■「スタッフが仲が良い」購入理由に衝撃
先日、仕事で消費者の声を読んでいて驚きました。その企業の商品を購入してくれた理由として「社員同士が仲良さそうに見えたから」というのがありました。わかりますか? たとえばみなさんがクルマを買うとします。そのとき、自動車メーカー同士を比較して、もっとも仲が良さそうな会社から買う、というのです。
そういえば、たとえば、お笑いコンビも舞台上だけではなく、舞台裏でも仲が良くてほしい、と願望を抱くファンが多いそうです。
もはや現代では、仲の良さがビジネス上の訴求性につながり、最強のマーケティング・ツールであることに私は衝撃を受けました。
そういえばお笑いの兄弟コンビ・ミキは「お兄ちゃん」と呼んでいるのが、仲むつまじい感じが伝わってきますもんね。彼らの人気がそれだけとは思いません。
■「子ども×何倍もの集客を実現」世代をつなぐ仕掛け
さて、先日、映画『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』が公開されました。当原稿執筆時点では、驚くべきことに公開10日間で興収65億円を突破したようです(現在は公開18日間で観客動員644万人、興行収入92億円を突破)。
前作が昨年の『名探偵コナン 黒鉄の魚影』で打ち立てた138.8億円ですから、これを超える可能性がかなり高いように思います。しかも前作は2023年で新型コロナが5類に移行する前でした。
ところで、このコナンシリーズについては、4月から5月に公開することで日本人の習慣化を狙った点、そして家族単位で呼び込むことで、子ども×何倍もの集客を実現した…とビジネス観点からは解説します。それは間違いではないでしょう。実際に私は公開翌日に観たのですが、息子2人と妻、合計4人で行きました。しかも毎年のことです。つまり私自身がその手法に“堕ちている”わけです。
現在、国内の映画興行収入は年間で約2200億円といわれます。そしてもちろん正確な統計はないのですが、国民年間の映画鑑賞本数が1~2本程度とされています。
国民は1億2000万人ほどおり、成人の鑑賞料金が2000円とすると、まあ遠くない数字ですよね。逆に言えば、映画の作り手としては、年に一回くらいしか劇場にやってこない国民を奪い合っている構図です。私は昨年、劇場に行った回数が53回で、配信でも相当数を鑑賞しました。こういう人間は少数派ということでしょう(遠い目)。
ただ、今回の『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』は、この通説以上のビジネス上の工夫が凝らされています。
今回は原作連載30周年の記念年です。そこに決定的な作品をぶち込んできた印象です。ネタバレになるのであまり言えませんが、北海道での土方歳三をモチーフにしてミステリー・歴史好きにも訴求し(ところで同じテーマだった映画『ゴールデンカムイ』と公開時期が近いのは偶然でしょうか)、魅力的な荒唐無稽のアクションはそのままに、ラブコメや、家系の謎も散りばめています。
とくに、コナン、キッド、敵キャラともに、先祖からの呪縛と葛藤を描いており、映画館に来た「子どもと親」あるいは「子どもと祖父母」を刺激するように描いています。もしかすると観に来た子どもは、劇中で出てくる服部平次と遠山和葉のラブコメについて意味不明かもしれない。
■現代に必要不可欠な“仲良し”マーケティング
さて、ここからは、深読みです。
劇場を見ると、子どもたちと母親の組み合わせが多い。これは絶対数というよりも、他の映画と比べると「子ども+父親」よりも「子ども+母親」の組み合わせの比率が多いのです。
その象徴が一流女性誌『anan』(マガジンハウス)でしょう。なんと、最新号では表紙に男性2人が登場しました。映画コナンの工藤新一(≒江戸川コナン)と黒羽快斗(≒怪盗キッド)でした。その2人が、触れ合っている姿があまりに印象的です。そしてご丁寧に巨大ポスター付きです。当然ですが、マーケティングの観点からは、雑誌読者と映画観客層が合致し、シナジーがなければなりません。つまりターゲティングが類似している。
そして、この美男子の工藤新一と黒羽快斗が仲良く触れ合っている、そのものが訴求性をもつと吐露しているのは示唆的です。さらに劇中では、ラブコメの2人を除き、キャラクター同士が本当に仲良くほほ笑ましい。繰り返します。ほほ笑ましい。
まさに100万ドルは夜景ではなく、キャラクターが他のキャラクターに投げかける笑顔ではないか、と思うほどです。その意味で『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』は工夫と緻密な脚本は当然として、きわめて現代的な仕掛けが散りばめられた作品だと思うのです。