タレントの黒柳徹子(92)が28日、自身のインスタグラムを更新。同日に慢性心不全のため22日に86歳で亡くなったことが伝えられた板東英二さんを追悼した。
草野仁が総合司会を務める『世界・ふしぎ発見!』で、長きにわたって、ともにレギュラー出演を果たしていた。

 板東さんは1940年4月5日生まれ、旧満州国出身。1958年、夏の甲子園第40回大会に徳島商業の投手として出場し準優勝を果たした。59年には、中日ドラゴンズ入団し、11年間在籍。その後は野球解説者として活躍する一方、『マジカル頭脳パワー!!』や『世界ふしぎ発見!』などへの出演をはじめ、タレント業でも人気に。90年には映画「あ・うん」で、日刊スポーツ映画大賞助演男優賞、ブルーリボン最優秀助演男優賞、第13回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞に輝いた。

■黒柳徹子の追悼コメント全文
板東さんの訃報を聞いて。

板東さんとは本当に長いお付き合いでした。
一番長くご一緒したのは『世界・ふしぎ発見!』です。板東さんはいつも私のことを「お母さん」と呼んでいました。私は「あなたを産んだ覚えはない」なんて言っていましたが、その「お母さん」という声が、今でも耳に残っています。

エジプトをはじめ、いろいろな国へロケにも行きました。
いつも変わらずユーモアがあって、ラクダと本気で言い争いをしていた姿は、今思い出しても思わず笑ってしまいます。本当に楽しく、面白い方でした。
その一方で、とても優しく、私にいろいろなことを教えてくださる方でもありました。インドのロケではたくさん宝石を買っていらして、「そんなに買ってどうするの?」と聞いたら、「じゃあ、あげる」と言って、空港で私に宝石をくださいました。今でも、大切にしています。そんな気前の良さも、板東さんらしい思い出です。

板東さんの奥様もとても素敵な方で、私と家が近くだったので、時々お目にかかりました。いつも上品で礼儀正しく、本当に素晴らしい方だと感心していました。

板東さんは、ご苦労も多い人生だったと思いますが、いつも明るく、「自分は長嶋さんより契約金が高かったんだ!」と誇らしげにお話していました。今ごろ天国で長嶋さんに再会して、「やっぱり僕の方が高かったよね」と、笑いながら話していらっしゃるかもしれませんね。

本当に楽しく、温かい方でした。
ああいう方がいなくなってしまうのは、本当に寂しい思いでいっぱいです。
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