■デジタル領域やレーベル運営のノウハウを活かした新たな挑戦
――WMJの代表取締役社長兼CEOに就任されて7ヶ月が経ちました(取材日は7月中旬)。まずはオファーを受けた時の率直な感想をお聞かせください。
【岡田】 最初に「英語できないんです」と正直に言いました。「問題ない」と言われましたが、その時点でEMI Recordsで手がけていた業務もありましたし、何より本当に自分に担える仕事なのかどうか、結構悩みました。ただ、最終的には、前々から40代になったら自分が蓄積してきたデジタルの仕事やレーベル運営のノウハウを活かして何か新しいことにチャレンジしたいという思いを抱いていたので、これもご縁かなと感じ、決断しました。
――就任にあたり、本社からは何か要望はありましたか?
【岡田】 ヒットを作り、マーケットシェアを上げるというのが第一のミッションですが、その中でも、やはり自分の強みはデジタルの仕事に長く携わってきたことでしたので、WMJのさらなる成長に向けて、デジタル領域の強化の推進への期待が大きかったと思います。ただ、その時点では、私は社員の方々はもちろん、社風も含めてWMJについてまだあまり把握できていなかったので、どこまで自分の能力が活かせるのかという明確な答えは持ち合わせておらず、すべては入社してからという気持ちでした。
――実際、入社されて、WMJの印象はいかがでしたか?
【岡田】 最初に感じたのは、若い人が多く、活気にあふれ、非常にコミュニケーションがとりやすい企業風土であることでした。こんなにアットホームだったのかと、ちょっと驚きに近いところもありました。皆さんにもすぐに受け入れてもらえて非常にうれしかったです。まずは輪の中に入って会社のことを知ること、スタッフのことを知ることから始めて、それを踏まえて7月頭に組織変更を行いました。
――アーティストとスタッフの関係についてはいかがですか?
【岡田】 WMJにはさまざまなジャンルのアーティストが所属していますが、スタッフがアーティストに寄り添い、アーティストの伝えたいことややりたいことを実現している企業というイメージを入社前から抱いていました。実際、入社してイメージしていた通りだと思いましたし、“アーティストファースト”というDNAが脈々と受け継がれている企業だと実感しました。
■ロゼ&ブルーノ・マーズ「APT.」が爆発的ヒット 保育園、幼稚園への施策も
――2025年上半期を振り返ると、ストリーミングではロゼ&ブルーノ・マーズの「APT.」がオリコン週間ストリーミングランキングで8週連続1位、上半期でも2位と爆発的なヒットを記録し、5月に初開催された国際音楽賞『MUSIC AWARDS JAPAN』では洋楽で唯一、最優秀楽曲賞にノミネートされるほど浸透しました。このヒットの背景についてどのようにとらえていらっしゃいますか?
【岡田】 私が入社する前から既に進められていたプロジェクトなのですが、洋楽チームのスタッフがしっかり準備して実行し、結果に結びつけたのは素晴らしいと思っています。楽曲のよさはもちろんのこと、忘年会をはじめとする年末年始の日本のカルチャーモーメントを捉えた訴求や、若年層、さらには保育園や幼稚園などの子どもたちに向けた施策なども行ってきました。
――『APT.』のヒットにおいては、SNS上で「保育園や幼稚園で流行っている」というママたちの投稿が多数あげられていましたが、WMJの仕掛けだったんですね。
【岡田】 子どもたちも口ずさめる楽曲は全世代ヒットになりやすい傾向があります。特に今回の「APT.」は、赤ちゃんが聞いても反応するくらいのわかりやすいワードとリズムがあるので、チャンスと考えました。また、昨年11月下旬には、ロゼとブルーノ・マーズが京セラドーム大阪で開催された『2024 MAMA AWARDS』のために来日してくれたりと、とにかく洋楽チームが準備してきたことがうまくいったと思います。
私は5歳のときに初めて見たコンサートがマイケル・ジャクソンで、洋楽を聴いて育った一人ですので、「APT.」のヒットを通して、改めて、洋楽もまだまだ成長の可能性があると実感できたのはうれしかったですし、WMJとしては洋楽で国民的なヒットを出すことも成し遂げたいことの一つに掲げています。今回の成功でまた新たなノウハウが蓄積されましたので、これらを活かしつつ次のヒットが生まれるように、いろいろチャレンジしていけたらと思っています。
――上半期では、山下達郎、竹内まりや、あいみょんといった邦楽の大黒柱がある一方で、ロゼ&ブルーノ・マーズをはじめ、TWICE、MISAMO、aespa、ONE OK ROCKなどの活躍も際立ちました。洋楽離れが叫ばれる昨今ですが、御社では洋楽のヒットも多く生まれていたのが印象的です。
【岡田】 私自身は就任直後でしたが、以前からのチーム一丸となっての取り組みが結実し、ストリーミングヒットのみならず、主力アーティストのリリースからカタログまでがバランスよく成功を収めた上半期だったように思います。K-POPも常に進化していて、日本のマーケットの中でまだまだ大きな可能性を秘めていると思いますので、これからもどんどん仕掛けていきたいと考えています。
ONE OK ROCKに関しては、活動拠点であるアメリカの音楽シーンでも高い評価と支持を勝ち取っていることは本当に素晴らしいと思いますし、次世代のアーティストたちに勇気と刺激を与えてくれる存在になっていると感じています。私は就任した初日から、「日本のアーティストが海外に出たいと思ったときに、WMJが一番先に思い浮かぶ会社、ブランドにしたい」と言っているのですが、そのためにも、海外で活躍する、また、活躍したいアーティストのサポートを積極的に行っていきたいと考えています。
■グローバル音楽企業として、世界を目指すアーティストを積極的に支援
――その象徴となる存在がまた一人誕生しました。ロサンゼルスを拠点にグローバルな活動をスタートさせる千葉雄喜さんと7月に包括契約を締結され、レコーディング活動に加え、マネジメント、マーチャンダイジング、ライブ制作など音楽活動全般においてバックアップされるそうですね。
【岡田】 唯一無二のクリエイティブな才能と圧倒的な存在感を持つ千葉雄喜さんの活動をサポートできることにワクワクしています。今回の契約では、千葉さんの音楽活動のすべてを包括的にサポートできることになりましたので、世界的な音楽企業である弊社のグローバルなネットワークとリソースを最大限活かして、千葉さんの「グラミー賞を獲る」というビジョンを現実にし、次世代のアーティストたちが続くグローバル展開の旗手になってもらえるように取り組んでいきたいと思っています。非常に楽しみです。
――日本のアーティストが世界に羽ばたくという意味では、昨年12月にNBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン(以下、NBCUJ)と締結されたアニメ関連の音楽に関する戦略的パートナーシップもその大きな力となる取り組みではないでしょうか。
【岡田】 ストリーミングやSNSといったデジタルプラットフォームの広がりによって日本のアニメの人気は急速に拡大し、グローバルで成長をし続けています。アニメと音楽は切っても切り離せないと思いますので、NBCUJさんとのパートナーシップは我々にとって世界にチャレンジするチャンスが確実に増えることに繋がり、非常に意義を感じています。
この取り組みを効果的に推進するために、7月頭に組織改変を行い、昨年12月に新設した「アニメ事業部」もより本格的に稼働しはじめました。今後は弊社のネットワークを通じてNBCUJの旧譜カタログや楽曲を世界中のファンにお届けするだけでなく、NBCUJが手がけるアニメ作品へのWMJのアーティストの楽曲提供なども戦略的に行っていきます。
■常にワクワクを胸に、若者に選ばれる業界になるよう尽力したい
――ご自身が代表に就任されたことで、WMJがどのような会社になったと言われたらうれしいですか?
【岡田】 いつも社員の皆さんには「ワクワクする気持ちを持ち続けてほしい」と伝えているので、「WMJと仕事をすると楽しい」「いつも何か新しいことにチャレンジしている」と言われる会社になれたら一番うれしいですね。そして、いろいろな音楽会社がある中で、アーティストはもちろん、事務所や取引先など皆さんから選ばれる会社、存在になりたいです。
そのためにはアーティスト一人ひとりと向き合い、深く対話し、信頼を築くことは欠かせませんし、皆さんに求められるプロフェッショナルな集団になれているかどうかを問い続けることも必要だと思います。そのうえで常に新しいことに挑戦し、進化を続け、ワクワクするような刺激的なことがいつも起こっている企業でありたいと思っています。
――日本の音楽業界に関しては、どのような期待、展望を抱いていますか?
【岡田】 昔から一貫して言い続けているのが、若い人にどんどん音楽業界に入って来てほしいということです。アーティストだけでなく、彼らを支える若い世代のミュージックマンが増えることも業界を盛り上げるためには必要ですから。
音楽業界は今、変化が速く、これまで正解だったやり方や慣習が通用しないことも少なくなく、従来と同じことをしていてもなかなか成功できないという場面も増えています。でもそれは裏を返せば、新しい人たちが新しいチャンスをつかんで新しい成功を築ける業界でもあるということです。
現在はエンターテイメントの仕事も増え、若い人たちにとっては仕事の選択肢が非常にたくさんある時代です。そんな中で音楽業界を選んでもらうためには、魅力的な業界であることを知ってもらい、若者がより活躍できる環境を整えるなどこちら側の努力が一層必要です。今回、7月の組織改変でも比較的若い方たちに管理職に就いてもらいましたが、これからも積極的に登用していきたいと思っています。魅力のある、選ばれる音楽業界を作っていく一助になれるよう、頑張りたいと思います。
文・取材:河上いつ子 撮影:田中達晃(パッシュ)
■プロフィール
岡田 武士(おかだ・たけし)
2024年12月1日、株式会社ワーナーミュージック・ジャパンに入社。以来、代表取締役社長兼CEOとして、日本におけるビジネスを統括し、同社の変革と成長を推進する。 前職となるユニバーサルミュージック合同会社では10年以上にわたりデジタルマーケティングにおける中心的な役割を担い、ストリーミング時代におけるヒット作りに貢献。その後、2018年からは同社のレーベル EMI Recordsでマネージングディレクターを務め、松任谷由実やMrs. GREEN APPLEをはじめとする多くのアーティストのヒットに携わり、レーベルを成功に導いた。