上月財団(東京都港区)は8月1日、次代を担う漫画家らの若手クリエーター(原則15~25歳)を発掘・支援する「クリエイター育成事業」の2025年度助成対象者30人を決定した。8月から来年7月まで30人の創作活動を応援するため、それぞれに月6万円、計72万円を支給する。

 この助成を希望した応募者は179人。この日は1次選考を通過した39人が、東京都内で行われた「実技」と「面接」の最終選考に臨んだ。実技は、当日発表の複数のテーマの中から各自が任意のテーマを選び、制限時間内に絵などの作品を制作し、表現力やひらめきなどが審査される。実技の会場は、才能あふれるクリエーターの卵たちの創作にかける熱気がみなぎっていた。

 選考は東京藝術大大学院教授の伊藤有壱さん、吉住渉さんと藤村緋二さんの漫画家2人、コナミデジタルエンタテインメント専務執行役員の出羽昌司さん、上月財団の村田哲也常務理事で構成する「選考委員会」が行った。

 選考委員会を代表して講評を述べた伊藤有壱さんは「漫画の神様・手塚治虫さんが、藤子不二雄さんや松本零士さん、石ノ森章太郎さんら有名漫画家になる若者たちに衝撃を与えた漫画『新宝島』を発表したのは19歳の時。皆さんの若いエネルギーはいつ偉大な作品を生み出してもおかしくないタイミングにある。いま個人が表現活動に全力で挑むことは勇気のあることだ。自信を持ちクリエーターとしてこれからも力強く成長してください」と若い才能の“爆発”に期待した。

 助成対象者に選ばれた、少女漫画の漫画家を目指す新川純加(あやか)さん(25)は昨年デザイナーの仕事を辞め、現在作品制作に専念しているという。「私の漫画を読んだ中高生たちがしんどいことがあっても少しでも明るく前向きになってくれるような少女漫画を描きたい。そして少女たちが大人になっても私の作品を思い出してもらえるような漫画家になりたい」と話す。

 同じく助成対象者に決まった宮澤大樹(たいき)さん(26)は漫画制作のアシスタントや週3回ほど日雇いの肉体労働をしながら、少年漫画雑誌で活躍する漫画家を目指している。「助成金は生活費に充てる。生活費を稼ぐための仕事に割く時間を減らし漫画に専念できる時間をこれまでより増やすことができるので、このような助成制度はありがたい。読者が心から楽しめるような漫画を描いていきたい」と抱負を述べた。

 助成対象者30人に助成の「認定書」を手渡した選考委員会委員長の村田哲也・上月財団常務理事は、今回助成対象者に選ばれなかった9人の健闘にも触れ「引き続き研さんを重ね、夢や目標を実現してほしい。来年もぜひ応募してください」などと温かい言葉を贈り、紙一重の差で今回涙を飲んだ才能豊かなクリエーター9人を励ました。

 来賓として認定書授与式に臨席した文化庁の椎名ゆかりさんは祝辞の中で「皆さんの表現作品は国境の壁を超えて世界を変える力を持っている」と述べ、若い表現者を長年支えている上月財団の取り組みをたたえた。

 実技・面接終了後は、かつての助成対象者(2009~10年度、12年度に助成)で現在少女漫画家として活躍する岩ちかさん(34)が実技・面接を終え緊張の解けたクリエーターの卵たちを前に、プロになるまでの道のりやプロとなってからの心構え、漫画制作の技法など、自らの体験を踏まえた話を披露。プロの世界に向かう歩みを後押しする力強いメッセージを後輩たちに贈った。

 20歳で漫画家デビューを果たした札幌市出身の岩ちかさんは、自ら描いた漫画を東京都内の出版社に持ち込む際の飛行機代や漫画を描くために使うパソコン代などに助成金を使ったという。小学4年生のころから本格的に漫画家を目指した岩ちかさんは「素晴らしい漫画を読んだ時に受けるあの感動、何とも言えないあの気持ち。私にとって好きな漫画が与えてくれたこれらの感動は大きすぎてとても言語化することはできない。

私が漫画から受けてきたこの言葉にできない感動、気持ちと同じようなものを、今度は私が他の人に伝える番になることを願い漫画家になった」と語った。

 比較的順調に漫画家になる夢を実現したように見える岩ちかさんだが、意外にも結婚と出産という人生の節目を迎えた27歳の時に、漫画家を辞めようとした時期があったという。

 岩ちかさんは「漫画家人生の一大転換期だったと思う。大切な家族ができ、これまで通りに好きな漫画を描いていていいのかという迷いのようなものが生じていた。今振り返ると自分がどんな作家でありたいかという作家像が揺らいでいたのかもしれない。子どもができてからは、低年齢の子どもたちに楽しんでもらえる漫画を描きたいと思うようになった。目指すべき作家像の内容自体は人生経験につれて柔軟に変わっていく性格のものでもあると思うが、自分なりの作家像を常に持ち続ける大切さをこの時に痛感した」と貴重な経験を話した。

 上月財団は、コナミグループ会長の上月景正氏が1982年に創設。創設時の名称は「上月教育財団」で2013年に改称した。財団の運営資金はコナミグループの株式配当金を充てている。

 漫画家やデジタルアーティスト、イラストレーターらクリエーターを目指す15~25歳ぐらいの若者を支援する「クリエイター育成事業」は04年度に開始。全国の応募者の中から、将来有望なクリエーターを毎年選び助成している。

事業開始以来の助成対象者は今回含め734人。最近の物価高騰などを踏まえ、24年度から助成額を毎月1万円増やし、年間で12万円増額した。今回から選考委員を務める漫画家の藤村緋二さんをはじめ30人近くの元助成対象者が現在、漫画家やアニメーション作家、版画家としてプロの世界で活躍している。

編集部おすすめ