師が電話対応している声が聞こえてきていた。何をしゃべっていたかまでは聞こえてこなかったが、トラブルのようだった。
「救急隊がもうここに急患を運ばないって言ってるぞ! 誰だ対応したのは!」
そこから一倉医師は誰かと話しながらバタバタと別の場所へ移動していったようで、声はフェードアウトし聞こえなくなった。
「昨日の夜、なんかあったの?」
背を向けているトドロッキーに聞いた。
「気づかなかったなあ」
夜はしっかり眠れているようだ。何より。
「昨日の夜勤の人、誰? もしかしてあの点滴やった人なんじゃないの? いた?」
「いた」
「またやらかしたんじゃない?」
「かもね」
「どうなの最近。まだ感じ悪い?」
「悪いね」
クビだろ、それ。
トドロッキーによればその日以降、その看護師を見なくなったそうだ。どうあれ何より。夜勤で救急患者の受け入れ対応したのは、やはり点滴のときの看護師だったようだ。
「俺には感じのいい人なんだけどさあ」
トドロッキーは別の日、他の看護師の問題を口にした。
声を潜めて、
「あの人に」
と、同室の患者を目で指した。全身に麻痺が及び、言葉も出せなくなった人だ。
「血圧測ってるときだったか、言ってんだよ。『奥さん、全然お見舞に来ませんねえ。今ごろ浮気してるかもね~』って」
嘘でしょ。
「俺も耳を疑ったよ」
「聞き違いとか勘違いとか、夢だとか幻覚とかってことないの? いろんな薬飲んでるわけだしさあ、幻覚を見たってこともあるんじゃないの?」
そんな絵に描いたような悪徳看護師が実在するなんてにわかに信じがたい。
トドロッキーの脳の状態まで疑ったが、幻覚じゃなさそうだ。
「だってあの人だって聞こえてるでしょ。しゃべれないだけでしょ?」
「そう思う。俺だっているのに。聞こえてるって分かってるのに」
「聞かせてるってこと? ひどいね」
心が病んでいる。
病んでいるんだったら気の毒だし、この病院のせいだという気もした。
* * *
この続きは『夫が脳で倒れたら』本書にてお読みいただけます。
*本文中に出てくる病院、医療関係者、患者などの固有名詞は仮名です。
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