カツオを見極める漁師町の目、かんきつの酢を文化に昇華させた山間の台所、見知らぬ人を巻き込んで友達にしてしまう「うたげ」の技法──。“秘密”のように見えるかもしれないが、高知にとっては当たり前の知恵だ。
■かんきつの果汁を一升瓶に詰めて
日本のゆずの生産量の半数以上を占めるゆず王国、高知県。実際に暮らしてみると、ゆずに限らず、多彩なかんきつが生活に根付いていることに気付かされる。大阪から高知に移住した和食文化研究家の百田美知さんは、その魅力に気付いた一人だ。
「高知には、果皮の香りや果汁の酸味を使用する酢みかん(香酸柑橘)が種類豊富にあり、県民は食材に応じて使い分けている」
多様なかんきつの多くは、原始的なかんきつ類であるゆずとの自然交雑によって生まれたとされる。中には、個人宅の庭先に一本しかない珍しい樹種も。高知のかんきつの歴史と文化は、地域史研究としても奥が深い。
中でも特殊なのが、「ゆのす」と呼ばれる果汁利用だ。高知県民は日常的に、ゆずをはじめとするさまざまなかんきつをお酢として活用している。百田さんは最初、「一升瓶に果汁を入れて、それを毎日ジャバジャバ使っている」ことに驚いたという。
ゆのすは、酢の物やドリンクの他、地域ならではの料理にも欠かせない。高知市から東へ1時間半。山間部に位置する北川村は、寒暖差と水資源に恵まれたゆずの名産地。
「今年は(一升瓶)13本分絞った」という村民の中野和美さんは、ゆず畑に囲まれた暮らしの中で、ゆのすをたっぷり使って田舎ずしを作る。
具材はシイタケ、タケノコ、ミョウガ、リュウキュウ、コンニャク。旬の山の幸を乾燥させたり、ゆのすに漬けたりして冷蔵保存。食べたいときに解凍するが、味が落ちない。酢飯にもゆのすを使う。自然な香りと酸味は「どんなに入れても酸っぱいと思わない」という。
酢みかんと田舎ずしには、山間地ならではの知恵と工夫が詰まっている。
中野和美さんの自宅にあるゆず絞り機中野和美さんお手製のゆのす(ゆず果汁)入り田舎ずし