■昨年は国内で10作以上が地上波放送、市民権を得た男性同士の恋愛ドラマ
男性同士の恋愛を描くドラマが珍しくなくなった。契機とされるのが2016年大晦日の深夜に放送された単発ドラマ『おっさんずラブ』(テレビ東京)だ。2018年に連ドラ化された同作は社会現象を巻き起こすほどの人気を博し、その後の『きのう何食べた?』(2019年/テレビ東京)、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい(通称・チェリまほ/同)』(2020年)、『美しい彼』(2021年/ TBS系)、『体感予報』(2023年/MBS)といったドラマがBLが広く一般に受け入れられる素地を作った。
BLのメジャー化はさらに加速し、2024年には実に10作以上のBLドラマが地上波で放送。このような現状について、BL情報サイト『ちるちる』編集部の平野あんりさんは「10年前には想像もできませんでした」と驚きの声を上げる。
「商業BL作品は映像(アニメ、ドラマ、映画)、マンガ、小説、ボイスドラマ、ゲームの主に5媒体で流通しています。中でも日本のBLカルチャーを牽引してきた媒体はマンガで、1970年代から商業はもとより同人や二次創作でも数多くの名作が発表されてきました。とはいえ読者はあくまでコア層に留まっていましたし、ファンもこっそり楽しむ風潮が強かったです。実写BL映画も制作されていましたが、地上波などのマス媒体で扱われることはありませんでした」
では、この10年の間に何があったのか。
「『おっさんずラブ』がBLへの間口を広げたのと同時期に、注目され始めたのがタイのBLドラマです。2016年には『SOTUS(ソータス)』が世界的にヒット。さらにタイBLドラマは従来のBLファンのみならず、アジアドラマファンにも人気に。日本でBLドラマが多く制作されるようになったのも、タイBLドラマの影響が少なからずあったのではないかと思います」
さらにコロナ禍に普及した電子コミックも、BLファン層を拡大させる要因となったようだ。
「『ちるちる』では読者投票企画『BLアワード』を毎年恒例で開催しているのですが、2022年には投票数がグンと増加。10年前と比較して6.5倍に増えました。ここからも、BLドラマをきっかけに原作コミックを読み、新たにBLファンになった方は多かったのではないかと推察されます」
何より平野さんが指摘するのが、この10年に社会で起きた価値観の変容だ。
「10年前は同性カップルの存在も今ほど認められていなかったですし、創作物であっても抵抗感は強かったと感じます。しかし今は若い世代を中心に、多様な性がニュートラルに受け入れられるようになりました。加えて推し活ブームの影響から、かつては隠す傾向のあった“オタク”という属性も、自らのアイデンティティとして誇る人が増加。自虐の意味合いも込められていた“腐女子”をポジティブな自称として使う人もちらほら見かけるようになりました」
■BL=日本発祥のカルチャー、アジア中心に広がるも規制の多い中国では?
国内で急速にメジャー化しつつあるBLは、グローバル化の目覚ましいコンテンツカルチャーでもある。
「海外ではSNSなどに投稿される日本のファンアートなどをきっかけにBLを知る方も多く、BL=日本発祥のカルチャーとして認識されています。
中でもタイ、中国、台湾、韓国にはすでに成熟した独自のBLカルチャーが存在するという。
「それぞれお国柄が作風に表れているのも興味深いところです。タイは明るくハッピーな日常系の作品が多く、心の機微を繊細に描く少女マンガ的な世界観は日本のBLに近いですね。一方で台湾は日常系ではあるものの、ややダークテイストな作品が多い。中国はまた独特で、歴史を基盤とした重厚で壮大なストーリーにBL要素を入れ込んだ作品が目立ちます」
ちなみにコミックがBLカルチャーを牽引している日本とは異なり、アジア圏では主に小説でBLが親しまれているという。
「特に中国では男性同士の恋愛描写は厳しく規制されるため、イラストではなく文字で表現する文化が発展したのだと思われます。それ以外の国でも、BL作品発表の場として定着しているのが小説投稿サイト。同人や二次創作でも名作BLコミックが数多く生み出されている日本は、やはりマンガ大国なのだなと思いますね」
様々なエンタメ要素とも相まって、日本のBLファンに影響力が高まっているのが韓国BLだ。
「韓国には小説文化もありますが、加えて最近はBLでもwebtoonが目立ちます。日本のBLコミックは基本的に単巻で完結する作品が多いのですが、webtoonは長期連載される傾向があり、その分、2人の関係性を長く追いかけられるのが魅力。ストーリー性がしっかりありつつ、イチャイチャも楽しめるバランスのいい作品が多いですね」
ちなみに韓国BLに多いのが、「不憫な主人公を超ハイスペックなスパダリが救う」といった設定で、平野さんによると「少し前の日本のBLによくあった設定」とのこと。
「もちろん古いからダメという意味ではありません。
さらに韓国が得意とする配信ドラマにもBL作品が増えており、熱い注目が集まっている。
「世界的に人気を博したのが、『セマンティックエラー』や『秘密の間柄』など。韓国のBLドラマには人気アイドルがキャスティングされることが増えており、BLファンにとどまらない視聴層を広げています」
このほど、コミカライズがコミックシーモアで独占先行配信されると発表された『恋愛至上主義区域』(シーモアコミックス)も、ドラマでは主人公ミョンハをアイドルグループ・Myteen元メンバーであるイ・テビンが、相手役をaespaのミュージックビデオにも出演したチャ・ジュワンが好演。同作は、主人公がゲームの中に迷い込み、その世界で”チャ・ヨウンを幸福にせよ”というミッションを与えられるラブファンタジー。「キュン要素がありつつ、生死や人生について描かれた深いストーリーが高く評価されていて、バランスの良い作品」というだけに、コミックではどのように表現されるのか、BL、韓ドラ、アイドルファンが期待を寄せている。
このように、日本を起点に世界各地で独自の発展を遂げているBLカルチャー。その未来をさらに豊かなものにするために、平野さんが期待するのがBLを通した国際交流の活性化だ。
「その動きはすでに起きつつあります。例えば、向井康二さん(Snow Man)がタイの人気俳優・マーチ=チュターウット・パッタラガムポンさんとドラマ『Dating Game~口説いてもいいですか、ボス!?~』でW主演。日本人俳優がタイのドラマで主演するのはこれが初めてです。また配信が始まったばかりのNetflixドラマ『ソウルメイト』では、磯村勇斗さんとオク・テギョンさん(2PM)がW出演。今後もこうしたコラボや合作はさらに盛んになるのではないでしょうか。
さらにアジアを中心に世界的にファンダムを拡大しつつあるBLは、「コンテンツ輸出の力強い武器にもなる」と平野さんは太鼓判を押す。
「日本のドラマは海外輸出に苦戦することも多いと聞きますが、その点、ある種のわかりやすさはBLの強み。最近はSNSの切り抜き動画で、3秒程度の男性同士のキスシーンが興味を引く機会が増えています。BLドラマ出演後にアジア圏の雑誌の表紙を飾るなど、海外にファンを広げる日本人俳優はとても多いんですよ」
かつて隠れた趣味だったBLは、今や世界を巻き込む一大ムーブメントへと発展した。BLを架け橋に日本とアジアが繋がり、相互に影響し合うことで、豊かなエンタテインメントも生み出されていくだろう。BLカルチャーのさらなる進化に期待したい。
(文:児玉澄子)