脚本家・劇作家・演出家の倉本聰さんが9月18日夕、多臓器不全のため自宅で死去した。享年91。
倉本さんが理事長を務めていた財団が28日、発表した。同日、北海道の公式Xが更新され、鈴木直道知事が追悼コメントを出した。

■追悼コメント全文

倉本聰様の訃報に接して
令和8年 (2026年)9月28日
倉本聰様のご逝去の報に接し、心から哀悼の意を表します。
倉本様は、長年にわたり北海道を創作の拠点とされ、脚本家として「北の国から」をはじめ数多くの作品を世に送り出され、北海道の豊かな自然やそこに暮らす人々の姿を描き続けてこられました。
また、「富良野塾」を開設し、脚本家や俳優を志す若者の人材育成にも尽力されました。
こうした作品や活動を通じて、北海道の魅力や価値を全国、そして世界に発信していただいたことは、北海道にとって大きな財産であり、北海道功労賞を受賞されたのも、こうした長年のご功績によるものです。
私自身、倉本様に初めてお会いしたのは、夕張市長になる前、29歳の時でした。
当時、石原慎太郎さんから「北海道といえば、倉本聰さんに会った方がいい」と言われ、石原さんが倉本様に手紙を書いてくださり、それを頼りに倉本様を訪ね、短い時間ではありましたが、北海道について熱く語られる倉本様の姿が今でも忘れられません。
倉本様が北海道に残された作品と意志、そして北海道への思いは、これからも多くの道民の心に受け継がれていくものと思います。
長年にわたり北海道を愛し、北海道のために力を尽くしてくださった倉本聰様のご功績に深く感謝申し上げ、安らかなご永眠を心よりお祈り申し上げます。
北海道知事 鈴木 直道
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