これまで、有機農業はどちらかと言えば、「進歩的で意識が高い人たち」と親和性があり、リベラルや福祉国家という理念と結びついて語られてきた。本書もその文脈で書かれている。
著者の関根佳恵・愛知学院大教授は、現代社会を「多重危機に直面している」と診断し、「全身治療」するための切り札として、オーガニック給食を位置付ける。有機農業は福祉国家を目指すための「社会的必需品」であり、だからこそ公共調達(公立学校の給食)が有機農業の普及に重要な役割を果たすと説く。
関根教授は、国連食糧農業機関(FAO)の客員研究員を経験するなど、海外事情に詳しく、本書の後半では、ブラジル、米国、韓国、フランスのオーガニック給食の普及事例を紹介している。日本で普及を促すための参考書として、実用的な内容だ。
しかし、有機農業の立ち位置は大きな国際潮流の中で微妙に変化している。反グローバリズムが台頭する中で、有機農業は「自国ファースト」の排外的な性格が強い力との親和性を強めている。
例えば、米トランプ政権のロバート・ケネディ・ジュニア厚生長官は、巨大な多国籍アグリビジネスを敵視し、土壌を健全にし、化学物質への依存を減らし、加工度が高い食品の摂取を控え、給食などに「天然の食材」を提供することを求めている。
日本でも、先の参院選で大躍進した参政党は公約に「自給率100%、食品表示法の改善、オーガニック給食を推進」を掲げ、有機JAS認証に必要な費用の全額補助、2025年までに耕地面積の25%を有機栽培に転換、学校給食の有機食材使用の義務化などを訴えた。
歴史的にも、ナチ党に代表されるように有機農業は排外的なナショナリズムと結び付きやすい。有機農業を推進する運動の中で「右派」が台頭し、福祉国家的な社会を目指す「左派」が埋没する恐れがある。有機農業の推進は、政治思想を問われる重要な局面を迎えている。
本筋ではないが、著者は用語の使い方に極めて厳密で、「開発途上国」「先進国」という表現を避け、「南の国」「北の国」と表記している。
(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)