阪神・淡路大震災から30年、神戸市は復興に向けてさまざまな取り組みを行ってきた。2023年には音楽を通じた地域文化の活性化と経済成長を目的とし、ワーナーミュージック・ジャパン(以下、WMJ)と事業連携協定を締結。
さらに24年12月には、地元を代表するラグビーチーム・コベルコ神戸スティーラーズと神戸工場を有するキリンビールも加わり、がっちりとスクラムを組んで音楽とスポーツを軸にした「持続可能な街づくり」の推進に力を注いでいる。その取り組みと手応え、今後の展望について、神戸市と3社に聞いた。

■音楽が街に活力を与える原動力に 地元出身バンド主催フェス盛況に手応え

 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災以降、ハード・ソフトの両面から復興と持続可能な街づくりに取り組んできた神戸市。まずは、2023年5月にWMJとの事業連携協定締結に至った経緯を神戸市 企画調整局長の辻英之氏に聞いた。

神戸市 辻英之氏「これまで市民の方や事業者の努力により、ハード・ソフト両面から着実に復旧・復興が進んできたなかで、今年は震災から30年が経ち、街づくりも次のステージに入っています。復興の過程では財政状況的に難しかったウォーターフロントの再開発、神戸空港の国際化などのプロジェクトに取り組んでいます。市民が日常的に芸術文化に触れて生活を楽しむことができる街づくりにも着手するなか、WMJさんには神戸出身のアーティストもいらっしゃいますので、神戸の経済振興や街作りに寄与していただけるのではないかと、2023年5月に事業連携協定を結びました」

 両者の事業連携第1弾は、正式な協定締結前の2023年3月。WMJ所属で神戸市出身のバンド、Fear, and Loathing in Las Vegas(フィアー・アンド・ロージング・イン・ラスベガス、以下ベガス)が主催する音楽フェス『MEGA VEGAS 2023』だった。

 同フェスは、2017年から神戸市内などで不定期に開催されていたが、2023年3月11・12日に神戸市後援のもと、市内の神戸ワールド記念ホールで初の2日間開催を実現。市内外からの来場者で両日満席となる盛り上がりを見せた。神戸市とWMJ共同の取り組みとして制作した「BE KOBE」(阪神淡路大震災を語り継ぐ神戸市のシビック・プライドメッセージ)と『MEGA VEGAS』のコラボグッズは、開場から1時間もしないうちに完売する反響を得た。

神戸市 辻氏「『MEGA VEGAS 2023』には想定以上にたくさんのお客様が来場してくださり、ものすごい熱狂ぶりに圧倒されましたし、音楽の力はすごいなと実感しました。
出演アーティストの方々も非常に礼儀正しく、集客による経済効果や産業面でのプラスアルファもありますし、連携協定を結ばせていただいた甲斐があったと思いました。なにより、1万人規模のフェスを2日間回し、完璧に運営されたWMJさんの手腕に感服しましたし、この先の可能性を感じました」

 一方、結成当初からFear, and Loathing in Las Vegasに携わり、今回のプロジェクトの主担当を務めるWMJの葛山かい氏(KUZUYAMA ROOM ゼネラルマネージャー)も、アーティストや観客の反応、神戸市の本気度に「大きな手応えを感じた」と振り返る。

WMJ 葛山氏「それまでは行政と音楽はなかなか結び付きにくいのかなと思っていたのですが、神戸市はライブハウスと連携して音楽文化の拠点存続を図る取り組みや、復興支援チャリティーフェス『COMING KOBE』(05年~)の後援、オーディション『Battle de egg』(12年~)を民間と共催するなど、音楽を通じた若者支援や賑わいの創出に取り組んでこられた土壌があっただけに、音楽に対して非常に懐が広く、話もしやすく、スムーズに連携することができました。アーティストたちも『MEGA VEGAS 2023』の盛り上がりを見て、自分たちの音楽が地元の役に立つかもしれないと非常に喜んでいました」

 この成功を得て、24年3月9・10日に神戸ワールド記念ホールで開催された『MEGA VEGAS 2024』では、神戸市から紹介を受けたキリンビールが神戸市のアイデアにより、フェスのチケットとキリンビール取扱いの飲食店の食事券がセットになった数量限定のスペシャルパッケージチケットをふるさと納税の返礼品として提供。こちらも「想定していた以上に好評」となり、今年3月22・23日に同所で行われた『MEGA VEGAS 2025』でも、コラボグッズ、ふるさと納税チケット、地元神戸の飲食店が出展したフード・ブースと、さまざまなアイデアを盛り込み、大盛況となった。

■神戸市とWMJの取り組みに共鳴した2社 面白いことができそうなワクワク感

 神戸市とWMJの強力なタッグに、キリンビールと日本最高峰のラグビーリーグ「NTTジャパンラグビー リーグワン」に参戦するコベルコ神戸スティーラーズが本格的に加わったのは、24年12月のことだった。

 阪神・淡路大震災の年に神戸市北区に神戸工場を建設中だったキリンビールは、震災直後、神戸市に対し京都工場から飲料水の提供などの支援に尽力。コベルコ神戸スティーラーズも、神戸製鋼所ラグビー部(当時)として1928年に創部以来、神戸市とともにスポーツ教室や地域活性化に取り組むほか、震災時には市民の救助や支援物質の運搬など市の復興に尽力してきた。両社とも、神戸市とは地域活性化を目的とした連携協定を締結しており、長く親交を深めてきた間柄だった。

 そんな両社に、音楽とスポーツを軸とした神戸市活性化の取り組みへの誘いを受けた際の感想について聞くと、何より印象的だったのは、キリンビールの中川寿子氏(近畿圏統括本部 法人担当)、コベルコ神戸スティーラーズの本田康信氏(ラグビーセンター 営業マーケティンググループ長)ともに、「ワクワクした」と満面の笑みで振り返ったことだ。

キリンビール 中川氏「正直、WMJさんと最初にお話をすることになったときは、協賛金を依頼されるのかなと思いました(笑)。しかし、そういう話は一切されず、『神戸を盛り上げるために一緒に何かやりたい』と。
私としても、単にビールを売るだけでなく、もっとエモーショナルなことをやりたいと考えていました。相性のいい音楽とスポーツをアルコールでつなげることができないか、ずっと頭にあったことでしたので、お誘いを受けたときにはそれが具体化できそうな気がしてワクワクしました」

コベルコ 神戸スティーラーズ 本田氏「私も中川さんと同様にワクワクから入りました。我々はラグビーを見せることはできるけれど、これからはエンタメの要素も盛り込んで、『コベルコ神戸スティーラーズの試合って楽しいよね』と言っていただけるようなものにしなければいけないと考えていたところでした。そのノウハウはWMJさんがお持ちだと思うので、音楽、スポーツ、おいしいビールが融合して神戸市を盛り上げていくという構想には、ワクワクしかありませんでした」

 こうして神戸市と3社がスクラムを組んだ。その取り組みの第1弾となったのは、Fear, and Loathing in Las Vegasがコベルコ神戸スティーラーズのオフィシャルチームソング「Song of Steelers」(25年1月29日配信開始)を書き下ろしたことだった。昨年12月21日開幕のNTTジャパンラグビー リーグワン2024-25シーズンからは、ホストゲームでの入場や試合演出などにも使用され、選手と観客の一体感を生み、盛り上げている。

コベルコ 神戸スティーラーズ 本田氏「オフィシャルのチームソングが欲しいよねとみんなで話していたところでしたので、本当にありがたかったです。しかもベガスさんは神戸出身バンドということで、社員からは『どうやってWMJさんとつながって、ベガスさんが作ってくれることになったんですか?』と、驚きや喜びの声があがりました。歌詞も、前身の神戸製鋼ラグビー部の部歌の一部を英語にしてくれていて、伝統ある名門チームの誇りと勝負にかける思いを継承しつつ、現代風な表現になっています。選手からも観客からも非常に反響は大きいです」

WMJ 葛山氏「楽曲はメンバーと一緒に試合を観た上で制作しました。生で観戦したことで、よりイメージが湧いたことはもちろんですが、会場に集まる観客の一体感にも非常に魅了されました。その空気感をもとに、会場のみんなで歌える楽曲になるよう作り上げました」

 本田氏は、チームソングを作る夢がかなった今、「次はスタジアムを作ることが夢」と声を弾ませる。
スタジアムをコンサートやエンターテインメントにも活用することで「ラグビー、バスケットボール、サッカーの試合もある、音楽フェスもあるということが、神戸に遊びに来る一つの選択肢になってくれたら」と夢が広がる。

 一方、キリンビールは、「NTTジャパンラグビー リーグワン2024-25」の開幕と、コベルコ神戸スティーラーズのオフィシャルチームソングの完成を記念し、24年12月26日~31日まで「Rugby×Music×Craftbeerで神戸を盛り上げよう!」キャンペーンを神戸市内の飲食店8店舗で展開した。参加店舗では、店内BGMとして「Song of Steelers」を流すなど、スポーツと音楽と共にクラフトビールを通じて新しいビール文化の醸成や神戸市内の飲食店の活性化に取り組んだ。

キリンビール 中川氏「全国の中でも神戸は、行政と民間企業の連携が一番進んでいるのではないかと感じています。これまで協賛というと、協賛金の話にとどまることがほとんどでしたが、今回の取り組みにおいては、神戸市もWMJさんもコベルコさんも神戸の街とそこに暮らす人々に対する思いが熱く、その共通した熱意を持った人と人とのつながりによって、プロジェクトが実現しているという印象です。それに、ベガスさんとは昨年1月、コベルコ神戸スティーラーズさんの試合を一緒に観させていただいたのですが、メンバーの皆さんが本当に礼儀正しくて、神戸を愛していて、すごく真摯に音楽に向き合っている方々だったので、大ファンになりました。それだけに、今後こんなこともやりたい、あんなこともやりたいと、いろいろ構想がふくらんでいます」

■阪神・淡路大震災から30年の節目 さらなるイベントを企画中

 神戸市も本プロジェクトへのさらなる発展に期待を寄せる。

神戸市 辻氏「キリンビールさんとコベルコ神戸スティーラーズさんとは長い関係性がある中で、未来に向けて持続可能な神戸の街づくりを共に具現化できていることに非常に感銘を受けています。また、神戸市として音楽分野での事業連携はWMJさんが初めてで唯一無二の連携となっていますので、この関係も大事にしていきたいと思っています。みなさんの熱量の高まりが非常に心強く、今後も面白いことができそうでとても楽しみにしています」

 阪神・淡路大震災から30年を迎えた今年は、本プロジェクトでさまざまなビッグイベントも企画中。Fear, and Loathing in Las Vegasは9月6・7日に震災30年の事業と紐づいた特別なフェス『POWER OF KOBE』(神戸ワールド記念ホール)を開催することを発表している。

WMJ 葛山氏「『MEGA VEGAS』ではチャリティーグッズの収益の一部を神戸市に寄付していますが、今後はそれぞれの会社間のコラボで作ったものを販売し、その収益を神戸市に寄付することで若者の才能を育てることにつなげることも考えています。
レコード会社としては新人の発掘や育成も使命の一つですので、神戸の若者の活躍につながる場や機会、道筋を作っていくことで、神戸の持続可能な街づくりに貢献できたらと」

神戸市 辻氏「それぞれの企業にとってメリットがなければ長く続けることはできませんので、そこも大切に考えながら、官民がひとつになってワクワクから街を作り、街の価値を上げ、人口減少対策や神戸の街の活性化につながるようなイベントを実現したいと思っています。さらに今年4月には、神戸空港が国際空港として海外にもつながりましたので、神戸市が『音楽の街』『文化の街』『スポーツの街』であることを世界にも提示できるようにしたい。民間の知見やお力をお借りして勉強しながら、取り組んでいきたいと思っています」

 地域振興の成功のカギを握るのは何より主催者側の熱量。その土地に対する愛情、思い入れがあってこそ、地元の人々や来訪者に受け入れられ、経済効果をもたらしていく。神戸市と3社の取り組みは、持続可能な地域づくりに頭を悩ませる日本の多くの自治体の参考となるに違いない。

取材・文/河上いつ子

■『POWER OF KOBE』概要

開催日時:2025年9月6日(土)・7日(日) 開演 正午~ (開場 10:30~)
会場:兵庫・神戸ワールド記念ホール

出演アーティスト
9月6日(土):Fear, and Loathing in Las Vegas 、10-FEET ほか
9月7日(日):Fear, and Loathing in Las Vegas 、マキシマム ザ ホルモン ほか

チケット料金
1DAYチケット:【一般】9900円 (税込・自由席)/【学生】7700円 (税込・自由席)
2DAYチケット:【一般】1万8000円 (税込・自由席)/【学生】1万4000円 (税込・自由席)

主催:POWER OF KOBE実行委員会
企画:ワーナミュージック・ジャパン
後援:神戸市
制作協力:KYODO KANSAI

チケット情報
オフィシャル2次先行
受付期間 : 2025年5月14日(水)17:00~5月25日(日)23:59 ※抽選受付
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