やなせたかし氏がモデルのドラマ放送で注目を集める高知。私フリーライター・スズキナオにとってはまだ未知の土地だが、取材を重ねるほどに、その奥深い魅力に引き込まれていった。

本連載は、そんな高知をさまざまな視点から見つめ直す、全3回のシリーズ。

 シリーズの第1回目は、私、ライターのスズキナオが今年3月に高知取材に行った時のことを振り返りたいと思う。この取材は、6月に京阪神エルマガジン社より刊行される高知県を特集したムックに向けたものだった。

 ムックの編集者は京阪神エルマガジン社の藤本和剛さん。藤本さんは高知県に大変詳しく、また、その魅力を広く知ってもらいたいという思いを強く持っている方である。その藤本さんの思いもあって、京阪神エルマガジン社では2023年に1冊目、2024年に2冊目と、これまでに2冊の高知をテーマにしたムックが刊行されてきた。そして今年、2025年も3冊目が刊行されるのだ。主に関西圏の情報を扱う京阪神エルマガジン社にあって、高知県の本が、しかも3年連続で刊行されるというのは異例のことだという。そこからしてすでに、藤本さんが熱意をもってこのプロジェクトを進めてきたことが伝わってくる。

 ちなみに、「高知フードトリップ~乾杯!土佐の宴会開宴~」の期間中、「編集者 藤本和剛さんと旅した高知本取材ツアー報告トーク」と題し、本の制作に関係した4名が招かれ、藤本さんとトークをするという企画が設けられている。私もそこにお邪魔する予定だ。

 と、前置きがすっかり長くなってしまったが、先述の通り、2025年3月10日から13日にかけて、2泊3日で高知を旅することになった。

編集者・藤本さん、カメラマン・竹田俊吾さんと私の三人のクルーでめぐる取材旅だ。カメラマンの竹田さんは奥さんが高知出身の方で、そんな縁もあって長年にわたって高知に足を運んでいるそう。そんな二人なので、取材の道中、高知に関する情報をお二人から絶えず聞き続けることになった。高知初心者としては大変ありがたいことだ。

 ちなみに私は高知にはこれまでに二度しか来たことがなかった。初めて行ったのはもう10年近くも前で、短い旅だったので高知市内を少し散策しただけで終わってしまった。もう一回は2024年7月のことだったのだが、それはそれで取材の用で来たため、のんびり街を歩くような時間はとれなかった。

 いや、今回も立派な取材ではあるのだが、2泊3日という旅程で高知のあちこちを飲み歩くという主旨である。これまでよりもじっくり高知のことを知れそうな気がした。

 その旅の模様はもうすぐ刊行されるムック本を参照いただくとして、ここでは、原稿に書ききれなかった部分にも触れつつ、ざっと振り返ってみたい。

 取材1日目、早朝の飛行機で伊丹空港から高知龍馬空港へ。前夜の酒がまだ残っていた私は飛行機の中でもうとうとしており、気づけば高知に着いていた。

空港から出ているバスでJR高知駅方面へ向かう。今日からお世話になるホテルに荷物を預け、ホテル前の喫茶店「カフェ・ド・ラペ」でモーニングセットのサンドイッチを食べる。

 店内には高知の名産である柑橘(かんきつ)類「土佐ぶんたん」が主人公になった絵本『とさぶんたんのぶんこちゃん』の原作者・松田雅子さんがいて、藤本さん、竹田さんは以前取材でお世話になったのがきっかけのお知り合いだそう。いきなりこうして喫茶店で顔を合わせるなんて驚きだが、「この店にはそういう磁場があるから」とおっしゃっていた松田さんが印象的だった。そういう磁場を持つスポットが高知の街にはたくさんあるらしい。

 まずは乾杯して作戦会議を、と、「ひろめ市場」へ向かう。「ひろめ市場」は広い敷地内に鮮魚店や精肉店、飲食店などが立ち並ぶ複合商業施設で、あちこちで買った飲み物や食べ物を場内のテーブル席に座って、フードコートのように味わうこともできる。ちくわにきゅうりを詰めて輪切りにした高知名物「ちくきゅう」をつまみに、生ビールを飲む。まだ10時台。ひろめ市場は高知市内では貴重な昼(というか朝)飲みスポットなのだ。

 ひろめ市場周辺の商店街を少し散策。藤本さん、竹田さんの二人がおすすめしてくれた「松岡かまぼこ店」でごぼうの入った練り物を買って食べる。

 ひろめ市場でのんびりした後、取材先として藤本さんがピックアップしてくれていた「おばんざい日日。」というお店へ。高知は酒好き県のイメージだが、明るいうちから飲める店は案外少ないそうで、そんな状況に一石を投じるべくオープンしたのがこの「おばんざい日日。」なのである。ご自身もお酒が好きで、特に総菜をおつまみにして飲むのが好きだという店主・西谷昌代さんが日替わりで作る料理に高知の地酒や柑橘サワーを合わせていただくことができる。

 ここでずっと飲んでいたいと思いつつ、「次の店もいいんですよ!」と藤本さんの教えてくれた「大衆酒場 Day&Sea」へと歩く。店主のなえだガタリさんは大阪出身で、高知の酒場の楽しさに魅入られて移住してきたそう。おしゃれで落ち着いた雰囲気の店内に、不思議な響きの電子音が流れ、心地よく酔える店。おつまみは創意工夫に満ちている。その時々のアイデアで作られる「ネタ奴」を注文すると、この日はからしが塗られたピリ辛な豆腐で、グイグイお酒が進んだ。

 路面電車・とさでんに乗って後免東町駅に移動する。やなせたかしが幼少期を過ごした後免町は高知の中心地と違い、静かな住宅街といった雰囲気。昔ながらの商店街にはシャッターも目立つが、気になる店も点在している。この辺りの居酒屋でも特に名高い「酒処 さかえ」の小上がりで、おいしいおつまみをいただきつつゆったりと飲む。

ここも手作りのお総菜がおいしい店なのだが、われわれ取材クルーの3人はみな年齢も近く、「こういうつまみで飲むのが一番ですよね」と、みんな趣味が合った。

 2日目、早朝にJR高知駅からJR須崎駅まで移動。須崎は高知市から西へ35キロほどの距離にある街。漁業がさかんで、魚市場では毎朝、競りが行われているという。その様子を見学させてもらうために早起きをした。

 須崎魚市場は一般の見学を常に受け入れていて、市場の方もそれに慣れている様子だった。とはいえ、市場のみなさんがテキパキと作業をされているところにお邪魔するのはなかなか気が引ける。邪魔にならぬよう、でもできるだけ間近で市場の仕事を見ようと思い、少し緊張しながら1時間ほどを過ごした。水揚げされたばかりの魚介類をこれでもかとたくさん見る。この辺りの海は、黒潮の暖流のおかげで、南洋の魚も生息できる。穏やかな湾があり、沖に出て漁をする人もいるから、魚種が豊富なのだと教えていただいた。

 製紙業で栄えた旧三浦邸の建物を利用した市民ギャラリー「すさきまちかどギャラリー」にて館長の川鍋達さんのお話を伺う。

川鍋さんがキュレーターの一人を務める展覧会「現代地方譚」は県外の作家を須崎に招き、滞在して制作してもらうアーティスト・イン・レジデンスで、個人的にも好きな寺尾紗穂さんやVIDEOTAPEMUSICさんが過去に参加しており、その成果をまとめた冊子が配布されていた。10年以上続いてきたそうで、冊子をたくさんもらってうれしい重みに。

 近くにある「錦湯」という、廃業してしまった銭湯の跡地も展覧会場として利用されることがあるそうで、現在は展示期間中ではないが特別に中を見せていただいた。

 川鍋さんの案内で近所を少し散策。「谷岡食堂」という古い食堂の前を通り、絶対に寄っていきたいと思う。最近は臨時休業の日も多いが、今日は営業するようで、川鍋さんと別れた後、行ってみることに。

 名物だという鯖寿司(さばずし)がラスト1パックだけ残っていた。それをもらい、中華そばも食べる。鯖寿司も中華そばも、鳥肌が立つおいしさ。今日ここに来ることができたことを、いつまでも忘れないでいたい。

 少し間をおいて、近くにある「八千代」へ。大正初期に創業されたという食堂で、ここもまた、この建物の中で食事させていただけるというだけですでにありがたいようなお店だ。

40分もかけて焼くという玉子焼き、うなぎなどいただく。

「散歩」というすてきな店名の喫茶店で一休み。オーディオマニアの店主が一人で切り盛りする店で、地元の方がお昼ごはんを食べにくる場としてもにぎわっている。

 小雨が降る中、近くの「城山公園」まで歩いてみる。高台にある公園で、街を見晴らすことができた。高校生が静かにデートしていて、邪魔かなと思って速やかに去る。

 夕方、今日の最終目的地である「鈴」という居酒屋を取材させていただく。84歳の店主・湯浅勝三さんがご家族と営んでいる店。釣り好きの域を超えて漁船まで持っている湯浅さんがご自身で取った魚か、あるいは厳選して仕入れたものだけが提供されるという。驚くほど綺麗なアジのお刺身をたくさんいただく。お客さんもみんな気さくで、われわれに優しく話しかけてくださる。なんとあたたかく、楽しい店だろう。須崎に絶対また行きたいお店がたくさんあって困る。

 3日目の朝、とさでんに乗って高知県立美術館へ。『浜田浄 めぐる 1975-』という展覧会を見る。浜田浄さんは高知県幡多郡黒潮町の出身で、現在88歳だが、今も東京で制作を続けているという。

 浜田浄さんの作品の根底には黒潮町の入野海岸から見る景色があるという。浜田さんの作品の多くはシンプルな技法で、しかしそれを途方もなく何度も反復することで作られていくようだった。その繰り返しは波が寄せて返すこととか、太陽が昇ってまた落ちてを繰り返すことを連想させた。

 キュレーターの塚本麻莉さんは大阪出身で、高知に移住してきた方。高知県内では最大規模のこの美術館に県内外から幅広い層の観客を呼び込もうと、広い視野を持って展覧会を企画されているそうだ。浜田浄さんの展覧会を若い美大生に見てほしいとおっしゃっていた。「一つのことを地道に続けたらこんなにもすごいものになるのだ」と。

 天気がいいので、帰りは高知県立美術館から歩いてホテルまで引き返すことにした。1時間ほど歩き、ほんの少しだけ土地勘がついてきたような気がした。以前、高知の友人に教わっていって大好きになった「丸吉食堂」でおいしい総菜をつまみに瓶ビールを飲む。

 2泊3日の取材の最後にと、「Kochi Beer Laboratory」という、ビアスタンドで生ビールを飲む。

 飲みながら今回の旅のことを思い返す。取材クルーの藤本さんや竹田さんのように、県外の人だけど高知のことが大好きになって、そのよさを広く知ってほしいと思っている人がいる。「大衆酒場 Day&Sea」のガタリさん、「すさきまちかどギャラリー」の川鍋さん、高知県立美術館の塚本さんのように、県外から高知に移住して、昔からの地元の人と外から来る人とをつなぐような立場の人がいる。そして高知市内にたくさんある老舗や、後免町や須崎のような、中心地を少し外れた場所でずっと続いてきた名店を支えてきた人がいる。さまざまな形で高知に関わる人がいて、その人たちが反応し合って高知の面白さが守られているのではないかと思った。

 私はまだ数回しか高知を旅したことのない初心者だが、今回の取材で、高知のよさを誰かに伝えたくなる藤本さんや竹田さんの気持ちが少しだけわかった気がする。完成した本を、早く友人に見せびらかしたい。

※本記事は、ことさら出版との連携企画です。

スズキナオ(X/tumblr)

1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』『家から5分の旅館に泊まる』(スタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)、『大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる』(インセクツ)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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